ちょっとずらす研究戦略
松井 千尋/中央大学研究開発機構助教
専門分野 不揮発性半導体メモリシステム
中央大学研究開発機構20周年特集
中央大学研究開発機構は、今年設立20周年を迎えます。1999年7月に設立して以降、「産官学の連携・研究交流の深化」を使命とする研究拠点として、持続可能社会の形成に向けて実社会が直面する諸課題の解決に取り組んできました。この20年間で、100を超える研究ユニットが展開され、参画する多くの研究者の尽力によって学術的にも、社会的にも影響力のある研究成果が数多く生み出されてきました。
今回の特集では、現在展開されている研究ユニットに参画する研究者に焦点を当て、その研究活動の紹介を通じて、研究開発機構で研究活動によって生み出される成果の一端をご紹介します。
高速不揮発性半導体メモリシステムの研究
高速不揮発性半導体メモリを使ったメモリシステムの研究をしています。不揮発性半導体メモリとは、電源を供給せずにデータを保存することができるメモリです。不揮発性半導体メモリはその種類によって一長一短があります。たとえばNAND型フラッシュメモリは、大容量SSDやUSBの記憶媒体として広く使われています。一方で、磁気抵抗メモリ(MRAM)、抵抗変化メモリ(ReRAM)、相変化メモリ(PRAM)は代表的な高速不揮発性半導体メモリです。これらの高速不揮発性半導体メモリは近年、メインメモリ、ストレージ、インストレージ・コンピューティングなどの用途に向けて活発に研究されています。
『データ・セントリック・コンピューティング』ユニットで、私はこれまでに、高速不揮発性半導体メモリを用いた高速ストレージの研究をしています。高速不揮発性半導体メモリをストレージの記憶として用いることで、NAND型フラッシュメモリのみを用いる場合と比べて、スピード・電力ともに約10倍向上することが期待されます。一方で、不揮発性半導体メモリはその種類によって読み書きの速度や実現できるメモリ容量が異なります。そのため、いろいろな種類の不揮発性半導体メモリを、ストレージの用途によってうまく使う仕組み(システム)を考えています。また、ストレージの用途によってワークロードは異なるため、どのような不揮発性半導体メモリがどのようなワークロードに必要か検討を行いました。さらに、さまざまな高速不揮発性半導体メモリを使ったストレージにおいて、高速不揮発性半導体メモリの容量を自律的に調整する仕組みを考え、論文発表しました。
メモリデバイス・回路・システムの融合
理工学部電気電子情報通信工学科竹内研究室で、これらの研究を行っています。竹内研究室では大きく分けて、メモリデバイス・回路・メモリシステムの研究を行っています。同一研究室で複数分野にまたがる研究を行っているため、竹内教授やスタッフ、学生のみなさんと、いろいろな知識を融合させながら新しい研究テーマに取り組んでいます。竹内研究室に参加した当初、私はメモリシステムの研究から取り組み始めました。博士取得後からは、メモリデバイス・回路も勉強しながら研究を行っています。2019年6月にはVLSI Symposiumという半導体の大きな学会で、メモリデバイス・回路・メモリシステムの問題を融合させたストレージの成果を発表しました。
これまでに参加したプロジェクトでは、他大学や企業の研究者と一緒に分野を越えて議論してきました。特に竹内研究室は企業との共同研究を多く行っており、研究開発機構のスタッフのみなさんにサポートしていただいています。企業の研究者から発せられる問題を解ける問題に落とし込み、解決する手段を提案しシミュレーションや実測により検証、論文を書いて学会発表できたことは大変な喜びとなりました。国内外の大学や企業の研究者から忌諱の無い意見を頂けることは、大学に籍を置くことの大きなメリットだと思います。その結果、目の前の問題だけでなく、今後の社会のあるべき姿を考え、目線を高く保つことができると思います。
ちょっとずらす人生
いままでの自分を振り返ると、人とは同じスタートラインに立たないことを選んでいます。友人らが高校に進学する中で、ひとり高専に入学したことはその後の進路や考え方に大きな影響を与えました。当時の私は大それたことを考えているわけでもなく、ちょっとおもしろそうだからという理由だけでした。それ以降も、直感的におもしろいと思ったことを選択しています。研究でも大勢が高みを目指す主流の分野ではなく、新しい分野を創造するようなテーマを考えています。新しい研究テーマを考えるとき、一つのテーマに沿って十数本の論文を集中して読みます。別のことを考えているときにふと頭の中でAとBとがつながる瞬間があり、とてもわくわくします。研究面での考え方は竹内教授の影響を大きく受けています。
目の前の論文をこつこつと書いていたら、ジャーナル論文11件と国際会議30件を発表するなど、ずいぶん遠くまで来ました。特に博士を取得したことは、自分の可能性を大きく広げてくれました。論文に名前が載り、大勢の研究者を前に研究発表をするたびに、数年前の私では考えられない見晴らしのよい場所にいるなと感じます。これからも、高速不揮発性半導体メモリを用いることで、ユーザが意識せずともデータがより身近にありデータを活かせる生活を想像しながら研究していきます。
- 松井 千尋(まつい・ちひろ)/中央大学研究開発機構助教
専門分野 不揮発性半導体メモリシステム - 東京工業高等専門学校電子工学科卒業、お茶の水女子大学理学部物理学科卒業、同大学院人間文化研究科物質科学専攻博士前期課程修了。精密機器メーカー勤務を経て、2018年3月中央大学大学院理工学研究科情報セキュリティ科学博士後期課程修了、博士(工学)。2018年4月より現職。