トップ>研究>企業価値向上型コンプライアンス ――「密告」型から「対話」型へ、内部通報制度のデザインチェンジ―
遠藤 輝好【略歴】
――「密告」型から「対話」型へ、内部通報制度のデザインチェンジ―
遠藤 輝好/中央大学ロースクール講師
専門分野 コンプライアンス
本稿は、JSPS科研費15K03220の助成を受けたものです。(広報室)
私は、中央大学ロースクールを修了し(第1期生)、現在、神田神保町で弁護士をしている。ロースクールではまさにハートフル・メソッドでご指導いただいた。先生と質疑応答を繰り返す中でふと腑に落ちる…そのような感覚は、独学にはないエキサイティングなものであった。議論は、気づきを与え、理解を深める…私の「対話」イメージの原点はロースクールにあるように思う。
弁護士になった後も実務講師としてロースクールに関わった。また、恩師遠山信一郎教授にご指導いただき、「企業価値向上型コンプライアンス」をテーマとする科研費研究会の事務局を務めている。実務と研究の「二足の草鞋」を履かせていただいているのも、中央大学ロースクールの懐の深さゆえであると感謝している。そして、この春からは、母校ロースクールで授業を担当することになった。心機一転、今度は母校の教壇から、「企業価値向上型コンプライアンス」を眺めることになる。
「企業価値向上型コンプライアンス」…このような研究ができるのも中央大学ロースクールの強みであろう。ロースクールには研究者も実務家もいる。また、中央大学にはビジネススクールもあり、法律学と経営学の協働が可能である。このような研究者と実務家との、そして、法律学と経営学との交流は、貴重である。ますますこのテーマを深めていきたい。
では、「企業価値向上型コンプライアンス」とは何か。
そもそも「コンプライアンス」の内容についての理解自体一様ではない。コンプライアンスは一般に「法令遵守」と理解されているが、筆者らは、このようないわば従来型コンプライアンスに対して、「企業価値向上型コンプライアンス」を提唱するものである。概略を述べれば、企業価値向上型コンプライアンスは、「コンプライアンスによる企業価値向上」という発想を根本に据える。コンプライアンスを不祥事防止というブレーキとして捉えるのではなく、「企業価値向上」のためとして、コンプライアンスをより積極的に捉えるのである。そして、「企業価値」の捉え方には種々の考え方があるにせよ、ステークホルダーとの関係を重視することが企業価値向上の基本であることから、企業価値向上型コンプライアンスは、ステークホルダーとの「対話」を重視する。ごく大雑把にいえば、問題となる場面ごとにステークホルダーの利益を最適に調整することがコンプライアンスであると捉えるのである。すなわち、企業価値向上型コンプライアンスの考え方によれば、法令遵守を超えて、「ステークホルダーの合理的要請に適切に応えること」がコンプライアンスの内実となる。
コンプライアンスの一手段として、内部通報制度に対する注目度が高まっている。企業不祥事が後を絶たない中、内部通報が発覚の端緒となり、あるいは、内部通報によって事実・背景が明らかとなったために被害の拡大防止につながり、適切な責任追及・再発防止に結びつくことも少なくない。現在、公益通報者保護法の改正論議が進行しており、また、消費者庁は、昨年12月9日に民間事業者向けガイドラインを、そして、本年3月21日には行政機関向けガイドラインを改正した(行政機関向けガイドラインには、「内部職員等からの通報」対応に関するガイドラインと「外部の労働者等からの通報」対応に関するガイドラインとの2つがある。そして、「外部の労働者等からの通報」対応に関するガイドラインは、事業者内部への「内部通報」と行政機関に対する「外部通報」を制度間において競争させるという機能を有しており、「内部通報制度の充実化へのインセンティブ」という観点から重要である)。
従来型コンプライアンスの下での内部通報制度は、「通報者との対話」という視座に乏しかったため、通報者から事業者への「一方的な密告」と捉えられがちであった。そこで、内部通報制度論といえば、通報者の「匿名性の確保」等の通報者保護論に偏りがちであったといえよう(もちろん、その重要性は否定されない)。また、従来型コンプライアンスは不祥事防止に主眼があることから、例えば、「社内リニエンシー制度」についても、「不祥事に関与した者をなぜ保護するのか」という発想の下、必要のない制度と捉えられることが多かったように思う。
これに対して、企業価値向上型コンプライアンスの立場からは、事業者と通報者(ステークホルダーの代弁者と捉えることができよう)との「対話」が重視され、内部通報制度の設計においても「双方向の実現」が基本コンセプトとなる。この意味において、社内リニエンシー制度は積極的に評価され、活用されるべきである。事業者と通報者とが協働して企業を守るのである。制度に対する双方向的な関わりが企業の風通しを良くし、こうした企業風土がコンプライアンスの胆である。「経営トップの責務」を明記し、経営トップからの経営幹部及び全ての従業員に向けた明確なメッセージを継続的に発信する必要性に触れ、また、「安心して通報ができる環境の整備」の内容を充実させ、さらに、コンプライアンス経営の推進に寄与した通報者等の組織への貢献を正当に評価することを適当であるとし、加えて、社内リニエンシー制度の整備を推奨する等…新しい民間事業者向けガイドラインは、「対話」型内部通報制度の普及に向けて大きく舵を切ったと評価することができる。
このように、内部通報制度は、今、従来の「密告」型から「対話」型へのデザインチェンジが要請されている。企業価値向上型コンプライアンスに基づく「対話型内部通報制度」こそが、今後のあるべき内部通報制度の姿である。