研究

先端技術を活用した海辺の水難事故防止

石川 仁憲/中央大学研究開発機構 機構教授
専門分野 海岸工学

中央大学研究開発機構20周年特集

 中央大学研究開発機構は、今年設立20周年を迎えます。1999年7月に設立して以降、「産官学の連携・研究交流の深化」を使命とする研究拠点として、持続可能社会の形成に向けて実社会が直面する諸課題の解決に取り組んできました。この20年間で、100を超える研究ユニットが展開され、参画する多くの研究者の尽力によって学術的にも、社会的にも影響力のある研究成果が数多く生み出されてきました。

 今回の特集では、現在展開されている研究ユニットに参画する研究者に焦点を当て、その研究活動の紹介を通じて、研究開発機構で研究活動によって生み出される成果の一端をご紹介します。

 遊泳客とともに沖合から浜に戻ると直ぐにトランシーバーに連絡が入り、再び沖へ...学生時代の夏休み、現在と比べると海水浴場では多くの人で賑わっていた。仲間のライフセーバーより多少泳力があったため、もっぱら流された遊泳客、溺れそうな遊泳客へのレスキューが私に集中していた。そのような状況において救えなかった尊い生命もある。海での楽しい時間を決して悲しみにかえてはならない。進めている研究開発の原点である。

海辺の水難事故の現状

 わが国の海水浴場における、意識なしの溺者を含むライフセーバーによる救助は毎シーズン2,000~3,000件(約200箇所の海水浴場での統計値、公益財団法人日本ライフセービング協会)で、海水浴場では、公的救助機関が公表する遊泳中の水難事故者数の5~7倍にもおよぶ救助が行われている。これら水難事故の45%が離岸流(Rip Current;波打ち際から沖に向かう流れ)に起因し、海水浴場によっては1シーズンで100~300件の離岸流により流された利用者の救助が行われている[1]。諸外国でも離岸流による水難事故は多く、例えば、海辺における救助のうち離岸流による事故はオーストラリアで57.4%、アメリカ53.7%、イギリス57.9 %、ニュージーランド49.4%である[2]。一方、溺水による心肺停止の場合、3~4分経過すると急激に救命の可能性が下がる。海水浴場におけるライフセーバーによる目撃ありの救助では、溺者の一ヶ月後生存率、社会復帰率は59.1%[3]であり、わが国の心肺停止傷病者の一ヶ月後生存率に比べて高いが、溺れないための海辺の事故防止が極めて重要であることは言うまでもない。

図-1 海岸の利用状況(御宿中央海水浴場2018.8.10)-波打ち際で楽しむ多くの遊泳客-

図-2 染料による離岸流調査(2018.12.10)-波打ち際から沖に向かう流れである離岸流を可視化-

海辺におけるリスク認知の難しさと離岸流の可視化

 海辺の水難事故は、先に述べたように離岸流や風等の自然的要因と、泳力不足や疲労、飲酒といった人的要因によって起こる[4]。ここで、自然的要因を人間がコントロールすることはできないので、海辺におけるリスク管理は、いかにハザードを的確に抽出し、それを回避、低減することを考え、行動できるかが重要となる。しかし、ここで問題となるのが利用者によるリスク認知バイアスである。波や潮位、風など時間的、空間的に変化する自然環境からハザードを抽出するのは難しく、波の高さや岩場などは、その危険性を視覚的に認識できるが、離岸流のような流れは分かりにくく認識できない。認識できたとしてもその大きさを過小評価してしまう。この対策として、離岸流の可視化と利用者への注意喚起(情報提供)が有効と考えられる。実際に海水浴場の利用者142名を対象に、離岸流を可視化したデジタルサイネージをみせた場合の危機管理意識について質問紙により調べた結果、90%以上の遊泳客が離岸流を認識し、離岸流が起きている場所を避けて遊泳しようと考えると回答した[5]

AIとIoTを活用した事故防止・早期救助救命システム

 離岸流による水難事故を防止するためには、利用者自身が時々刻々と変化する自然環境を理解し、離岸流を認識して危険回避できることが求められる。しかしながら、前述したように、視覚的に分かりにくい離岸流を認識することは難しい。また、広い海水浴場で、数万人の利用者に対し数十人のライフセーバーにより監視救助活動を行っている現状において、重大事故に繋がらないためには、離岸流により流されている利用者の早期発見救助が求められる。このような課題に対し、筆者らは海岸に設置したWebカメラによる海面の撮影画像をAIがリアルタイムで分析し、時間的、空間的に変化する離岸流の発生や人の動きを自動検知して、水難事故防止と迅速な救助につなげるシステムを開発した。離岸流を検知すると海水浴場のデジタルサイネージにリアルタイムで離岸流を可視化したアラートが表示され、利用者に注意を促し、自主的事故防止を図るとともに、ライフセーバーのスマートウォッチにも通知される。さらに離岸流エリアに人が立入るとライフセーバーに救助要請が発報されるといったIoTを活用したシステムである。AIによる離岸流検知機能は、離岸流箇所を示した教師データを用いたディープラーニングにより構築し、AIエンジン構築時での離岸流検知の適合率(Precision;AIが離岸流を検知した結果に対して実際に離岸流が発生していた割合)は91.1%であった。さらに、開発したシステムを実際に現地海岸で運用した際のAIによる離岸流の発生検知の正確度について、発生ありの検知結果(AIにより離岸流が検知された20分間毎の画像データ、2~3画像/秒)を対象に、画像確認、平均化処理による画像解析、検知時の波浪条件による海浜流計算により検証した。その結果、波が砕けず、砕波後の気泡や漂流物が沖向きに流れている、海面に乱れ模様が現れている等、間欠的に発生する離岸流を含めて、検証対象の多くの画像に離岸流の発生が確認できた。画像解析では、離岸流が発生している場合、その場所では波が砕けにくいので、複数枚の画像を平均化すると砕波帯(白色)を横切る濃淡の模様が現れる。また、海浜流計算では、カメラの撮影範囲内での離岸流発生を調べたが、画像解析、海浜流計算ともに離岸流ありと評価できたのは検証対象の71.7%であった(部分的に濃淡あり、撮影範囲の一部に沖向き流れありを含む。)。AIによる離岸流発生なしの判断の確からしさを調べることが課題として残されているが、離岸流による事故防止に対して、本システムの一定の有効性が確認できた。なお、AIによる離岸流発生エリアへの人の立入検知の適合率は96.5%であり、本システムを用いて、救助シミュレーションを行った結果、救助に要する時間を約半分に短縮することができた。

図-3 AIとIoTを活用した事故防止・早期救助救命システムの概念図 -AIが離岸流を検知すると海水浴場のデジタルサイネージにリアルタイムで可視化したアラートが表示され、利用者に注意を促し、さらに離岸流エリアへの人の立入を検知するとライフセーバーのスマートウォッチに救助要請が発報される-

図-4 AIエンジン構築時の離岸流検知精度の検証例 -実際に離岸流が発生しているエリアとAIによる離岸流検知エリアはほぼ一致している-

図-5 海浜流計算による検証結果の例 -カメラの撮影範囲内で離岸流(沖向きの流れ)の発生が確認できる-

海辺をみまもる総合的な事故防止システムへ

 海辺の事故ゼロを実現するためには、海辺に近寄らないことである。しかし、海辺における様々な活動を通じて得られる感動や学びは、子どもの成長だけでなく大人のQOL向上にも繋がる。一方、事故防止のためには、安全教育の普及や利用エリアの規制に加えて、ライフジャケットの着用を義務付けるという考えもあろう。確かに一定の浮力が確保されるライフジャケットは溺水対策として有効である。しかし、義務化によって、危険を察知し、安全を考えて行動できる能力の欠如を招くことはないだろうか。様々な海辺環境において、ライフジャケットの必要性も含め、利用者自らがリスク管理できることが事故防止の本質であり、利用者によるリスク認知バイアスを取り除くのに先端技術が役立つと考える。現在、中央大学研究開発機構ウォーターセイフティ&エマージェンシーメディシン研究ユニットでは、離岸流に次ぐ事故要因である沖向きの風に対する注意喚起と沖合に流されている利用者の自動検知、助けてサイン(片手を大きく振る動作)の自動検知など、AIとIoTを活用した海辺をみまもる新たな技術開発を進めている。

参考文献

  1. ^ Ishikawa, T., Komine, T., Aoki, S. and Okabe, T.: Characteristics of Rip Current Drowning on the Shores of Japan, Journal of Coastal Research, Special Issue 72, pp. 44-49, 2014.
  2. ^ Brighton, B., Sherker, S., Brander, R., Thompson, M. and Bradstreet, A.: Rip current related drowning deaths and rescues in Australia 2004?2011, Nat. Hazards Earth System Sciences, 13, pp.1069-1075, 2013.
  3. ^ Komine, T., Tanaka, H., Takyu, H., Kinoshi, T., Gotoh, S., Sone, E., Sagisaka, R., Ishikawa, T. and Shimazaki, S.: Effectiveness of surf lifesaver on OHCA occurred by drowning on the beaches in Japan. 8th Asian Conference for Emergency Medicine, 2015.
  4. ^ 石川仁憲, 風間隆宏, 中川儀英, 青木伸一, 田中秀治, 小峯力, 中川昭: 海水浴場における海岸利用者の安全性に関するリスク評価手法の提案, 土木学会論文集B3(海洋開発), Vol.72, No.2, pp.I_826-I_831, 2016.
  5. ^ 遠藤伸太郎,下井田春佳,石川仁憲,小峯力: 離岸流の可視化による遊泳客の危機管理意識の向上, 土木学会論文集B3(海洋開発), Vol.75, No.2, pp.I_679-I_684, 2019.

※中央大学、コニカミノルタジャパン(株)、(公財)日本ライフセービング協会、御宿町によるコンソーシアム(2018年度総務省IoTサービス創出支援事業)。

石川 仁憲(いしかわ・としのり)/中央大学研究開発機構 機構教授
専門分野 海岸工学
神奈川県出身。1973年生まれ。
1995年東海大学海洋学部卒業。1997年東海大学大学院海洋学研究科修士課程修了
博士(工学)、技術士(建設部門:河川、砂防及び海岸・海洋)
パシフィックコンサルタンツ(株)、海岸研究室(有)、(一財)土木研究センターなぎさ総合研究所主任研究員、中央大学理工学部兼任講師を経て2019年より現職
(公財)日本ライフセービング協会溺水防止救助救命本部長/International Life Saving Federation, Rescue Commission委員/海上保安庁海の安全推進アドバイザー
専門分野:海岸工学
専門とする研究課題は、海岸保全、海浜変形、波浪解析、離岸流解析など、近年では、海岸利用のリスク管理、水難事故防止と救助方法に関する技術開発。