SDGs達成に向けた大学の役割
加藤 俊一/中央大学理工学部教授
専門分野 感性工学 ヒューマンインターフェース 感性ロボティクス
2015年の国連サミットで採択された持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)は、先進国を含む世界すべての国に関わる課題・目標として、国内外で急速に関心が高まっています。2030年に設定されているSDGsの達成に向け、本特集では「知の創出拠点」としての大学に焦点を当て、本学の研究者による研究活動を通じて、私たち大学が果たすべき役割とは何か、を考えます。
今回は、本学の研究推進支援本部長を務める加藤俊一教授(理工学部)が、本特集のテーマでもある「SDGs達成に向けた大学の役割」について、海外の取り組み事例を交えながら、考察します
1.SDGsとは
持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals, SDGs)とは、貧困に終止符を打ち、地球を保護し、一人も残さずに(leave no one behind)すべての人が、平和と豊かさを享受できるようにするための行動目標である。人類がこの地球上で生存を続けるための要件として17のゴール(目標、図1)と、その下での169のターゲット(具体的な課題)が定められた(国連総会、2015年9月)。SDGsは発展途上国のみならず、先進国自身が取組む普遍的な目標であり、日本としても積極的に取り組んでいる。[1][2][3]
世界の高等教育機関と国連が連携して、国連に委託された業務・活動に、教育機関がコミットできる仕組みを提供するための枠組み、国連アカデミックインパクト(UN Academic Impact, UNAI)の立ち上げメンバーとして、中央大学は2010年以来、日本の情報発信・情報交換のハブとしての役割を務めてきている。そのような経緯から、SDGsが策定される過程にも関心を持ち、また、策定後はその広報への協力とともに、SDGsの趣旨を、大学としての取組に反映させるべく、務めてきている。
本稿では、筆者が見聞したことも加えながら、SDGs達成に向けた大学本来の役割について、考えてみたい。
図1 SDGSの17目標
G1: 貧困をなくそう
G2: 飢餓をゼロに
G3: すべての人に健康と福祉を
G4: 質の高い教育をみんなに
G5: ジェンダー平等を実現しよう
G6: 安全な水とトイレを世界中に
G7: エネルギーをみんなにそしてクリーンに
G8: 働きがいも経済成長も
G9: 産業と技術革新の基盤を作ろう
G10: 人や国の不平等をなくそう
G11: 住み続けられるまちづくりを
G12: つくる責任つかう責任
G13: 気候変動に具体的な対策を
G14: 海の豊かさを守ろう
G15: 陸の豊かさも守ろう
G16 平和と公正をすべての人に
G17: パートナーシップで目標を達成しよう
2.知の創出拠点としての役割り
大学の重要な役割は、次の時代を切り拓き、その基礎となる「知」を創出することである。SDGsを実現するためには、どのような「知」が必要で、それを研究によってどう生み出していくのか? 筆者のような理工系研究者の視点から、SDGsの17目標(詳細には169課題)を眺めてみると、取組むべき目標・課題は明確なようでいて、実はかなり手強いことに気づかされる。
理工系の研究者が慣れ親しんできたデカルト以来の要素還元論的な方法論、つまり「問題を互いに独立な部分問題に分解し、それらの解を合わせることで、問題の解決を図る」という方法論はかなり強力で、科学技術に裏打ちされた今日の文明社会を生み出した。その一方で、専門分野掘り下げ型の研究(度が過ぎれば、蛸壺型の研究)の集積が、SDGsを必要とする諸問題を生み出したともいえる。
SDGsは各目標・課題が互いに関連しあっていることに特徴がある。目標を達成するためには、個々の学問・専門分野の枠を超えて、他分野・多分野との連携(自然科学や工学分野内にとどまらず、医学、法学、経済学、文化、芸術などの広範な連携)が行われないと解決できない。このような研究の方法論を分野融合型研究(inter-disciplinary study, trans-disciplinary study)と呼ぶ。
イタリア・フィレンツェに本店を置くフェラガモは、隣接する博物館でSDGsに呼応する特別展(Sustainable Thinking)を行っていた。新技術の開発導入による地球規模でのSDGsの実現と、未来社会でのブランド企業としての持続可能性を重ねた試みであった(図2)。
この展示では、ファッションの世界での3R(reduce, reuse, recycle)のための新技術を開発・導入しつつ、芸術的にも優れた憧れの対象となる製品を生み出せることを実証していた。まさに、これらの製品を生活の中で使うことに人々が価値を感じられるような、新しいライフスタイルの提案でもあった。
これからの大学の研究は、このような分野融合的な研究スタイルで「新しい知の創出拠点」としての役割りを果たしていく必要があろう。さらに、人びとに新しい知に基づく新しいライフスタイルを、価値あるものと感じさせられるように提示することで、「新しい知」を社会に根付かせ、イノベーションにつなげていくことが必要であろう。
図2 フェラガモ博物館の Sustainable Thinking展
3.人材育成の拠点としての役割り
大学のもう一つの重要な役割は次の時代を担う人材の育成である。
SDGsへの問題意識を共有し、解決に取り組める人材の育成が急務となっている。理工系分野の人材の育成でいえば、個々の専門的な知識とともに、分野融合的に様々な分野の知と融合させて活用するために、理工系の他分野のみならず人文・社会系の諸分野の専門家とも協力できる人材の育成が必要となる。そのためにはどのような教育カリキュラムが必要だろうか?
イタリア・ミラノのレオナルドダヴィンチ国立科学博物館では、電波通信・情報技術など個々の科学技術の仕組みとその発展の歴史を紹介する内容と共に、気候変動が我々の生活に与える影響や、プラスチック製品などの環境への負荷、生物多様性と生活の関連性など、自然界の諸現象や様々な科学技術が我々の生活とどう結びついているかを認識させる展示に力を入れていた(図3)。来館者の生活体験を通して、様々な分野の知が融合されて我々の生活を成り立たせていること、また、人類の将来のためには、どのような見方・考え方が必要かを、来館者自身に意識させているといえる。
このように、これからの大学の教育は、教える側の教員(研究者)が他分野・多分野のメンバーからなるチームを作り、学ぶ側(学生)の中に専門性と分野融合的な考え方の双方が常に意識されるような体験と学びの機会を与えることも必要となろう。
図3 レオナルドダヴィンチ国立科学博物館の「気づかせる・考えさせる」展示
4.大規模な事業拠点としての役割り
研究や教育を行う大学は、学生までを構成員と考えると、大企業に相当する大きな事業所である。そこでの「事業」が社会や環境が与える影響は大きい。多くの事業所に共通する、環境・ダイバーシティ・ワークライフバランスを例に、考えてみよう。
事業所の環境問題では、ごみの分別回収・再資源化などへの取組はどうか? 西オーストラリア大学は、植物園かと思うほどに緑豊かなキャンパスだ。だが実は、分別廃棄・回収のためのボックスを各所に配置するだけでなく、もともと乱雑なゴミ捨て場であった空地に木を植え、ごみを捨てにくくし、教職員・学生の学園生活のスタイルを環境に配慮したスタイルに習慣づけることに取り組んだそうだ。そして今日では、木々が育って、学園の憩いの場所となり、また、卒業生や市民が結婚式を挙げる場所にも利用されるようになるなど、新しい価値も生み出している(図4)。環境整備を広い視野でとらえ、新たな価値創造に結び付ける善き事例となるように努力することも必要であろう。
ダイバーシティへの取組はどうか? 理工系研究者の目から見ると、STEM(Science, Technology, Engineering, and Math)分野に進み活躍する女性(いわゆるリケジョ)はまだまだ少ない。日本は特に少ないが、欧州も豪州も多いとはいえない。しかしながら、訪問の機会を得たイタリアのミラノ・ビコッカ大学も、オーストラリアの西オーストラリア大学、カーティン大学も、総長・学長に相当する方は女性、大学の中枢を担う役職にも理系の女性が参画している。また、理工系を目指す女性のリクルーティングにも熱心である。ダイバーシティ推進の善き事例となるように努力することは、一大学のマネジメントの範囲を超え、社会に与える影響も大きいと思われる。
ワークライフバランスへの取組ではどうか? 我が国の特に理工系の大学・学部には「不夜城こそが教育・研究が活発な証し」という雰囲気が今なおある。しかし、筆者が訪問した上述の大学では、理工系であっても18時や20時になると原則、ロックアウトとなる。これは、セキュリティのためだけではなく、人々の生活スタイル(夫婦共働きが多い)が、短時間に集中して働いて、後の時間は家族や仲間と過ごす時間とメリハリをつけていることとも関係が深い。ワークライフバランスの善き事例となることも、特に日本の場合、社会に与える影響が大きいと思われる。
図4 豊かな緑に囲まれた西オーストラリア大学(総合的な環境整備の成果)
5.むすびにかえて
SDGsの実現に向けて努力することは、新しい時代を切り拓く役割を担う大学の重要な使命だが、大学関係者にとっては、世界大学ランキング(Times Higher Education, THE)の評価尺度の一つとして、SDGsへの取組も含められたことも記憶に新しい。理念・教養としてのSDGsの理解にとどまらず、まさに大学としての生き残り(sustainability)をかけた大学評価・ランキング競争の基準としてのSDGsの実践が加わることとなった。[4]大学の研究・教育・事業所としての取組のすべてが、評価の対象となっている。
世界の大学関係者は、「ランキング」に振り回されている感もあるが、このような指標が登場したことを前向きにとらえて、より広い視点から、大学の研究・教育・事業所としての取組を見つめなおし、SDGsへの取組を通した新しい社会貢献を進めていきたい。
一方で、SDGsだけが、次の時代を切り拓く観点という訳ではないことにも注意をしたい。SDGsで明示的に語られていない重要な観点は、「基本的人権」の尊重と徹底である。
「法の下での平等」を学ぶ英吉利法律学校を起源とする本学としては、地球環境を保ちつつ人類が繁栄を続けるためのSDGsへの取組と、社会の中で一人一人の特性に合った活躍を可能にするための基本的人権尊重への取組を、車の両輪として進めていくことが、本学の社会的な使命であろう。
参考資料
- 加藤 俊一(かとう・としかず)/中央大学理工学部教授
専門分野 感性工学 ヒューマンインターフェース 感性ロボティクス - 大阪市出身。1986年、京都大学大学院工学研究科情報工学専攻博士課程単位取得退学。同年、通商産業省工業技術院電子技術総合研究所(現、産業技術総合研究所)入所。同所知能システム部対話システム研究室長を経て、1997年4月より中央大学理工学部教授。2010年1月から2018年5月、副学長(研究担当)。2015年4月より研究推進支援本部長。我国の「人にやさしい情報環境の研究開発」をリード。工学博士。日本感性工学会、電子情報通信学会、情報処理学会、日本建築学会、グローバル人材育成教育学会、IEEE Computer SocietyおよびIEEE SMC各会員。