写真提供:共同通信社
古笛 恵子/中央大学法科大学院客員教授、弁護士
平成30年3月30日、政府は未来投資会議において、自動運転の実現に向けた制度整備大綱をとりまとめました。同月19日、アメリカではuberの自動運転車両が死亡事故を起こしたばかりで自動運転に対し複雑な思いでいたところ、前向きな報道に接し、あらためて自動運転について考えてみました。
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現に、uberの事故ではあらゆる議論がなされていますが、自動運転車が事故を起こしたとき、誰が責任(ここでは民事責任とします)を負うのでしょうか。
自動運転といってもあらゆるレベルに分かれますが、一般的にイメージする自動運転だと、ドライバーは何の操作もしないのだから何の過失もない、自動で走る車を製造したメーカーが責任を負うのが当然のごとく言われることがあります。
しかし、物損事故はさておき人身事故の場合、現行法においても、ドライバーの運転操作ミスが責任の原因となるわけではないはずです。
わが国には、昭和30年に制定された自賠法(自動車損害賠償保障法)があります。同法による責任主体は、自賠法3条本文で「自己のために自動車を運行の用に供する者」と規定される運行供用者です。この運行供用者は、同条但書きによって、①自己及び運転者(運行供用者のために運転する者です)の無過失、②被害者又は運転者以外の第三者の過失、さらには、③自動車に欠陥も機能障害もない、という3要件を立証できない限り、責任を免がれないのです。運行供用者に実質的無過失責任といわれる重い責任を課すことによって、被害者救済を厚くしているのが自賠法です(だからこそ、それをカバーする自賠責保険についても自賠法が規定しているのです)。
運行供用者は、運転しているから、操作ミスがあるから、責任を問われているわけではありません。運行を支配し、運行から利益を得ているから、責任が問われるのです。運行支配、運行利益が帰属するのは、基本的には、オーナー、自賠法でいう保有者ということになります。タクシーを例にすれば、ハンドルを握っているのはタクシー会社の従業員であるドライバーですが、タクシーの運行を支配し、タクシーの運行による利益を得ているのはタクシー会社です。よって、タクシーの事故はタクシー会社が負うことになります。
この自賠法の責任構造からすると、人間が運転しようと機械が運転しようと、運行を支配し、運行から利益を得ているのは、基本的には、車のオーナー(保有者)ということでいいように思います。
こうして、当面は、現行の自賠法による被害者救済システムによって、自動運転車両の事故の被害者も救済されることになります。国土交通省「自動運転における損害賠償責任に関する研究会」の報告、それをふまえた今回の大綱も同様の結論となっています。
もっとも、運行供用者責任が問われるからといって、メーカーの責任がなくなるわけではありません。自動車の欠陥によって事故が生じたのであればメーカーが製造物責任を負うことは、通常の製造物の事故と同様です。
ただし、製造物責任法では、被害者、ユーザー側が製造物の欠陥を立証することが必要となりますが、これは非常に困難です。自動走行車による人身事故であれば、強制保険である自賠責保険もあるし、任意保険(上積み保険)も広く普及しているので、一次的に責任を負った保険会社がメーカーに求償という形で製造物責任を問うことになりますが、保険会社といえども自動走行車の欠陥を立証するのは容易ではありません。
これをどのように工夫すべきであるのか、解答は得られていませんが、解答のヒントは見えつつあるように思います。
被害者、運行供用者、運転者、使用者、被用者、製造業者等、自賠責保険、任意自動車保険、PL保険などあらゆる関係者が登場しますが、損害の公平な分担をどのように実現するのか、混在交通を経た完全自動運転社会の完成までの過渡期における大きな課題です。
一方当事者の代理人として民事事件を担当するとき、過去の事件を解決して、当事者のベクトルを未来に向けられたらと思っていますが、自動運転の問題は、まさに法律家が主体的に未来に向かった議論を展開することが求められています。
自動運転について考えるとき、はるか昔、中央大学法学部に入学した日、大雨でしたが、その日に感じたようななんとなく晴れ晴れとした思いを感じています。