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トップ>研究>「統計改革」とわが国における公的統計データの利活用の動向

研究一覧

伊藤 伸介

伊藤 伸介【略歴

「統計改革」とわが国における公的統計データの利活用の動向

伊藤 伸介/中央大学経済学部教授
専門分野 経済統計学

1.統計改革推進会議とEBPM(証拠に基づく政策立案)

 近年、「統計改革」という言葉が、話題になっている。2015年10月16日に開催された平成27年第16回経済財政諮問会議では、国内総生産(GDP)の推計に用いられる経済統計の精度に関して問題提起が出され、GDP統計の精度の改善を目指した経済統計のさらなる整備の必要性について議論がなされた。その後、2015年11月4日と2016年3月24日の経済財政諮問会議における議論を経て、平成28年第22回経済財政諮問会議(2016年12月21日開催)では、GDP統計の精度改善のための基礎統計の整備に加えて、欧米諸国で進められてきたEBPM(=Evidence Based Policy Making, 客観的な事実に基づいて政策立案を行うこと)をわが国でも展開するために、公的統計のデータだけでなく、民間のビックデータや行政記録データの利用可能性が指摘された。これらを踏まえる形で、2017年に統計改革推進会議(議長 菅義偉内閣官房長官)が設置された。

 統計改革推進会議は、「政府全体におけるEBPM(証拠に基づく政策立案)の定着、国民のニーズへの対応等の統計行政部門を超えた見地から推進する」ことを目的として、これまでに2度開催されている。第2回統計改革推進会議(2017年4月14日開催)では、『統計改革推進会議中間報告』(以下『中間報告』と略称)を発表している。『中間報告』は、EBPMの推進体制の構築のために、「統計を始めとする各種データ」の整備・改善が必要であることを明記している。この「統計を始めとする各種データ」には、「統計、統計ミクロデータ及び統計的な利活用を行うために用いられる行政記録情報」が含まれている。こうした統計改革推進会議の動きを見ると、「統計改革」という形で、公的統計データの作成・提供や行政記録データの利活用のあり方への注目が高まっていることがわかる。

2.わが国における公的統計データの作成・提供の現状

 ところで、わが国の公的統計データについては、統計調査によって得られた調査票情報(個票データ)を集計することによってオープンデータとして一般に公表されている統計表(集計結果表)、および記入済みの調査個票に基づいて作成されたミクロデータの両面から、さまざまな形態での提供が行われている。下図は、わが国における公的統計データの提供形態に関する概略図を示したものである 。[1]

 わが国における公的統計の統計表は、紙媒体の報告書だけでなく、政府統計の総合窓口であるe-Statで公表されており、インターネット上で統計表に容易にアクセスすることが可能になっているが、最近では、統計データのさらなる有効活用のために、公的統計におけるオープンデータの高度化が進められている。具体的には、(1)API(Application Programming Interface)機能による利用環境の整備や、(2)統計GIS機能の拡充によって、オープンデータとしての利用可能性のさらなる向上が図られている。

 一方、わが国では、統計法(平成19年法律第53号)に基づいて、公的統計のミクロデータの提供が行われている。現行の統計法における条文の規定に基づき(第33条 調査票情報の提供、第35条 匿名データの作成、及び第36条 匿名データの提供)、わが国における個票データの提供、及び匿名データ(調査票情報に匿名化技法を適用することによって作成されたミクロデータ)の作成・提供が進められてきた。また、わが国では、統計調査を対象に有料でオーダーメイド集計を行うことが可能になっている(第34条 委託による統計の作成等)。

 基幹統計調査の匿名データの作成に関する法制度的な手続きは、以下のとおりである。最初に、基幹統計調査の匿名データの作成について、所管官庁である行政機関の長から統計委員会に対して諮問が行われる。つぎに、統計委員会の匿名データ部会において基幹統計調査の匿名データに関する匿名性の検討が行われた後に、匿名データ部会における審議内容が統計委員会に報告される。そして、匿名データの作成方法の妥当性に関して、統計委員会から答申が出される。その後、統計作成部局の責任の下で、匿名データが作成・提供される。わが国では、現在、国勢調査等の7調査の匿名データが提供されているが、匿名データが作成されている統計調査のほとんどについては、1種類のみの匿名データが作成されていることから、利用者のニーズに応じた複数の匿名データの作成方法が現在議論されている 。[2]

 匿名データを利用するためには、「匿名データの作成・提供に係るガイドライン(総務省政策統括官(統計基準担当)決定)」に基づいて、匿名データの利用申請を行う必要がある。「匿名データの作成・提供に係るガイドライン」では、主として学術研究目的や教育目的を指向した匿名データの利用に限定されるだけでなく、匿名データの利用申請において、匿名データの利用者の範囲、利用期間、利用場所、保管場所を明示することが求められる。その意味では、わが国の匿名データは、利用目的に制限がなく、誰でもアクセスすることが可能な一般公開型のデータファイル(public use file)とは異なる。

 個票データの場合、調査票情報の作成・提供に関する手続き上のルールを詳細に記載した「統計法第33条の運用に関するガイドライン(総務省政策統括官(統計基準担当)決定)」に基づき、学術研究目的を指向する形で、個票データの利用申請が行われる。現行のガイドラインのもとでは、政府統計の個票データの利用申請を行う場合、実証分析を行う上で最低限必要な変数(調査事項)のみの利用が想定される。一方で、個票データに含まれる変数群の探索的な利用に対するニーズも少なくない。欧米諸国では、個票データにアクセスする資格のある研究者に対して、オンサイト施設のようなセキュアな環境や大学の研究室等からのリモートアクセスを通じて個票データを利用することが可能な国が少なくない。こうした国々では、分析のために作成する集計表や分析用のモデルについて事前に審査を行うのではなく、オンサイト施設やリモートアクセスを通じて個票データの分析を行った後に、審査担当者によって分析結果に関する秘匿性のチェックを行う方式が採用されている。こうした状況を踏まえ、わが国においても、オンサイト施設における個票データの利用の可能性について現在検討が進められている。

3.わが国におけるデータの利活用の今後に向けて

 公的統計については、データの秘匿性のレベルに留意しながら、利用者のニーズに踏まえた上で、データ提供に関するさまざまな形態が今後検討されるものと思われる。諸外国においては、学術研究を指向した特定の利用者に限定したデータの提供(ex. オンサイト施設やリモートアクセスによる利用等)とオープンな形で利用可能なデータ(オープンデータ,public use file等)の公開が、明確に区別された形で行われている。こういった海外の状況も参考にしながら、わが国における公的統計データの提供のあり方が模索されるべきであろう。

 一方で、行政記録データの利活用については、わが国だけでなく、欧米諸国においても社会的な関心が高いと言える。デンマーク、フィンランド、スウェーデン、オランダといったヨーロッパの一部の国々では、行政記録データを活用したレジスターベースの統計作成システムが確立されている。他方で、欧米諸国では、学術研究に対する行政記録データの提供が進んでいる国も存在する。例えば、イギリスでは、Administrative Data Research Networkという行政記録データの提供に関するプロジェクトが現在展開されており、行政記録データ、さらには公的統計のミクロデータとのリンケージが施された行政記録データにアクセスすることが可能になっている[3]。行政記録データの利活用においては、こうした海外における現状も踏まえながら、わが国におけるその可能性を検討すべきかと思われる。

  1. ^ 伊藤伸介(2016)「わが国における政府統計のデータシェアリングの現状と課題」『情報管理』,Vol.58,No.11,840頁
  2. ^ 伊藤伸介(2017)「国勢調査ミクロデータにおける匿名化の誤差の評価方法に関する一考察」、『経済学論纂(中央大学)』第57巻第3・4合併号、189~209頁
  3. ^ 伊藤伸介(2016)「政府統計における個票データの提供と秘密保護について―イギリスを例に―」、『経済学論纂(中央大学)』第56巻第5・6合併号、1~19頁
伊藤 伸介(いとう・しんすけ)/中央大学経済学部教授
専門分野 経済統計学
略歴
福岡県出身。九州大学大学院経済学府博士後期課程単位修得退学。博士(経済学)。2007年明海大学経済学部専任講師。その後,明海大学経済学部准教授,中央大学経済学部准教授を経て,2017年4月より現職。内閣官房IT総合戦略本部「パーソナルデータに関する検討会」技術検討ワーキンググループ構成員,内閣府統計委員会専門委員,総務省統計局「消費統計研究会」委員等を歴任。総務省「統計データの二次的利用促進に関する研究会」構成員。

最近の主要業績
“Potential of Disclosure Limitation Methods for Census Microdata in Japan”, Paper presented at Privacy in Statistical Databases 2016, Dubrovnik, Croatia, 2016, pp.1-14(with Naomi Hoshino and Fumika Akutsu)
「諸外国における政府統計ミクロデータの提供の現状とわが国の課題」、『中央大学経済研究所年報』第48号,2016年9月,233~249頁
「政府統計データの匿名化について-パーソナルデータの利活用における基盤整備との関連を中心に-」、『中央大学経済研究所年報』第46号,2015年9月,457~478頁