研究

消費税軽減税率の適用とQ&A行政

酒井 克彦/中央大学商学部教授
専門分野 租税法、税務会計

1 消費税軽減税率(8%)の適用

 消費税増税が今年(令和元年)10月1日から実施される。

 今般の消費税増税において注目されるのは、税率6.3%(地方消費税と合わせて8%)であったものが、7.8%(地方消費税と合わせて10%)に改正されるという点のみならず、いわゆる軽減税率といわれる制度が導入されることである。軽減税率は、酒類・外食を除く飲食料品及び定期購読契約が締結された週2回以上発行される新聞に適用され、これらについては、例外的に6.24%(地方消費税と合わせて8%)とするという制度である。日本がその範としているヨーロッパの付加価値税制度においては、食料品、水道水、医薬品、雑誌、新聞、映画鑑賞料などが軽減税率ないしゼロ税率の対象とされてきたところである。このような制度をこれまで採用してこなかったわが国も、10月からはこれを導入するとあって、事業を行う者がソフトウェアの更新やレジ台の交換に追われているといった報道をたびたび目にする。

 ところで、軽減税率の対象となる「飲食料品」についての法律上の規定はシンプルであり、「食品表示法に規定する食品(酒類を除く。)」とするのみである(所法等一部改正法(平成 28 年法律第 15 号)附則34)。

2 外食等の定義

 消費税には、低所得者ほどその収入に占める生活必需品等の支出割合が高くなるため、高所得者に比べ租税負担が重くなるという逆進性があるとしばしば指摘されることがある。かかる消費税の逆進性という問題を解決するための手法の一つがこの軽減税率の導入であるが、生活必需品以外のものに対してまで軽減税率の適用を認める理由はないから、飲食料品ではあっても、外食サービスの提供は除かれている。外食費はいわば、「食事+サービス」の対価でもあるからである。ここにいう「外食」とは、次の2つの要件を充足するものとされている。

  • ① 飲食設備のある場所において(場所要件)
  • ② 顧客に飲食させるサービス(サービス要件)

 それに加えて、ケータリング・出張料理等のように、顧客が指定した場所で、顧客に飲食させるサービスは外食に該当するが、有料老人ホームでの飲食料品の提供や学校給食等は、生活を営む場所において他の形態で食事をとることが困難と考えられることから、本来外食の範囲に含まれる「ケータリング・出張料理等」から除き、飲食料品に含まれることになっている。

 具体的な例を挙げれば、ピザ屋で店内飲食すると外食等に該当するが(消費税10%)、宅配にすれば飲食料品に該当する(消費税8%)、フードコートでの飲食は外食等に該当するが、屋台での持ち帰りは飲食料品に該当することになる。コンビニエンスストアでパンとおにぎりとお茶を買った場合において、例えば、おにぎりとお茶をイートインで食べるのであれば10%の消費税、パンは自宅で食べるのであれば8%の消費税ということになる。今後、コンビニのアルバイターはどこで食べるか商品一つひとつについて顧客に確認しなければならないことになるのである。日本語に不慣れな外国人アルバイターや、アルバイト経験の少ない学生アルバイターなどにこのような確認ができるであろうか。

(出所)財務省ホームページより

3 国税庁の公表するQ&A

 結局これだけでは商品の製造者、販売者、消費者など一般の納税者が混乱することになるため、国税庁は軽減税率に関する取扱いを示すQ&Aなどを公表している。

 例えば、次のような屋台での飲食は軽減税率の適用対象とはならないとしている。

  • ① 自らテーブル、椅子、カウンター等を設置している場合
  • ② 自ら設置はしていないが、例えば、設備設置者から使用許可等を受けている場合
    一方、次のような屋台での飲食は、軽減税率の適用対象となるとされている。
  • ③ テーブル、椅子、カウンター等がない場合
  • ④ テーブル、椅子、カウンター等はあるものの、例えば、公園などの公共のベンチ等で特段の使用許可等をとっておらず、顧客が使用することもあるがその他の者も自由に使用している場合

 さて、仮に、フードコートを展開しているあるスーパーマーケットが、いちいち店内で食べるか否かを確認することが煩雑であるから、いっそのこと、「店内での飲食はお控えください」といった掲示を行うことにして、全て持ち帰りと処理することにしたとしよう。すなわち、これで、いちいち顧客に質問しなくても、全てが8%の軽減税率の対象となりそうである。この点、国税庁のQ&Aによると、「実態として顧客に飲食させていない休憩スペース等」については、フードコートとは異なり飲食設備に該当しないこととしているのである。しかし、「店内での飲食はお控えください」といった掲示を行っている休憩スペース等であったとしても、「実態としてその休憩スペース等で顧客に飲食料品を飲食させているような場合は『食事の提供』に当たり、軽減税率の適用対象とならない。」から、「店内飲食か持ち帰りかの意思確認を行うなどの方法で、軽減税率の適用対象となるかならないかを判定する」とされているのである。

 また、Q&Aには、コーヒーチケットの販売についてさえ、チケットを利用した顧客にコーヒーを提供する時に、「顧客に対して店内飲食か持ち帰りかの意思確認を行うなどの方法により、軽減税率が適用されるかどうかを判定」しなければならないとされているのである。

 例えば、葬儀で使われる「盛篭」を一体で2万円等として販売する業者の場合、花籠には果物などのほかにもみりんや日本酒も入る。本みりんは酒類なので10%、みりん風調味料なら8%、花籠の会場持込料は10%、籠のレンタル料は10%...。依頼者の要望でちょっと物を追加して入れると「一体資産」(注)にもなり、顧客の要望に簡単に応じるということも安易にできなくなる、というように、消費税の税率の適用に不安を覚える声も聞こえてくる。

(注)「一体資産」とは、食品と食品以外の資産が一体として販売されるもの(あらかじめ一の資産を形成しているもので、次のいずれの要件も満たす場合にはその全体が軽減税率(8%)の適用対象となる。

  1.  一体資産の譲渡の対価の額(税抜価額)が1万円以下であること
  2.  一体資産の価額のうちの食品価額割合が3分の2以上であること

 こうなると、また新たな国税庁のQ&Aが続々と追加発出されるのであろうか。

4 「Q&A行政」の進展

 これらは、国税庁の発表したQ&Aによって国民に周知されている事柄である。「政府は、消費税の軽減税率制度の導入に当たり混乱が生じないよう万全の準備を進めるために必要な体制を整備し、消費税の軽減税率制度の周知及び事業者の準備に係る相談対応を行う」ことが要請されているから(消法改正附則171条)、国税庁が一般納税者向けに取扱いを明らかにするQ&Aを公表すること自体は批判されるべきことではない。

 ただし、実務においては、個々の具体的事例を示している国税庁のQ&Aが極めて強い指導力を発揮することになる。このQ&Aは、法律ではないから、法的な拘束力はないものの、実際上の影響力は相当のものである。今後は、税理士などの実務家は、国税庁のQ&Aが更新されるたびに、これを常に事務の指針とすることになり、「Q&Aを知らずして税務はできない」という現象が拡がるであろうし、Q&Aが事実上の拘束力を有することになってしまうように思われる(現に、数度の軽減税率に関するQ&Aが発表されるたびに多くの税理士会等で研修が実施され、これを解説する書籍が巷にあふれている。)。

 国民の納税義務は、法律の定めがなければ発生しない(憲法30条)。この考え方は、法律が立法府たる国会において作られることから分かるとおり、国民の意思を経由してしか(国民が同意したものしか)、納税義務は課されないことを意味する。

 軽減税率の弊害としては、しばしば実務上の混乱や事務処理の煩雑さが指摘されるが、それに加えて、いわゆる通達行政ならぬ「Q&A行政」が展開されることによって、租税法律主義が脅威を受けていくという点にもあるのである。

酒井 克彦(さかい・かつひこ)/中央大学商学部教授
専門分野 租税法、税務会計
1963年2月東京都生まれ。
中央大学大学院法学研究科博士後期課程修了。博士(法学)。国士舘大学法学部教授を経て、現在、中央大学商学部教授。現在、税務会計論・租税法などを担当。その他、中央大学大学院、中央大学ロースクール、税務大学校などでも教鞭をとる。
また、主な著書に『スタートアップ租税法〔第3版〕』(財経詳報社2015) 、『レクチャー租税法解釈入門』(弘文堂2015)、『裁判例からみる法人税法〔2訂版〕』(大蔵財務協会2017)、『キャッチアップ仮想通貨の最新税務』(ぎょうせい2019)、『キャッチアップ改正相続法の税務』(ぎょうせい2019)などがある。