研究

戦略的業績評価システムにはどのような効果があるのか?

妹尾 剛好(せのお たけよし)/中央大学商学部准教授
専門分野 会計学

業績評価システムの大切さと難しさ

 「あなたの所属する組織の業績はどうですか?」

 こんな質問をされたらどのように答えますか?企業にお勤めの方の場合,売上高や利益の額で評価するかもしれません。組織が戦略をうまく実行するためには,その成果を把握する仕組みが必要です。そのため,戦略目標やその達成度合いを測る業績指標・目標値を設定し,業績を測定・評価・分析する業績評価システムが大切になります[1]

 しかし,企業の業績を評価する場合であっても,業績評価システムに売上高や利益といった,金額で測れる財務指標「のみ」を用いることには問題があります。その理由は,第1に,財務指標は過去の成果を示しているものにすぎず,将来の成果につながるとは限らないことです。第2に,財務指標は組織に所属する個人の行動との関連が必ずしも明確ではないことです。

 そこで,業績評価システムには,顧客満足度や品質といった,金額では測れない非財務指標を含めるべきとされます。たとえば,顧客満足度という非財務指標を向上させれば,将来の財務指標が向上しそうです。顧客満足度は現場の営業担当者の行動との関連がある程度明確でしょう。

 ただし,非財務指標は無数に考えられるため,どのように業績評価システムに含めるかは難しい問題になります。

戦略的業績評価システムとは何か?

 戦略目標の測定に用いられる財務指標と非財務指標の両方を含む業績評価システムは,「戦略的業績評価システム」と呼ばれます。その代表例は「バランスト・スコアカード(balanced scorecard; 以下「BSC」と略)」です。

 BSCは①学習と成長の視点,②内部業務プロセスの視点,③顧客の視点,④財務の視点という4つの視点の順に「因果」関係を想定し,各視点に複数の戦略目標と業績指標が設定され,バランス良く業績を評価するシステムです。たとえば,2008年12月末時点におけるキリンビール株式会社の営業部門のBSCでは,学習と成長の視点に営業部門の活動量(訪問頻度),内部業務プロセスの視点に生ビールの取扱店数,顧客の視点に販売量シェアといった非財務指標,財務の視点には営業利益額などの財務指標が設定されていました。財務の視点以外の3つの視点の非財務指標の向上によって,将来の財務指標の向上につながるという「因果」関係を想定し,各業績指標の目標値を達成していくことで,最終的には財務指標の目標値を達成し,戦略をうまく実行することを目指していました[2]

 私たちが2010年に実施した質問票調査によると,日本では大企業でも1割程度しかBSCを利用していませんでした[3]。ただし,多くの日本企業は目標管理や方針管理といった,BSCと類似したシステムを用いているため,戦略的業績評価システムはある程度普及していると考えられます。

 戦略的業績評価システムは多様な形態を取り得ます。たとえば,BSCが前提とする業績指標間の「因果」関係を利用するか否か,報酬制度とリンクさせるか否かにより分類できます[4]。戦略的業績評価システムを報酬制度とリンクさせることの効果には議論があることから,後者も重要です。

戦略的業績評価システムの効果に関するエビデンス

 それでは,戦略的業績評価システムにはどのような効果があるのでしょうか? Endrikatたちによるメタ分析の結果に基づき,これまでのエビデンスを簡単に説明します[5]。メタ分析とは,過去の先行研究の分析結果をまとめ上げて再度分析し,知見を統合する研究方法のことです。

 まず,Endrikatたちは戦略的業績評価システムの効果を①個人の行動と②組織能力,最終的な③組織業績の3つに大きく分類しましたが,全般的に見れば,そのすべてに対しプラスの影響を与えていました。①個人の行動は役割の明確性,心理的エンパワメント,公正感,職務満足,個人の創造性,個人業績という6つの概念,②組織能力は戦略策定プロセスの機能,戦略への方向づけ,戦略能力,組織学習という4つの概念,③組織業績は総合的な業績,財務業績,イノベーションという3つの概念が分析されています。

 つぎに,戦略的業績評価システムとこれらの概念の一部との関連は,報酬制度とのリンクの有無,国民性,製造業か非製造業かという業種の違いによって異なることが示されました。特に興味深い点は,報酬制度とリンクさせない方が個人業績と組織の総合的な業績に対する効果が高いことです。なお,私たちの事例調査では,日本の大手食品会社がBSCを中止した原因の1つとして,報酬制度とのリンクを強めたことが示唆されています[6]

おわりに

 以上のように,戦略的業績評価システムは,全般的に見れば,個人の行動と組織能力を高め,最終的には組織業績を向上させる効果があることが分かってきています。しかし,報酬制度とリンクさせると,その効果が低下してしまう場合があります。また,BSCが前提とする業績指標間の「因果」関係の利用が,戦略的業績評価システムの効果を高めるか否かなど,その効果に影響を与える要因については分かっていないことが多いです。

 とはいえ,戦略的業績評価システムの効果に関するこれまでのエビデンスは,大切だけど難しい業績評価システムに悩んでいるすべての方々に役立つものだと考えています。


[1] 「業績評価(performance measurement)」システムは「業績管理(performance management)」システムとも呼ばれ,それぞれの違いを主張する論者もいますが,本稿では両者を同じものととらえています。
[2] 横田絵理・妹尾剛好(2010)「戦略マネジメントシステムの事例研究(2)キリンビール株式会社のバランスト・スコアカード」『三田商学研究』53(3): 45-58.
[3] 横田絵理・妹尾剛好(2011)「日本企業におけるマネジメント・コントロール・システムの実態:質問票調査の結果報告」『三田商学研究』53(6): 55-79.
[4] Franco-Santos, M., L. Lucianetti, and M. Bourne(2012)Contemporary performance measurement systems: A review of their consequences and a framework for research. Management accounting research 23(2): 79-119.
[5] Endrikat, J., T. W. Guenther, and R. Titus(2020)Consequences of strategic performance measurement systems: a meta-analytic review. Journal of Management Accounting Research 32(1): 103-136.
[6] 横田絵理・妹尾剛好(2012)「インタラクティブ・コントロール・システムとしてのバランスト・スコアカードの検討:食品 X 社の事例からの考察」『メルコ管理会計研究』5(1): 3-14.

妹尾 剛好(せのお たけよし)/中央大学商学部准教授
専門分野 会計学

東京都出身。
1981年生まれ。
2003年早稲田大学商学部卒業。
2006年早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了。
2011年慶應義塾大学大学院商学研究科後期博士課程単位取得退学。修士(商学)(早稲田大学)。
和歌山大学講師,准教授を経て2018年より現職。

現在の研究課題は,予算管理と目標管理の整合性を実証的に分析することである。

主な共著書に,吉田栄介・花王株式会社会計財務部門編『花王の経理パーソンになる』(2020年,中央経済社),吉田栄介編『日本的管理会計の深層』(2017年,中央経済社)などがある。