研究

コロナウイルス・パンデミックが経営慣行、及び従業員の仕事への関与に及ぼす影響

咲川 孝(さきかわ たかし)/中央大学国際経営学部教授
専門 経営組織、国際経営

-日本、シンガポール、及びオーストラリアの管理者の回答に基づいて-[1]

はじめに

 進行中のCOVID-19パンデミックが及ぼす経済的影響は、2008年の世界金融危機のときよりも悪いと報告されており、世界は1929年の大恐慌以来の最悪の不況に直面している[2]。世界の多くの地域にて多くの人々が職を失なってきた。米国、英国やフランスなどのヨーロッパ諸国にて、特に、失業率が高い[3]。景気後退が企業組織の運営や、これらの従業員の管理の在り方に対して、重要な影響を与え、変化させてきたかもしれない。

 パンデミックの最中に、社会生活における新しい規範や基準が出現してきた。とりわけ、ソシアル・ディスタンスや、ステイ・ホームは、人々を自己隔離させ、人々の行動を変化させてきた。これらの新しい規範に対応して、ますます多くの企業が、テレワーキング(在宅勤務)や、時間差通勤、週休3日制などの措置を導入してきた。これらの会社の従業員は、自宅で仕事をしたり、ビデオ会議に出席したりすることが許される。企業は、テレワーキングを促進するために、フレックスタイム制(柔軟な勤務計画)を導入してきた。COVID-19パンデミックは、経営慣行、及び従業員の仕事や組織への関与(エンゲイジメント)に影響を及ぼしてきた、あるいは、現在、影響を及ぼしている最中であるかもしれない。COVID-19パンデミックを伴う、この進行中の状況を背景にして、経営慣行のなかでも、ハイパフォーマンス(高業績)管理慣行に焦点を当て、日本、シンガポール、オーストラリアにおいて、COVID-19パンデミックがハイパフォーマンス管理慣行、及び、その後の従業員集団の仕事への関与に及ぼす効果を調査する。

 Pfeffer1998[4]たちは、以下の管理慣行をハイパフォーマンス管理慣行であると指す。つまり、雇用保障(a job security policy)、広範な従業員教育、自己管理チーム、ジョブローテーション、平等主義的なチームワーク慣行、品質管理活動、および高業績企業によって使用されているその他の管理慣行である。これらのハイパフォーマンス管理慣行は、ハイコミットメント・ワークプラクティス(High commitment work practices or HCWPs)とも呼ばれる。HCPWsは、従業員たちが、自分の仕事に対して献身をし、関与をし、情熱を注ぐ程度を、改善できるからである。改善された従業員の仕事に対する献身、関与、情熱は、最終的には従業員の定着率、仕事の生産性、製品品質、利益、その他の業績指標の向上につながる。

 一方、PeretzFriedand Levi2017[5]らは、テレワーキング、フレックスタイム制、およびその他のフレクシブル・ワークアレンジメント(flexible work arrangements or FWAs)をハイパフォーマンス管理慣行とみなしてきた。本研究では、これらのハイパフォーマンス管理慣行、つまり、HCPWs、及びFWAsを取り上げることにする。

分析の方法

 理論を構築し、仮説を検証するために、202012月に、調査会社のモニター調査を通じて、日本、シンガポール、オーストラリアからデータを収集した。回答者は、管理職以上である。日本から102名、シンガポールから114名、オーストラリアから110名の合計、326人の管理者が、アンケートに日本語または英語で回答をした。COVID-19パンデミックによって大きな被害を被った国や地域のなかでは、回答者となる方々(つまり、管理者)の多くが失業していると予想したので、組織や経営について調査を実施することは困難だと思った。202012月に調査を開始したとき、日本、シンガポール、オーストラリアは、他の多くの国々ほどパンデミックの影響を受けていなかった。そこで、調査研究の対象として、これら3カ国を選んだ。

 質問票は、5段階のリカート尺度に基づき回答された。それぞれの項目につき、現時点(コロナ発生後)と、2019年末以前(コロナ発生前)につき、回答をすることになっていた。以下、質問項目の例である。HCPWsの例として「従業員の雇用は、守れている。」、FWAsの例として、「テレワーク:従業員は、コンピュータによって職場に接続することによって、週の一定の時間あるいはすべての時間、自宅から仕事をする。」、従業員集団の仕事への関与の例として、「従業員は、会社の一員であることに誇りを感じている。」、集団主義対個人主義の文化の例として、「従業員は、自身よりも、集団の利益のために決定をする。」がある。

 COVID-19パンデミックは、二値変数(ダミー変数)であり、パンデミック発生前を1、発生後を0としてコード化をした。

分析結果

 統計分析によって仮説を検証した結果、以下のことが分かった。まず第1に、パンデミックは、HCWPsに重要な影響を及ぼしてきた。より具体的には、これらの慣行は、発生後よりも発生前に広く利用されていた。逆に言えば、パンデミックが発生後には、HCWPsの利用は少なくなっていた。

 第2に、パンデミックは、FWAsに対して重要な影響を及ぼしてきた。より具体的には、これらの慣行は、発生前よりも、発生後により広く、利用されている。

 第3に、HCWPsは、パンデミックの従業員集団の仕事への関与への効果を仲介する。より具体的には、従業員は、パンデミック発生後よりも発生前に、自らの仕事により関与していた。パンデミック発生前には、HCWPsの広範な利用があったからである。反対にいえば、従業員は、パンデミック発生後には、自身の仕事に関与しなくなった。パンデミック発生後には、HCWPsの広範な利用がなかったからである。

 第4に、FWAsは、パンデミックの従業員集団の仕事への関与への効果を仲介する。より具体的には、従業員は、パンデミック発生前よりも発生後に、自身の仕事により関与している。パンデミック発生後には、FWAsの広範な利用があるからである。

 第5に、COVID-19パンデミックがFWAsに及ぼす効果のほうが、それがHCWPsに及ぼす効果よりも強い。しかし、HCWPsが従業員集団の仕事への関与に及ぼす影響が、FWAsが従業員集団の仕事への関与に及ぼす効果よりも強い。これらの影響を所与として、パンデミックがHCWPsを通して従業員集団の仕事への関与に及ぼす間接効果のほうが、パンデミックがFWAsを通して従業員集団の仕事への関与に及ぼす間接効果よりも、高い。

 仮説において、HCWPs、またはFWAsを通して、パンデミックの従業員集団の仕事への関与が、集団主義対個人主義という組織文化の次元の水準によって異なることを予測していたが、統計分析にて仮説は支持されなかった。補足的分析を実施した結果、HCWPsを通して、パンデミックが従業員集団の仕事への関与に及ぼす間接効果は、業績志向の組織文化の水準によって、異なっていることがわかった。しかし、パンデミック発生前に、HCWPsのもとで働いていた従業員集団の仕事への関与は、業績志向の文化の水準が低くなるほど、高まっていた。パンデミックの発生後には、HCWPsの利用が少なくなるので、業績志向の水準が低い組織は、以前のような文化的調和からの利益をえることはもはやないであろう。

 補足的分析では、国をダミー変数として、HCWPs、及びFWAsを通し、パンデミックの従業員集団の仕事への関与が、国によって異なるかを分析した。分析の結果、パンデミックの後、FWAsが従業員集団の仕事への関与に及ぼす効果は、シンガポールは日本に比べ高く、オーストラリアは日本に比べて低かった。国をダミー変数として、パンデミック後、FWAsの従業員集団の仕事への関与の水準が異なることを示したのが、図1である。既存のFWAsの研究に基づく理論的予測とは反して、集団主義の国の文化が高い国ほど、パンデミック後、FWAsに含まれる従業員の仕事への関与は、より高くなるかもしれない。

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結びにかえて

 進行中のCOVID-19パンデミックは、1918年のスペイン風邪以来最悪なパンデミックである。それは世界経済に大きな影響を与え、私たちのライフスタイルを覆した。パンデミックが引き起こした景気後退、及びニューノーマル(新しい規範)に対応して、企業は経営慣行を変更してきた。このような状況を背景に、経営慣行のなかでもハイコミットメント・ワークプラクティス(HCWPs:例えば、職務保障、チームワークなど)と、フレクシブル・ワークアレンジメント(FWAs:テレワーク、フレクシブルタイム制)に焦点を当て、パンデミックがこれらの管理慣行、及び従業員集団の仕事への関与(エンゲイジメント)に及ぼす影響を調べた。日本、シンガポール、オーストラリアから、合計、326名の管理者からの回答に基づき、調査、分析を実施した。パンデミックが発生する前は、HCWPsがより広範に使用され、従業員集団の仕事への関与が改善されていた。パンデミックが発生後は、FWAsがより広範に使用され、従業員集団の仕事への関与を改善することが可能である。パンデミック後に採用された、HCWPsまたはFWAsのもとで働く従業員集団の仕事への関与(エンゲイジメント)は、企業間だけでなく国の間によっても異なることがありうる。

 本研究の限界としては、一年未満前とはいえ、アンケートの回答者である管理者に、現地点だけでなく、パンデミック発生前の管理慣行を尋ねたことである。また、COVID-19パンデミックの社会的、経済的影響を、調査時点で、多くの他の国より強く受けなかった日本、シンガポール、オーストラリアの職場のみを対象にしたことである。分析結果については、これらの限界を考慮に入れ、注意をして読まれるべきである。


[1] 本研究は、科学研究費、基盤研究(C)20K01860(咲川 孝・研究代表)の助成を受けたものである。
[2] Chan, S. P. (2020, April 14). Coronavirus: 'World faces worst recession since Great Depression.' BBC News. Retrieved from https://www.bbc.com/news/business-52273988
[3] Alderman, L., & Abdul, G. (2020, October 29). Young and jobless in Europe: "It's been desperate." The New York Times. Retrieved from https://www.nytimes.com/2020/10/29/business/youth-unemployment-europe.html
[4] Pfeffer, J. (1998). The human equation: Building profits by putting people first. Boston, MA: Harvard Business Press.
[5] Peretz, H., Fried, Y., & Levi, A. (2018). Flexible work arrangements, national culture, organisational characteristics, and organisational outcomes: A study across 21 countries. Human Resource Management Journal, 28(1), 182-200.

咲川 孝(さきかわ たかし)/中央大学国際経営学部教授
専門 経営組織、国際経営

徳島県出身。
1988年 青山学院大学経営学部卒業
1990年 青山学院大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了
1996年 青山学院大学大学院国際政治経済学研究科 国際経営学専攻博士課程修了。博士(国際経営学)
新潟大学専任講師、助教授、准教授、教授へて、2019年より現職。

著書
『組織文化とイノベーション』千倉書房、1998年。
Transforming Japanese workplaces, Hampshire, UK: Palgrave-Macmillan, 2012.