都筑 学【略歴】
都筑 学/中央大学文学部教授
専門分野 発達心理学
テレビを見ていると、旅の番組が多い。ぶらりとご近所を散歩。バスを乗り継いで見知らぬ土地を行く旅。秘境の温泉をめぐる旅もあれば、豪華旅館を満喫する旅もある。列車の車窓からの景色を眺め、現地の人との交流を楽しむような旅もある。国内の旅も、外国の旅もある。
日常から離れて、特別な時間を楽しむ。旅とは、そういうものである。旅と日常では、時の流れが違うのだ。テレビの番組を見ながら、人は旅を疑似的に体験する。驚いたり、感心したり、嬉しくなったり、ホッとしたりする。テレビの旅番組を見て、自分も実際に行ってみたくなったりもする。
そうした旅に欠かせないのが、旅行ガイドだ。書店に行けば、たくさんの旅行ガイドが置かれている。本もあれば、雑誌もある。紀行記もある。それを手に取り、パラパラと頁をめくる。いいなと思った場所や建物をチェックする。美味しそうな食べ物や素敵なお土産を見定める。そういう時間も楽しいものである。
ポスター
江戸時代にも、旅はあった。お伊勢参りが有名だ。日常を忘れて、旅を大いに楽しんだことだろう。今と違うのは、おいそれとは旅に出かけられなかったことだ。庶民の移動手段と言えば、自分の脚だけ。何日もかけて、歩いて行くしかない。日が昇る前から歩き出し、日が暮れる前に宿屋に泊まる。それを繰り返す長旅。それが江戸時代の旅だった。時間もかかるし、お金もかかる。一生に一度行けるかどうかの旅だった。まさに、非日常の世界だったのである。
旅が高嶺の花だった江戸時代。庶民は、頼母子講などでお金を貯め、それを使って旅に出た。精を出して働いてお金を稼ぎ、中年になって出かけたようだ。
そんな庶民は、浮世絵に描かれた名所旧跡、絶景に旅を感じていた。きっと、そうにちがいない。歌川広重の「東海道五十三次」や「富嶽三十六景」。そうした浮世絵を手に取って、人々は、ワクワク、ドキドキしていたことだろう。いつかは、こんな景色を見てみたい。そんなふうに心を躍らせていたことだろう。実際、そうした風景画は飛ぶように売れたらしい。
浮世絵は、今の旅行ガイドのようなものだった。そんなふうに考えることができるだろう。旅に出かけるまでには、何年もの時間がかかる。考える余裕は、いくらでもあるのだ。浮世絵を見ながら、想像力を大いに発揮する。自分の思いを募らせる。そんな人も少なくなかったことだろう。
パンフレット
ここで浮世絵の展覧会を紹介したい。展覧会のコンセプトは旅である。テーマは、「浮世めぐり ~江戸からはじまる名所道中膝栗毛」。
「浮世めぐり」には、二つの意味が込められている。一つは、「浮世絵」でめぐる旅という意味。もう一つは、現世ではなく「浮世」(浮き世)をめぐる旅という意味である。以下は、展覧会で展示される浮世絵である。
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第一部は、江戸をめぐる旅である。「東海道五十三次 日本橋」(三代豊国)の威勢の良い松魚売りから始まり、「酉の市」(二代広重)、「両国の花火」(初代広重)と「両国の茶屋」(初代広重)、「新吉原俄」(初代広重)、「浅草年の市」(初代広重)、「王子狐火」(広景)、「宮神明宮」(広景)と続き、「雪の山王権現」(二代広重)で終わる。
第二部は、諸国名所をめぐる旅である。「出羽鳥海山」(二代広重)、「日光山華厳の滝」(安達吟光)、「小田原」(二代広重)。「御宿」(広景、国芳)、「近江八景」(渓斎英泉)、「鈴鹿関」(河鍋暁斎)、「岩国錦帯橋」(歌川貞秀)、「庄野 亀山 間の村」(三代豊国)を旅する。
第三部は、東京をめぐる旅である。「高輪海岸蒸気車鉄道」(三代広重)、「両国大花火」(国麿)、「両国川開き」(四代国政)、「品川八山橋下鉄道」(三代広重)、「京橋から新橋まで」(二代曜斎国輝)と明治時代の風景が描かれる。
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今回の「浮世めぐり ~江戸からはじまる名所道中膝栗毛」には、二つの「旅」が含まれている。一つは、江戸から諸国へという空間的な「旅」。もう一つは、江戸から東京へ向かう江戸時代・明治時代をまたぐ時間的な「旅」である。江戸から旅して、諸国をめぐる旅に出る。しばらく江戸を離れて旅していると、あら不思議。江戸は東京になっている。という趣向である。こんな面白い浮世絵の旅を、是非味わっていただきたいものである。
テーマ 「浮世めぐり ~江戸からはじまる名所道中膝栗毛」
会期 2018年1月30日(火)~2月4日(日) 11時~17時
場所 中央大学多摩キャンパス文学部棟 3105教室
入場無料
チラシ(表)
チラシ(裏)
今回の展覧会は、中央大学教育力向上推進事業「浮世絵展示を活用したアクティブ・ラーニング」によるものである。展覧会は、昨年に引き続き第2回である。この事業の柱は、学生が浮世絵展覧会を企画し、運営することである。その主体は、文学部提供課外プログラム「実践的浮世絵学」の12名の受講生。学部1年生から大学院修士1年生まで、学部や専門分野も異なる学生たちである。「実践的浮世絵学」は「授業外」であり、受講しても単位にならない。それだけ意欲的な学生が集まった。
学生たちは、展覧会に至るまでに次のような活動に取り組んだ。夏休みに浮世絵展覧会を見学し、レポート提出をした、受講に対する心構えを整えるためである。後期に入り、週1回の授業を受けていった。講師は、平木浮世絵美術館(公益財団法人平木浮世絵財団)の学芸員にお願いした。森山悦乃さんと松村真佐子さんのお二人である。浮世絵に関しては、プロ中のプロである。一方、学生たちは浮世絵に興味・関心はあるが、知識はほぼ白紙状態。もちろん、展示をおこなった経験もない。そうした学生たちを相手に、お二人には懇切丁寧な指導をしていただいた。深く感謝する次第である。展覧会で展示する浮世絵は、平木浮世絵財団から借り受けた。これに関しては、佐藤光信館長のご理解とご支援が大きかった。ただただ感謝あるのみである。
「実践的浮世絵学」の授業は、概ね2つの部分から構成されていた。一つは、浮世絵についての基本的知識の学習である。浮世絵の歴史や絵師の系譜を学ぶとともに、絵師の落款・版元印・検印などの浮世絵に印された情報の読み取り方を学んだ。
もう一つは、展覧会に向けての準備のための作業である。最初に、一人あたり1~3点の浮世絵を担当し、調書を取った。調書は、採寸(浮世絵の縦横の長さ)から始まる。次に、題目・絵師・版元・刊行年を特定する。次に、描かれている人物や風景が何かを調べていく。これらの情報は、それぞれの浮世絵のキャプションの素材となるものである。
展覧会に向けて、チラシやポスター、パンフレットの作成もおこなっていった。今年は、パンフレット班とチラシ・ポスター班の2グループで分担した。お二人の学芸員の指導を受けながら、パソコンを駆使してパンフレットとチラシ・ポスターを作成した。学内に掲示された特大ポスターは、アピール力満点だった。
パンフレットには、それぞれの浮世絵とその解説、コラム、日本地図を載せた。学生が書いた文章は、森山さんと松村さんのお二人にチェックしてもらった。ここでも、専門的な視点から、的確なご指導をいただいた。
次は、展示に向けての実際の作業である。浮世絵の解説を印刷したものを「貼りパネ」に貼る。浮世絵を額縁に入れて飾るために、浮世絵の大きさに合わせて額装用マットを切り抜く。どのような配置でパネルを設置し、どのような順番で浮世絵を飾るかをプラニングする。展覧会の会場に設置したパネルに浮世絵と解説を飾る。展覧会の当日の受付も学生たちがシフトを組み、2人一組でおこなうのである。