研究

国際資金移動統計について

油谷 博司(ゆたに ひろし)/中央大学国際経営学部教授
専門分野 金融・ファイナンス

1. 国際資金移動を研究する意義

201912月に中国の武漢市で新型コロナウイルス感染症例が確認され1年が経過した.そして, 世界保健機構(WHO)がパンデミックを認めた20203月前後から,世界の多くの国々が,何らかの人の移動制限を始めた.この結果,2020年は,世界的に人の移動が急減した.また,そのあおりを受けて,一時的に工場の操業が停止され,モノの移動である輸出入も一時的に滞った.

これに対し,マネーについては,20203月に米国を起点として株価が急落する場面はあったが,米国をはじめ主要国の中央銀行が緩和的金融政策によりマネーを供給して間もなく持ち直し,通年としては,大きく減少することはなかった.最近では,新型コロナウイルス感染拡大を抑えるためのロックダウン等により,多くの国で経済のマイナス成長が予想される一方で,米国などで株価が上昇し,実態経済との乖離の可能性を懸念する声もある.

このように,マネーは,時に実態経済とは異なる動きを見せ,それがまた実態経済に悪影響を及ぼすことがある.それは,過去何回も金融危機を経験してきていることからも明らかであろう.しかも,人やモノと異なり,容易に国境を越えて移動することができる.そのため,特に国際的なマネー,または資金の移動に注意を払う必要がある.

2. 国際資金移動のデータ

2.1 国内統計

chuo_0121_b.jpg前節で述べた人,モノ,そしてマネーの移動の様子を,日本の場合で簡単に確認しておく.図1は,出入国在留管理庁の出入国管理統計から出入国者総数を2019年と2020年とで比較したもの,図2は,日本銀行の国際収支統計から貿易収支について輸出額と輸入額の合計を2019年と2020年で比較したもの,そして図3は,同じく国際収支統計の金融収支から証券投資について取得額と回収額を資産側と負債側と合計した総額を2019年と2020年とで比較したものである.それぞれ,人の移動は急減,モノの移動は人ほどではないが減少,そしてマネーはむしろ増加している様子がわかる.

さて,資金移動のデータとしては,国内であれば資金循環統計というものがある.資金循環統計は,家計や企業などの経済主体を7部門に分類し,それぞれが現金・預金や株式などの金融商品をいくら取得・処分,または調達・償還したかをマトリックス形式で表したものである.資金循環統計は,期末または年末の各金融商品残高を示す金融資産・負債残高表と2期間の残高の増減を示す金融取引表,それと評価額の変動などを示す調整表の3表からなる. 7つの経済部門の内,1つは海外となっているので,海外との資金の出入りが国内にどのような関係になっているかを分析することはできる.

2.2 国際収支統計と関連統計

一定期間の国内と国外との間の取引を記録する統計としては,国際収支統計がある.国際収支統計の中で,金融資産・負債の増減に関わる部分が金融収支で,これが一国の主な国際的資金移動を記録する統計である.金融収支は対外直接投資や証券投資,およびその他投資から構成され,その他投資の中に貸付や貿易与信などが含まれる.

この金融収支が,先の資金循環統計の金融取引表に対応することになる.そして,金融資産・負債残高表に対応するものが,International Investment PositionIIP,対外資産負債残高)である.これに評価額の変動などを記録した調整表を加え,世界各国のものを集計すると,理屈上は世界全体の国際的な資金移動を表す資金循環統計を構成することになる.なお,世界各国の国際収支統計は,国際通貨基金(IMF)で公表されており,対象国・地域は199ヵ国・地域にのぼる.

金融収支や対外資産負債残高は,一国についての独立した統計なので,特定の国について,対外的な資金の出入りを分析するにはこれでよいかもしれない.だが時に,国と国との関係(クロス・カントリー),つまり,資金がどの国からどの国に流れたかを知りたいことがある.また,そのことで国際的な資金移動の構造をよりよく理解できる可能性もある.そうした国家間の資金の流れに注目して作成された統計として,Coordinated Direct Investment SurveyCDIS)とCoordinated Portfolio Investment SurveyCPIS)がIMFから公表されている.用語の定義は,IMFの『国際収支マニュアル』(第6版)に準拠している.したがって,CDISIIPの対外直接投資部分に,またCPISIIPの対外証券投資部分に対応する.各調査に対してレポートしている国・地域は限られ,現在CDISでは投資受入が111ヵ国・地域,投資実行が85ヵ国・地域で,CPIS82ヵ国・地域となっている.

2.3 国際銀行統計

国家間の資金移動において,CDISCPISIIPの一部に対応し,すべてに対応している訳ではない.つまり,IIPのその他投資の部分が問題である.定義上,証券投資は,市場で取引される証券が含まれ,貸付など市場で取引されない資産・負債は含まれない.そこで注目されるのが国際決済銀行(Bank for International SettlementsBIS)が公表しているinternational banking statistics(国際銀行統計)のInternational Locational Banking StatisticsLBS,国際資金統計)とInternational Consolidated Banking StatisticsCBS,国際与信統計)である.これらは,銀行勘定による対外資産・負債についての統計である.前者は,国と国の間の資産・負債関係を示すが,後者はどこの国に属する銀行がリスクを取っているかというリスク関係の観点からの関係を示す.

LBSCBSは,CPISでカバーされていない銀行貸付や貿易与信が含まれると期待できるが,一方,銀行も市場で証券投資を行っているので,CPISと重なるデータも含まれている筈である.また,LBSを用いるかCBSを用いるかで国家間の関係が変わる.したがってLBSCBSを,CPISを補完するデータとして使うには注意が必要である.

また,データが収集できている国・地域は限られ,LBSは,現在48ヵ国・地域のみである.ただし,BISによれば,これら48ヵ国・地域で全体の94%をカバーしているということである.

3. 国際資金移動でのクロス・カントリー・データの意義と課題

国際間の資金移動はさまざまな要因で起こる.特に,証券投資は純粋に投資収益を追求するので,国と国の間の金利差や為替レート,税金差,市場の開放度などが,要因としてすぐに浮かぶ.また,リスクに極めて敏感なので,政治リスクや地政学リスク,経済成長期待なども影響し,それがひいては国家間の親密度や力関係に現れることもある.したがって,クロス・カントリーでの国際資金移動を分析することで,こうした国家間の関係が把握できることが期待できる.また,資金移動は経済にとっての血流に例えられるので,どこかの国・地域の金融に問題が発生した時に,どこの国・地域に真っ先に飛び火するかといった予測にも使える可能性がある.

課題は,タイミングとカバレッジである.足の速い資金移動に対し,CDISCPISは未だに直近データが2019年末(LBSCBS20206月末)である.データ頻度もCDISは年次,CPISは半期,そしてLBSCBSは四半期となっている.したがって,現状把握には適せず,事後分析が中心となる.開始年次も新しく,CDIS2009年,CPISは年次公表となったのが2001年,半期公表となったのが2013年で,時系列分析においては,データ数がまだ少ない.カバレッジでは,恐らく政治的配慮もあるため,CDISCPISでは不公開となっているデータが多いため,分析対象にできる国・地域が限られる.

以上,さまざまな課題はあるが,それでも多くのデータが利用可能であるので,国際金融においての何らかの示唆を得られるのではないかと期待される.

油谷 博司(ゆたに ひろし)/中央大学国際経営学部教授
専門分野 金融・ファイナンス

東京都出身.1960年生まれ. 
1983年慶応義塾大学経済学部卒業.
1990年米国ロチェスター大学MBA取得.
2010年中央大学大学院経済学研究科博士課程修了.博士(経済学).
2012年関西学院大学専門職大学院経営戦略研究科教授を経て2019年より現職、
1983年から2012年まで銀行に勤務し,ニューヨーク,バンコク駐在を含め国際融資,内部監査などに従事.

現在の研究課題は、国際資金移動と各国の金融システム.

主要著書,『タイの金融システムと資金循環構造』(三恵社,2010年)