研究

「あ・か・さ・た・な」で中央大学へ行く

天畠 大輔/日本学術振興会特別研究員(PD)、中央大学文学部
専門分野 当事者研究、障害学、社会福祉学

発話困難な重度身体障がい者である「天畠大輔」とは

 私は2019年度より日本学術振興会特別研究員(PD)として、文学部天田城介教授に受入をしていただいています。発話困難な重度身体障がいを持つ当事者として、重度身体障がい者と介助者のコミュニケーションや関係性をめぐる調査・研究を行っています。

 私は14歳の時、医療ミスにより低酸素脳症に陥り、その時の後遺症で四肢麻痺、視覚障がい、発話障がい、嚥下障がいを負いました。現在地域で自立生活をしていますが、生活上何をするにも身体介助や通訳介助が必要です。また、身体に不随意の動きがある事と、時おり筋肉の緊張によりアゴが外れ呼吸出来なくなるという障がいもあるため、24時間、365日、片時も離れず常に介助者が私の側にいます。

 特殊な状態の多い私の身体ですが、コミュニケーション方法はさらに特殊です。私は、一文字ずつ意思を確認する「あかさたな話法」というコミュニケーション方法をとっています。「あかさたな話法」とは、例えば私の趣味である「映画」を伝えたいときを例に説明すると、まず介助者がはじめに、「あ、か、さ、た...」と50音各行の頭文字を読んでゆき、私は「え」の含まれる行「あ」の音で身体の一部を動かし合図を送ります。そこで合図を確認した介助者は「あ、い、う、え、お」と読み進めていくので、私は「え」の箇所で再度サインを送り、文字を選びます。この作業を繰り返し、ようやく言葉が姿を現していきます。濁点のつく文字などは介助者が推測し、あてはめていきます。私のコミュニケーション方法は、短い言葉を伝えるのにも相当な時間と労力を要します。そこでそのコストを削減するために、介助者には積極的な先読み(予測変換)を推奨しています。例えば、簡単な例で言うと私が「はじめまして」と言いたいとき、介助者は「は、し」と読み取った時点で「『はじめまして』ですか?」と私に確認します。そこで私はOKの合図を出し、介助者が相手に「はじめまして」と通訳する、といった具合です。

「あかさたな話法」は介助者との協働作業

 私は、発話によりコミュニケーションがとれない全身性の障がい者の存在や、私たちが抱える多くの問題を知ってもらうことを第一歩に、当事者と介助者がともに生きやすい社会を作りたいという思いがあります。その実現のためには、取り組むべき事が山のようにあり、私は常に、人の何百倍も時間のかかるアウトプットを、どうすればスムーズに行えるかを思考錯誤し続けてきました。介助者に積極的に先読みをさせているのもその工夫の一つです。

 今、私は介助者と「協働作業」でアウトプットすることを大切にしています。もちろん、私が自分で一字一句言葉を作っていく必要のある場面もありますが、基本的には介助者に私の少ない言葉から私の思考を想像してもらい、解釈を広げてもらい、言葉を補ってもらっています。それが可能となるよう、私は介助者に自分の情報を選択的に提供し、介助者と共有知識を増やしています。そして、介助者が通訳してくれた言葉に、再び短い言葉で自分の意見を伝え、また解釈してもらう。その繰り返しの協働作業で私の言いたいことに出来るだけ近い言葉を紡ぎだしています。

 今こうして「Chuo Online」に寄稿させて頂く文章を作成するのも、まず骨子を介助者に伝えます。介助者は過去の私の文章などを参照しながら、一般にわかりやすい文章に体裁を整えながら文章化していきます。私の視覚障がいは、平面の文字が見えにくいという稀な状態であり、自分の文章を目で見て確認することもできません。そのため、介助者に一度作った文章を読み上げてもらい、私は訂正箇所を合図し、再度指示を出し文章を修正していきます。その繰り返しで書き上げています。

論文執筆とジレンマ

 こうした「あかさたな話法」を通じて、日常のコミュニケーションから論文執筆までを行っていますが、博士論文執筆当時、その支援担当をしていた介助者のAさんとのやり取りで私はひどく戸惑いました。Aさんは、僕と同性かつ同世代で、国立大学大学院の博士課程に在籍しているため、「介助者」でありながらライバルのような存在でした。Aさんは「大輔さん、その主張でいいんですか?」「大輔さん、それは違うんじゃないですか?」「大輔さん、この表現の方が良いのではないですか?」と度々、私に投げかけてきました。それは私の思考を越えた新しい提案であり、力強い説得力に惹かれた私は、導かれるままにその提案を受け入れたことがありました。と同時に、この時、「この考えは私の中からでたものではないのに、果たして私の言葉、私の文と言えるのだろうか」という疑問が生じました。しかし専門知識の豊富なその介助者の言葉を借りることは非常に体裁が良く、「見栄を張りたい」という気持ちから、私はその提案に乗りました。こうしてたびたび繰り返されるこの行為によって、私はジレンマに陥ることになりました。当時、佐村河内氏のゴーストライター問題が世間を賑わせていたことも重なり、私は、介助者の能力を利用して、自己の本質的能力を水増しさせているでは、と強い苦悩を感じるようになったのです。

 確かに、「あかさたな話法」を使って、一文字一文字私が全ての文字を介助者に伝えていけば、アウトプットをする過程の合理的配慮において、本質的能力の水増しは存在しないと言えるのかもしれません。しかし、限られた時間の中で長い文章を仕上げなければならない時に、それは私にとって不可能に近い行為でした。

介助者との「共に創りあげていく関係」

 そこで私は発想を転換し、このジレンマ自体を研究することにしました。つまり、自分の弱さと客観的に向き合い、その弱さを社会的なレベルから捉え直すこと、つまりその合理性の証明を試みることにしたのです。こうして私の博士論文のテーマは「発話困難な重度身体障がい者のコミュニケーションと自己決定」となりました。論文を書き進めながら、コミュニケーションに介助者の存在が不可欠な私にとっては、介助者との関係性は単なる手足でもなく、全て任せるでもなく、「ともに創りあげていく関係」が必要であると強く実感するようになりました。私だけでなく、「発話困難な重度身体障がい者」には必要な介助の在り方であると考え、現在も研究を進めています。

「この決定の主体は誰なのだろうか」「この方法で本当にいいのだろうか」私の悩みは今日も続いています。特に博士論文執筆時は協働作業なのにオーサーシップは私にだけ与えられ、その事が私のジレンマを強めていました。今の私の研究テーマは「当事者事業所による、新たな生存保障システムの開発」です。当事者事業所とは、重度身体障がい当事者が自身で介助者派遣事業所を運営し、自分の介助者を自ら雇用し共に事業を行うものです。このように当事者事業所にオーサーシップを持たせることで、「発話困難な重度身体障がい者」が介助者を使って成果物を生み出すときの弊害が軽減します。また、この当事者事業所の在り方は、これまで社会から責任を剥奪された主体であった重度身体障がい者が、それを取り戻し、より活き活きと生きやすい方法にもなるとも考えています。

生き様そのものが運動

 私は、私のような最重度の身体障がい者の生き様を社会に見せていくこと、それ自体が、「障がい者運動」の1つだと考えています。この「障がい者運動」には様々な意味があります。例えば、ALS当事者である舩後靖彦氏が国政の場に進出したことは、それ自体が障がい者運動の一つであるといえます。私は、介助者とチームになって生きています。チームで、博士論文を作り上げ、現在も支援者の輪を広げながら研究活動を続けています。こうして多くの人と繋がって、それを社会に発信していく、こうした研究活動もまた、「障がい者運動」だといえます。私は「社会に強制」しながら、「社会と共生」していく、そんな生き方を目指しています。研究活動、日々の支援者探し、一つ一つの出会いも私にとっては障がい者運動です。学内で私を見かけたらぜひ声をかけてください。

天畠 大輔(てんばた・だいすけ)/日本学術振興会特別研究員(PD)、中央大学文学部
専門分野 当事者研究、障害学、社会福祉学

広島県出身。1981年生まれ。
14歳の時、医療ミスにより、四肢麻痺・発話障がい・視覚障がい・嚥下障がいを負い、発話困難な重度身体障がい者となる。
2004年ルーテル学院大学総合人間学部社会福祉学科卒業。
2010年立命館大学大学院先端総合学術研究科先端総合学術専攻一貫性博士課程入学。
2019年同課程修了(博士号(学術)取得)。
現在は日本学術振興会特別研究員(PD)として、「『発話困難な重度身体障がい者』と『通訳者』間に生じるジレンマと新『事業体モデル』」の研究を行う。
2019年~立命館大学生存学研究所客員研究員。
日本で最も重い障がいをもつ研究者。介助者が一字一字読み取る「あかさたな話法」を用いて思考のアウトプットを行う。

HP: http://tennohatakenimihanarunoka.com/