研究

ドラマ 脳科学弁護士・海堂梓-ダウト- サイドストーリー

檀 一平太(だん いっぺいた)/中央大学理工学部人間総合理工学科教授

脳科学者兼弁護士が主人公のドラマ

 2021年4月12日にテレビ東京系列でオンエアのドラマ、脳科学弁護士海堂梓、この監修を理工学部教授の檀が担当させていただきました。松下奈緒さんの演じる主人公の海堂梓は弁護士であると同時に脳科学者。佐藤隆太さん演じるアシスタントの新米弁護士とともに、脳科学の知識を駆使して、難解な殺人事件の謎を解明します。殺人事件の容疑者役は奇跡のアラフィフ中山美穂さん。主人公の上司役は永遠に枯れないモテ男の奥田瑛二さん。なかなか濃厚な布陣です。そして、放送枠は月曜プレミア8!現存する唯一の2時間サスペンスドラマです。これはもう、保護者のみなさん、見逃せませんね。

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©︎テレビ東京

根拠に基づいたドラマ監修

 ドラマの監修というと、どこぞの偉い先生が、学問的権威を以てその内容にお墨付きを与えるという印象ですが、さすが攻めの番組作りで定評のあるテレビ東京さん、かなりキワキワの監修をさせていただきました!

 今回の監修の方針は、すべての内容に確固とした根拠があること。脳科学というと、テレビに出て、脳の仕組みから人間の営みを面白おかしく語る、いわゆる「脳科学者」を思い浮かべると思います。すべてではありませんが、「自称」脳科学者の方々は、自分では研究はしていない場合がほとんどです。他の研究者がおこなった研究を、自分なりのフィルターを通して解釈して、一般の方々向けに脚色して語る、というのが基本的なスタンスです。そして、あまり学術論文を書きません。あるいは、昔ちょこっと書いていたか。

 この学術論文というのが研究業界ではたいへん重要で、ただ書けばいいというものではなく、基本的には同業の専門家2名以上による厳しい匿名審査をパスしたものだけが、学術論文として専門の学術誌に公表されます。ちなみに、今のところ私はまだ学術論文を発表し続けており、研究者としてまだ現役バリバリでございます。

 そこで監修者として今回こだわったのは、ドラマに登場する学術的な内容に、学術論文レベルか教科書レベルでの根拠を用意するということ。脳科学の研究者として矜持を正し、学術論文まで遡って、ドラマの内容をサポートしようという試みです。実は元の台本にはほぼ脳科学的な要素がなかったのですが、脚本の本田隆朗さん、プロデューサーの松本桂子さん、演出の青山貴洋さんと綿密な議論を重ねて、根拠のある脳科学ネタを延べ19箇所に挿入いたしました。本編は約90分ですので、5分に1回は脳に関する内容が登場するということになります。

 ところが、これがなかなかたいへんな作業なのです。脳科学ネタを入れると、専門用語が出てきて必ず小難しくなってくるという問題が生じてしまいます。地上波のテレビ番組は難解な表現は避けるという慣習があり、専門用語を語るに語れない。しかし、さすが攻めの番組作りで有名なテレビ東京さん、泉川美穂さんの演じる大学院生の一言解説やテロップ解説を付けるという工夫で専門用語攻めが可能となりました!

脳科学ネタの実際

 実際、脳科学の研究者というのは、日常生活でも専門用語を使ってしまうという傾向があり、脳科学者兼弁護士というリアリティを出すためには、演出上自然な流れではあります。たとえば、主人公の海堂梓は、何も考えていない後輩弁護士を揶揄する際、「デフォルト・モード・ネットワーク」文献1.という表現を使っています。これは、今世紀になってワシントン大学のレイクルが提唱した概念で、脳が活動していないときにもベースとなる脳活動のネットワークが存在するという内容です。簡単に言えば、「ぼーっとしている」時の脳の活動状態です。

 あるいは、海堂梓が事件捜査の途中、子供の描いた絵の異変に気づく際に発する「ミスマッチ・ネガティビティが出ちゃった」という言葉文献3。これは、予想したものと異なるものを見たときに生じる脳の活動で、見てから約0.2秒後に特徴的な脳波が現れることで計測できます。つまりは、「違和感を覚える」という意味になります。

 「いくらなんでもやりすぎなのでは?」と思うかもしれませんが、脳の研究者というのは多かれ少なかれ人間の行動に何らかの解釈を企てようとする人々です。そもそも、人間を「人」として見ているわけではなく、「システム」として理解しようと試みます。ある意味、人を脳という行動制御装置に支配された機械として考えるわけです。

 今回のドラマでは、海堂梓という主人公を設定するにあたって、当初は「どういう性格の人物にすべきか?たとえば、冷徹で論理的な人物か?」と言った質問が制作陣からなされましたが、そもそも、脳の研究者は性格というものをあまり信じていません。性格というのは脳というシステムのバランスで生じるものであり、それはある程度、制御が可能な対象であると考えています。だから海堂梓は、時には冷徹かつ論理的な面も見せますが、目的に応じてフレンドリーに振る舞うこともあります。また、お菓子に目がないというお茶目なところもありますが、これは、脳のエネルギー源としてブドウ糖が必要であるという理由に拠ります。とにもかくにも海堂梓にとっては、人を脳というシステムから考えることが基本原理なのです。

もう一つの謎解き

 この海堂梓の思考原理を反映して、実は、このドラマには「彫刻家殺人事件の謎解き」だけでなく、もう一つの謎解きが隠されています。それは、中山美穂さんの演じる容疑者の脳を巡る謎です。今回のドラマの裏主人公は「前部帯状回」という脳領域です。これは大脳の左右両半球の内側奥にある領域で、感情的な葛藤の制御をつかさどっています。もし容疑者が殺人という犯罪に対してなんの感情的な葛藤をも示さない、いわゆる「サイコパス」と呼ばれる異常人格者であるならば、前部帯状回の活動は弱いはずです文献4。なので、海堂梓は、ことある機会を利用して、容疑者の脳に感情的な葛藤が生じているのかどうかを探っていきます。海堂梓にとって、事件の謎を解くのと同様か、あるいはそれ以上に、容疑者の脳の仕組みを理解することは重要なのです。

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前部帯状回の位置
Wikipedia BodyParts3D/Anatomography から引用

 でははたして、容疑者の前部帯状回は正常に機能しているのかどうか?その答えは、ドラマを注意深くご覧いただければ、お分かりになることでしょう。実は、このもう一つの謎解きのために、犯人が明らかになった後、なんとわざわざもう1つのシーンが加えられているのです。このような二重構造の謎解きが仕掛けてあるという点で、なかなか凝った作りのドラマになっています。

中央大学の撮影協力

 さて、今回のドラマには監修として関わっただけでなく、撮影にも中央大学が全面的に協力させていただきました。まず、海堂梓の研究室。なかなか小洒落た作りで、こんな研究室が大学にあるわけなさそうに思いきや、なんとロケ地は中央大学の後楽園キャンパス。実は、いまどきの理系の大学研究室はけっこうオサレなのです。

 ちなみに、海堂梓は弁護士でありながら大学の准教授でもあるという一見嘘っぽい設定ですが、実はこれは、中央大学ならば可能な仕組みです。当初は「元脳科学者の弁護士」という設定でしたが、「せっかくならば現役の脳科学者にしてもいいのでは?」ということで、「東央大学の特任准教授」という肩書きに変更。実際に、中央大学には「研究開発機構」という大学直属の研究組織があり、大学に外部資金を持ってくれば、独自の研究室を持てるようになります。私も、ファミレスのサイゼリヤから資金を得て、サイゼリヤ食認知科学研究ユニットという研究組織を立ち上げており、独自の准教授を擁しております。なので、中央大学ならば、将来、脳科学の准教授兼弁護士というリアル海堂梓が誕生する可能性はありえます。

chuo_0401_img_1.jpg さらに、海堂梓は、現役の脳科学者として、冒頭のシーンでfNIRS(機能的近赤外分光分析法)文献5という脳機能のイメージング法で、弁護依頼人の記憶を確認するという実験をおこないます。ここでも実際の研究室とfNIRSを中央大学が提供させていただきました。ドラマでは、Non Styleの井上裕介さんが演じる弁護依頼人が実際にセクハラ行為をしたかどうかを、脳の血流反応を計測して調べています。この実験も「そこまでできるのか」と思うかもしれませんが、実は、中央大学理工学研究所の新岡陽光研究員がきちんと論文を出していて、私も著者に加わっています文献6。なお、新岡研究員も今回、監修に加わっていただいております。

 実際の論文では疑似窃盗を犯した実験参加者が、事件に関する質問に「いいえ」と答えます。たとえば、ネックレスを盗んで隠した場合、実験参加者は「いいえ」と答えねばなりませんが、盗んだという記憶が邪魔をして、特徴的な領域に脳活動が見られることが明らかになっています。これを応用して、セクハラ行為をしたかという質問に「いいえ」と答えさせ、実際にセクハラをしたかどうかを調べているというわけです。

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 でもここで、私は一つ嘘を告白しなければなりません。すべての内容に学術論文か教科書レベルでの根拠があると書きましたが、ドラマの実験で使用している人工知能の部分はまだ論文になっておりません。学会では発表していますが、ドラマの放映までに論文を出せるかと思いきや、なぜか論文がまだ発表されておらず・・・。一応、手許にある結果では、80%の精度で窃盗を犯したかどうかが判別できるようにはなっておりますが・・・、あ、やはり論文にしないとですね。

 というわけで、「檀教授、最近、ドラマの監修とかやってるけど、論文出してないよね~」とか揶揄されないように、本業の研究の方にも尽力させていただきます。


【参考文献】

1) Raichle ME, MacLeod AM, Snyder AZ, Powers WJ, Gusnard DA, Shulman GL (2001). Inaugural Article: A default mode of brain function. Proceedings of the National Academy of Sciences. 98 (2): 676-82.
2) Raichle ME, Snyder AZ (2007). A default mode of brain function: A brief history of an evolving idea. NeuroImage. 37 (4): 1083-90.
3) Näätänen R, Paavilainen P, Tiitinen H, Jiang D, Alho K (1993). Attention and mismatch negativity. Psychophysiology. 30 (5): 436-50.
4) Abe N, Greene JD, Kiehl KA. (2018). Reduced engagement of the anterior cingulate cortex in the dishonest decision-making of incarcerated psychopaths. Social cognitive and affective neuroscience, 13(8): 797-807
5) Dan I. (2021) fNIRS in Neuroergonomics. Neuroergonomics conference 2021, Webinar#2, Consumer Neuroergonomics. https://www.neuroergonomicsconference.um.ifi.lmu.de/webinar-two-consumer/
6) Niioka K, Uga M, Nagata T, Tokuda T, Dan I, Ochi K. (2018). Cerebral hemodynamic response during concealment of information about a mock crime: Application of a general linear model with an adaptive hemodynamic response function. Japanese Psychological Research, 60: 311-326.

檀 一平太(だん いっぺいた)/中央大学理工学部人間総合理工学科教授

1969年生まれ。国際基督教大学教養学部理学科生物学専攻卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程中退。日本学術振興会特別研究員、科学技術振興事業団研究員、健康食品会社営業員等を経て、食品総合研究所に入所。PD、研究員、主任研究員、自治医科大学医学部先端医療技術開発センター脳機能研究部門准教授を歴任。2013年より、中央大学理工学部人間総合理工学科教授。また、中央大学研究開発機構にて、サイゼリヤ食認知科学研究ユニット長。

現在の主な研究テーマは,fNIRS(近赤外分光分析法)による脳機能イメージング法の医療応用・ニューロマーケティング、サイコメトリクスによる食生活QoLの解析・マーケティング応用等。

研究業績は、英文有査読論文発表数100以上、論文被引用総数8700、h指数39

研究の傍ら,筑波山麓の里山にて菜園生活を営んでいる。趣味はロングボードサーフィン。