研究開発機構での研究活動について
重宗 弥生/中央大学 研究開発機構 助教
専門分野 神経心理学/認知科学/実験心理学
中央大学研究開発機構20周年特集
中央大学研究開発機構は、今年設立20周年を迎えます。1999年7月に設立して以降、「産官学の連携・研究交流の深化」を使命とする研究拠点として、持続可能社会の形成に向けて実社会が直面する諸課題の解決に取り組んできました。この20年間で、100を超える研究ユニットが展開され、参画する多くの研究者の尽力によって学術的にも、社会的にも影響力のある研究成果が数多く生み出されてきました。
今回の特集では、現在展開されている研究ユニットに参画する研究者に焦点を当て、その研究活動の紹介を通じて、研究開発機構で研究活動によって生み出される成果の一端をご紹介します。
所属ユニットの概要と現在行っている研究
私は現在、文学部心理学専攻の緑川晶先生がユニット長を務める「発達障害と認知症の連続的理解」ユニットで助教として研究を行っています。このユニットでは、発達障害と定型発達の間、あるいは発達障害と認知症や高次機能障害の間に過敏性を軸とした連続性がみられるかどうかについて、様々な患者を対象とした神経心理学的な検討と、若年者や高齢者を対象とした実験心理学的な検討を行っています。これまでの神経疾患や脳損傷についての研究では、主に低下する機能(陰性症状)に焦点が当てられてきましたが、本ユニットでは亢進する機能(陽性症状)にも焦点をあて、低下する機能と亢進する機能のネットワークの平衡から理解を進めようとする点が特色となっています(図1)。具体的には、脳腫瘍患者における時間認知についての研究、パーキンソン病患者における内発的動機付けについての研究に加えて、fMRI (functional Magnetic Resonance Imaging: 機能的磁気共鳴画像)という脳の血流量の変化を画像化できる脳機能イメージングを用い、若年者を対象に報酬による注意の競合についての研究などを行っています(図2)。
中央大学に辿り着くまでの経歴
私の所属する緑川研究室は心理学のなかでも神経心理学という、神経疾患や脳損傷によって生じる認知機能の障害から、その処理メカニズムや脳領域との関係を明らかにする医学とも関係が深い研究分野を専門としています。そのため、深く人と関わる研究分野になるのですが、大学時代は理学部で生物学を専攻しており、研究の道に進むとしても人以外の動物や植物を対象にした研究になるだろうと思っていたため、こんなにも人と関わる分野で研究をすることになるとは当時は思いもしませんでした。実際に卒業論文としては、培養細胞内で記憶に関連するたんぱく質の生成を抑制するという現在の専門とはかけ離れた研究を行いました。その研究も試薬を合成する手続きやたんぱく質を抑制する方法などとても興味深くはあったのですが、細胞の変化だけでなくもっと実際の行動の変化を見たい!と考え、修士課程はfMRI研究が出来る生命科学の研究室に進学しました。しかし、その研究室でfMRI研究をするには遠くの別の研究機関に出向しなければならないとい制約があったため、その際お世話になった出向先の先生の勧めもあり、博士課程はfMRIやPET (Positron Emission Tomography: 陽電子断層撮像法)を用いた研究も行っている高次機能障害学の研究室に進学しました。思いおこせば、中学生の時にオリバー・サックスという有名な神経科医の先生が高次機能障害の患者について書かれた本を読んで、脳の損傷によって起こる症例の奇妙さと不思議さに大きく興味を引かれていたので、博士課程で高次機能障害学の研究室に辿り着き、そして現在は神経心理学の研究室に所属していることは必然だったのかもしれません。とはいえ、博士論文としては情動と報酬による記憶促進効果についてのPET研究を行い、博士課程修了後は前述の出向先でお世話になった先生の指導のもと報酬や罰による記憶促進効果についてのfMRI研究を(図3)、中央大学に来る前はドイツのOtto-von-Guericke University MagdeburgのInstitute of Cognitive Neurology and Dementia Researchで社会性と報酬による記憶促進効果の関係についてのfMRI研究を行っていたので、中央大学に来るまでは主に患者以外の方を対象に脳機能イメージングの研究に従事していたことになります。しかし、このような経歴により身についた脳の分子レベルからネットワークレベルまでの解剖学的な知識や、プログラミング言語によるデータ処理と解析の技術は現在の研究でも大いに役立っています。また、この時の人脈から共同研究のお誘いをいただいたり研究で助けていただくこともあり、いろいろなところを転々としてきた甲斐があったものだと思っています。
中央大学・研究開発機構の研究環境
現在は、先述のように文学部心理学専攻の緑川先生のもと、患者を対象とした神経心理学研究と若年者を対象とした脳機能イメージング研究の両方を行っています。これまでに患者ではない若者や高齢者に対して研究を行ってきた経験や、ドイツで様々な国や文化を背景とした日本とは異なる個性に触れた経験は、患者を対象とした研究にも生かされていますが、患者に対応する場合にはまた違った配慮が必要になることもあるので、臨床心理士としても経験豊富な緑川先生に指示を仰ぐことができるのはとても心強いです。また私が研究目的の課題を行うのに対して、臨床心理コースの大学院生が患者の治療に関係した検査を行っているのですが、患者を気遣いながら症状に合わせた検査を進めていく様も見ていて勉強になっています。前任の大学院生がノウハウを蓄積し、それがしっかり引き継がれているからなのですが、自分が大学院生の時にあんなにしっかり喋れていたかしらと感心しています。緑川研の学部生のゼミに参加して感じることでもあるのですが、緑川先生は実際にやってみた経験から学べることを大事にされているのだと思います。とはいえ、やみくもにやってみることを許す訳ではなく、学生の特性をみて経過にも目を配られているので、適切に実地に即した知識と技術を身につけられる場になっているのでしょう。そのような研究環境であるため、私もやってみたいことの相談がしやすく、思いついた研究アイデアやいただいた共同研究の話、紹介を受けた研究事例の相談などさせてもらい、雇用されている予算の研究課題の制約はありますが、比較的のびのび研究させてもらっています。
これから取り組んでいきたいこと
脳腫瘍患者の時間認知についての研究には、中央大学に異動後すぐに取りかかっていたのですが、患者のデータは集まるのに時間がかかるため、最近やっと成果が得られ始めたところです。ですので、それらの成果をひとつずつ論文として大成させていくことが目下取り組むべきことになります。恥ずかしながらまだ昔の研究で世に出せていないものもあるので、他の研究もきちんと成果が得られるように進めていきつつ、しばらくは論文量産体制に入りたいものです。また今後のキャリアのためにも、研究だけでなく教育の経験も積んでいきたいです。別の大学で非常勤講師として「神経・生理心理学」の講義させていただいており、始めは学部学生には難し過ぎるだろうと悩みましたが、最近は鋭いコメントや質問をもらえるようになり教える楽しみを感じています。そして、研究を続けていくためには学部学生や大学院生の研究を指導していける立場を目指さなければならないので、研究開発機構にはそのようなキャリアに挑戦するチャンスをいただけていることを感謝しています。中央大学での経験を含め、生物学、医学、心理学という文理両方の分野に携わったこと、また国立と私立、更に海外の研究環境を経験してきたこと、そして、それぞれの場所で異なるタイプの優れた研究指導者に恵まれたことは、今後のキャリアでもきっと役立つだろうと考えています。
- 重宗 弥生(しげむね・やよい)/中央大学 研究開発機構 助教
専門分野 神経心理学/認知科学/実験心理学 - 山口県出身。1980年生まれ。2004年九州大学理学部卒業。
2006年東北大学大学院生命科学研究科修士課程修了。
2009年東北大学大学院医学系研究科博士課程修了。博士(障害科学)
東北大学加齢医学研究所、京都大学大学院人間・環境学研究科、京都大学こころの未来研究センター、Otto-von-Guericke University Magdeburg, Institute of Cognitive Neurology and Dementia Research、中央大学文学部の研究員を経て2018年より現職、
現在は脳腫瘍患者の時間認知、パーキンソン病患者の内発的動機付け、報酬による注意の競合の脳機能イメージングなどの研究を進めている。