研究

「訴訟にあって訴訟にあらず」

―訴訟手続と非訟手続の交錯―

秦 公正(はた きみまさ)/中央大学法学部教授
専門分野 民事手続法、ADR(裁判外紛争解決)、共有物分割訴訟

1. 民事紛争解決に関するドイツ市民の意識調査

 ドイツの近年のレポート[1]は、ドイツ市民の紛争解決方法に関する意識調査アンケートを行った。それによれば、「次の紛争について裁判手続と当事者間の話し合いによる手続(メディエーション)では、どちらがよい結果を達成できると評価しているか」との問いに対して、以下のような興味深い数字が示されている。

(表1:ドイツ市民の紛争解決方法に対する意識調査)

紛争の種類 裁判手続 メディエーション手続
隣人紛争 12% 85%
子の親権に関する両親の紛争 29% 67%
家主と賃借人間の紛争 47% 49%
離婚紛争 60% 36%

Allensbach, Roland Rechtsreport -Sonderbericht-, S.33より

 もし日本で同様の意識調査を行ったとすれば、果たしてどうか。ドイツの結果と重なる部分もありそうであるが、一部ではだいぶ異なる数字が出るような気がしなくもない(上記アンケートは紛争の内容を限定していないので、回答者がどのような紛争をイメージして答えたのかにもよる部分があるだろう)。それはさておき、この表に示されているように、社会では多様な法的紛争が生じている。では、その法的紛争を解決するにはどのような手段・方法が望ましいか(多様な紛争解決方法、とくにADRについては、数回前の「研究」「紛争(モメゴト)解決学入門―ADR(訴訟によらない紛争解決)のススメ―」において遠山信一郎教授が詳しく解説されている)。少なくともアンケート結果からは、市民が裁判手続に適さないと考える紛争が存在すると言えるであろう。

2.裁判所による法的紛争処理の分類

 ここからは裁判所による法的紛争処理に話を限定する。国家は、社会で発生する紛争を解決するために訴訟制度を設けた。大量に発生する紛争を迅速、効率的に処理するため、訴訟手続は画一的に定められ、かつこれは同時に適正・公平を重視した重厚な手続となっている。しかし、前述のように社会には多種多様な紛争があることを考えると、すべてを単一の手続で処理するのは不適当とも考えられる。例えば、民事訴訟手続では市民社会における私的自治のあらわれとして「処分権主義」や「弁論主義」といった原則が採られる結果、裁判所が当事者の申立てや主張に拘束されることがあるが、これは他方、実体に即した解決や手続の柔軟性という点では問題と見られなくもない。また、前述のように適正・公平を重視する結果、手続に多くの時間や費用がかかることになる。かくして、例えば、離婚紛争は「実体的真実発見」に重きを置き、通常の民事訴訟ではなくその特別法たる「人事訴訟法」の手続によるとされ、手形・小切手事件、少額請求事件については簡易・迅速性に重きを置き、民事訴訟法の中で「特別な手続(略式訴訟)」が設けられている。

(表2:民事訴訟、略式訴訟、人事訴訟の相違) 

種 類 対象となる事件 手続の特徴

民事訴訟(通常)

(略式訴訟)

代金請求事件
損害賠償請求事件など
処分権主義、弁論主義、証拠方法の無制限
手形・小切手事件
少額請求事件
証拠方法の制限(民訴法352条、371条)、控訴の禁止(同356条、377条)など
人事訴訟 離婚事件、認知事件など 職権探知[2](人事訴訟法20条)、民事訴訟法の規定の適用除外(同19条)など

 しかし、裁判所で処理される事件はこれにとどまらない。例えば、この20年で大きく件数が増加した成年後見等事件(例えば、重度の認知症になった高齢者の財産管理を誰が行うのか、といった問題)、子の親権の争いや面会交流事件などもある。これらの事件も裁判所が扱う事件ではあるが、「訴訟=判決」という形の手続は行われず、裁判所が後見的に関与して、より簡易かつ弾力的な手続が採用されている。訴訟以外の事件、ゆえに「非訟」と呼ばれる一群の事件である。この非訟の概念は非常に広く、前述した家事事件、借地非訟事件、各種ADR(民事調停など)もこれに含まれる。

 非訟手続は民事訴訟とは手続が大きく異なる。例えば、非訟手続は非公開(非訟事件手続法30条、家事事件手続法33条)で行われ、紛争当事者以外の者による手続申立ても可能な場合があり、職権探知主義が採用され(非訟49条、家事56条)、裁判所によってなされた「決定」、「審判」も事情変更による取消し・変更が可能である(非訟59条、家事78条)。

3.「訴訟にあって訴訟にあらず」―訴訟手続と非訟手続の交錯

 このように訴訟手続と非訟手続が明確に異なるとすれば、ある事件がどちらの手続で処理されるかは当事者にとって非常に重要な問題であり、ゆえに、かつてはその分配基準を何に求めるか、どこまで非訟手続で処理することが許されるかが大きな問題とされた(判例は、「権利義務の存否の確定」を目的とするかどうかを基準とする[3])。そしてその問題はいまも重要であることは変わりがない。ただ、現実には訴訟手続で処理されていても、非訟的な処理が採用され、逆に非訟であっても訴訟手続に近いような処理をされている事件が存在する。例えば、損害賠償請求事件は典型的に訴訟手続で処理される事件であるが、慰謝料の額などについては裁判所の裁量的な処理が必要である。また、筆者が研究対象としている共有物分割事件も訴訟手続で行われているものの、判例・通説によれば、裁判所は当事者の申立てに拘束されず、請求棄却判決もできない(実質非訟事件)とされ、ゆえに「形式的形成訴訟」と呼ばれている。特に、後者の問題をさらに難しくするのが、同様に財産の分割が対象となる遺産分割事件の存在である。遺産分割事件は、かつては訴訟手続で処理されていたが、戦後、家事審判法(現在の家事事件手続法)の制定・施行によって「非訟手続(審判)」で処理されるようになった(このような現象は「訴訟の非訟化」と呼ばれる)。こうして日本では、形式上、共有物分割は訴訟で、遺産分割は非訟でという異なる手続が採られることになった。とはいえ、共有物分割訴訟も前述のような特殊な手続が採用され、その中身も共有財産の分割という点で遺産分割と共通する。

4. 共有物分割・遺産分割の手続

 このやや複雑な日本の状況に比べ、ドイツの共有物分割・遺産分割の考え方は、裁判所の裁量をできるだけ排除する、という点で一貫している。関連して、ドイツ法の大きな特徴を2つ挙げるとするならば、次の点を挙げることができるだろう。まず第1に、ドイツでは、共有物分割事件も遺産分割事件も「訴訟」で行われており、裁判所は当事者の申立てた分割案や主張に拘束される。しかし、訴訟手続による結果、当事者は具体的な分割のための要件を証明しなければならず、それは現実には非常に困難と理解される。第2に、具体的な分割内容についても、共有財産を「競売」することによりできるだけ金銭に変えた上で分割を行うという基本姿勢を採っている。ただ、共有土地を2名で分割する場合、土地そのものを分割して(共有物そのものを分割する方法は「現物分割」と呼ばれる)共有者のそれぞれに帰属させることも例外的に認められうるが、現実に分割された土地のどちらを取得するかは、「くじ」により決められる(ドイツ民法7522項)。このようなドイツの姿勢を「形式的公平」の重視と言うならば、日本の共有物分割は違う方向にある。すなわち、もともと日本では「現物分割」を原則とし(民法258条参照)、さらに、平成8年の最高裁判決[4]が、条文には明示されていない、いわゆる「全面的価格賠償による分割」[5]を認めたのを決定的なターニングポイントとして、「形式的公平」から「実質的公平」の考え方が強まったと評価できるからである。具体的には共有者間の「実質的公平」の担保を前提としながら、従前の共有物の利用状況等に配慮した分割内容の追求である。この日本とドイツの違いを簡潔にまとめるならば、以下のようになる。

(表3:日本とドイツの共有物分割、遺産分割に関する基本的な違い)

日 本 ドイツ
共有物分割 訴訟手続(民事訴訟法)
ただし、特殊な手続を採用
訴 訟
遺産分割 非訟手続(家事事件手続法)
特 徴 ・裁判官の裁量による具体的妥当性を重視した分割
・「形式的公平」から「実質的公平」へ(共有物分割)
・当事者の申立て・主張の拘束力を肯定
・分割時の裁判官の裁量を排除
・共有者の「形式的公平」を重視

5. 今後の展望

 共有物分割や遺産分割の今後について、大きな影響を与える2つの大きな動きが進行している。20204月、民法の相続分野を改正する法律の一部が施行され、遺産分割における配偶者の居住利益の保護を目的とした「配偶者居住権[6]」が認められた(民法1028条以下)。これは被相続人の配偶者の居住建物の利用を重視して共有者の一部の利益を保護するものと評価できる。この改正法の施行の結果、どのような場合に裁判所の「審判」によって配偶者居住権が認められることになるのか(同1029条参照)、また、共有物分割においても共有物の利用利益の保護の流れが強まっていくことになるのだろうか。

 そして、もう1つが現在法制審議会において議論が続く「所有者不明土地問題」の帰趨である。所有者不明土地や建物が生じる原因は、遺産である不動産が相続により共有不動産となり、さらにその相続人が死亡するなどして、共有者が非常に多数になることに一因があるとされている。この問題発生を予防するためには、共有状態の解消が必要であり、その点で、強制的に共有の解消を可能にする共有物分割・遺産分割のあり方は非常に重要になってくる。昨年12月に公開された中間試案[7]のポイントは、判例上認められた「全面的価格賠償による分割」や各分割方法の優先順位を条文上より明確に規定するだけでなく、遺産分割で認められている裁判所の裁量の余地を認める規定(家事事件手続法196条)[8]を共有物分割手続に採用するなど、共有物分割と遺産分割の内容をより一致させる内容となっている。他方、遺産分割が長期にわたって行われないときは、本来一体的に処理されるべき遺産に属する各財産を個別に共有物分割で処理する余地(準共有物分割)を認めるなど、両者の連携、融合が大きく進む可能性が示されており、この分野の議論の進化が期待される。


[1] Allensbach, Rolandrechtsreport 2014, S.33
[2] 裁判所は、当事者が主張しない事実をしん酌したり、職権で証拠調べをしたりできるとの考え方
[3] 最大判昭和40年6月30日民集19巻4号1089頁
[4] 最判平成8年10月31日民集50巻9号2563頁
[5] 例えば、AB2名が2分の1ずつ共有する土地の分割を想定した場合、Aに単独で当該土地所有権を帰属させ、Bには持分相当額の金銭をAから支払わせるという分割方法(つまり、持分すべてを価値に応じた額で償わせる=全面的価額賠償)のこと。
[6] 相続人たる配偶者が、被相続人の遺産である建物に居住していた場合に、当該建物を無償で使用及び収益できる権利のこと。
[7] 法務省ホームページ「民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)等の改正に関する中間試案」「同補足説明」
  http://www.moj.go.jp/shingi1/shingi04900001_00007.html
[8] 「家庭裁判所は、遺産の分割の審判において、当事者に対し、金銭の支払、物の引渡し、登記義務の履行その他の給付を命ずることができる。」(家事事件手続法196条)

秦 公正(はた きみまさ)/中央大学法学部教授
専門分野 民事手続法、ADR(裁判外紛争解決)、共有物分割訴訟

神奈川県横浜市出身 1975年生まれ
1997年青山学院大学法学部卒業
1999年早稲田大学大学院法学研究科博士前期課程修了
2002年同博士後期課程満期退学
平成国際大学法学部助教授、中央大学法学部准教授等を経て2014年より現職

現在の研究課題は、共有物分割・遺産分割の日独比較研究、ドイツにおけるADR(裁判外紛争解決)の近時の展開などである。