研究

デジタル・プラットフォームの法制度研究

中島 美香(なかしま みか)/中央大学国際情報学部准教授
専門分野 民法、情報法、競争法

1.デジタル・プラットフォームとは

 デジタル・プラットフォームとは、一般にインターネット上のサービスの基盤となる「場」を言い、サービスを提供する企業はデジタル・プラットフォーマーと言います。いわゆる米国のGAFAGoogle, Amazon, Facebook, Apple)や中国のBATBaidu, Alibaba, Tencent)と総称されている巨大IT企業がその代表的例ですが、日本でも、202131日、ヤフー株式会社とLINE株式会社が経営統合して、和製GAFAの誕生とも報じられています。

 デジタル・プラットフォーマーは、検索サービス、インターネット通販、SNS、スマートフォンOSなど、多種多様なビジネスモデルを生み出してきました。また、近年は、ビッグデータ、IoT、人工知能(AI)、自動運転、シェアリング・エコノミーなど新しい技術革新やビジネス展開にもいち早く進出して、その発展に非常に大きな役割を果たしています。

 デジタル・プラットフォームは、その特質として、多面市場であること、ネットワーク効果があることを挙げることができます。デジタル・プラットフォーマーは、利用者のデータを収集・利用することにより、よりいっそう便利なサービスを提供し、また利用者が集まれば集まるほどサービスの質が向上して、さらにデジタル・プラットフォーマーと取引を行う多くのビジネス・パートナーを惹きつけるという好循環を生み出しています。

2.デジタル・プラットフォームと法制度上の課題

 一方で、こうした先進的な取り組みは、新たな法制度上の課題も生じさせてきました。近年、デジタル・プラットフォーマーといえば、ライバル企業の排除、小規模事業者に対する不利な取引条件の強要、個人情報の漏えい、プライバシー侵害など、ネガティブな面でも注目を集めるようになっています。それに伴い、欧米や日本を始めとする世界の各法域で、デジタル・プラットフォーマーに対する新たな立法や規制の動きが相次いでいます。

 なかでも、EUは、デジタル・プラットフォーマーに関する競争政策上の問題に対して世界に先駆けて積極的に取り組んできました。近年、欧州委員会は、GAFAに対してEU競争法に基づく調査、異議告知ないし違反決定を積極的に行っています。たとえば、米グーグル社に対しては、2017年から2019年に相次いで3件、同社の検索サービス事業に関してEU競争法上の違反を認定し、巨額の制裁金を命ずるにいたっています。違反決定の認定によると、同社は検索サービスにおいては、サーチ・バイアスによりライバル企業を市場から排除し、またモバイル端末ではグーグル検索アプリをデフォルトの設定となるように工作することによりライバル企業を排除しているとしています。これらの違反決定は、欧州の一般検索市場で独占的な地位を有する同社に対して、利用者に対しては無償でサービスを提供し、広告主から広告収益を得るというビジネスモデルの変容を迫るものでもあります。EUは、デジタル・プラットフォーマーに関する立法も活発に行っており、2020712日には、オンライン仲介サービスのビジネス利用者のための公正性及び透明性促進法が適用開始されたほか、20201215日には、デジタル・サービス法案及びデジタル市場法案が公表されています。

 米国では、2020106日、米議会下院の司法委員会反トラスト法小委員会の報告書がGAFAの事業分割を提言しており、現在、バイデン民主党政権下での政策動向が注目されています。同報告書に携わった、コロンビア大学法科大学院リナ・カーン准教授が、連邦取引委員会の委員へ指名されることが報じられたほか、同じくGAFA規制論者として知られる、コロンビア大学法科大学院ティム・ウー教授が、競争政策担当の米大統領特別補佐官に起用されたことも報じられています。また、20201020日には、米司法省と11の州が、米グーグル社の検索サービス事業に関して反トラスト法に基づき訴訟を提起し、1998年マイクロソフト事件以来の大型訴訟として注目を集めています。2020813日には、米エピック・ゲームズ社が人気ゲーム「フォートナイト」の運営に関する米アップル社/米グーグル社のアプリ・ストアの代行手数料の仕組みに関して訴訟を提起したことが大きく報じられ、記憶に新しいところですが、同様の訴訟は米国のみならず世界の各法域で次々と提起されているようです。

3.わが国における競争政策のゆくえ

 日本政府も、こうした諸外国の動向を注視しつつ、デジタル・プラットフォーマーに対する競争政策上の課題に対して積極的に取り組んでいます。201812月に、公正取引委員会、経済産業省及び総務省は、「プラットフォーマー型ビジネスの台頭に対応したルール整備の基本原則」を策定しました。そして、これを踏まえて、201912月に、公正取引委員会が「デジタル・プラットフォーム事業者と個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」を策定しています。2020527日には、デジタル・プラットフォーム企業の自主的な取り組み状況等の報告について経済産業大臣がモニタリング・レビュー等を行う「特定デジタル・プラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」が可決・成立し、202121日に施行されました。ただし、前者の対象は不公正な取引方法の一部をなす優越的地位の濫用に特化したものであり、後者は、規制対象を当面、インターネット通販とアプリ・ストアに限定するとしており、その射程範囲は限定的なものです。デジタル・プラットフォーマーに関する包括的な法制度のあり方については、EUの立法例も参考としつつ、今後さらなる研究の進展が期待されるところです。

 デジタル・プラットフォーマーは、そのサービスを通じて、多くのデータが集中することの帰結として、独占・寡占となる傾向があります。実際に、デジタル・プラットフォーマーは、その市場支配性に基づき、ライバル企業を排除したり、デジタル・プラットフォーム企業と取引を行う小規模事業者に不利な契約条件を押し付けたりするという問題を生じさせています。それから、デジタル・プラットフォーマーのサービスを利用する消費者の個人情報について本人が明確な同意を与えないままに収集・利用されるという問題も見過ごすことはできません。こうした問題に対しては、デジタル・プラットフォーマーが市場支配性を違法に維持していないか、そのビジネスモデルを点検する必要があります。その手がかりとして、先行する欧米競争法に基づく事例研究を行い、同様のビジネスモデルが日本において実施された場合を仮定して、わが国の独占禁止法に基づく法解釈への示唆を得ることが有益ではないかと考えています。これにより、わが国におけるデジタル・プラットフォーム企業の公正な競争のあり方を明らかとするとともに、デジタル・プラットフォーム市場における健全なイノベーションのあり方、消費者の利益を確保するための方策を明らかとしたいと考えています。

中島 美香(なかしま みか)/中央大学国際情報学部准教授
専門分野 民法、情報法、競争法

修士(法学)(東海大学)
2007年東海大学大学院法学研究科博士課程後期満期退学。
㈱情報通信総合研究所法制度研究部主任研究員を経て、2019年より現職。

主要論文「グーグル・アンドロイド事件―スマート・モバイルOSのライセンスと競争法上の問題について」特許研究71号(2021年)、「個人情報の削除を求める権利の日米欧における法制度と忘れられる権利」東海法学60号(2021年)など。