都筑 学【略歴】
都筑 学/中央大学文学部教授
専門分野 発達心理学
私がまだ中学生だった頃である。永谷園のお茶づけ海苔のおまけに歌川広重の浮世絵「東海道五拾三次カード」が入っていた。当時、それを集めるのが流行した。ご多分にもれず、私も夢中になった。残念ながら、浮世絵カードは、いつの間にかどこかに行ってしまった。昨年11月の出荷分から、そのカードが復活したというニュースを聞いた。そのうち、お茶づけ海苔を買い、広重の浮世絵を再び楽しみたいと思っている。
時を同じくして、昨年11月22日、墨田区に「すみだ北斎美術館」がオープンした。テレビ番組で見ただけだが、かなり斬新な建物のようだ。1月15日までの開館記念展「北斎の帰還 ―幻の絵巻と名品コレクション―」は見損なってしまった。残念至極。新しい美術館がどんなものか、そのうち機会を見つけて是非行きたいと思っている。
昨年の大晦日の東京新聞朝刊には、「北斎肉筆画か 掛け軸発見」という記事が載っていた。竹を背景に、石灯籠に止まっている鶏二羽が描かれた「竹鶏図」。北斎40代半ば頃の作品と見られているようだ。鹿鳴館の設計で知られる英国の建築家ジョサイア・コンドルの旧蔵品という。どこかで展示されることはあるのだろうか。あるとしたら、是非この目で見てみたいと思っている。
昨年末にあった浮世絵関連の話題を三つほど取り上げてみた。「時代は浮世絵」。こんなふうに思うのは、私だけであろうか。そのブームにあやかろうというわけではないが、この度、文学部で浮世絵展覧会を企画した。それは、美術館で開かれる展覧会とは、やや趣を異にしたものとなっている。この小論は、その展覧会についての紹介である。以下、少々お付き合いいただきたい。
今回の展覧会は、中央大学教育力向上推進事業「浮世絵展示を活用したアクティブ・ラーニング」によるものである。私が実施責任者を務めている。この事業の柱は、学生が浮世絵展覧会を企画し、運営することである。
その出発点として、昨年7月に文学部提供課外プログラム「実践的浮世絵学」の受講生を募集した。その応募要領には、次のように書かれていた。
浮世絵の第一線的研究者であり、浮世絵展示に手慣れた現役の学芸員を講師として指導を仰ぎ、歴史・ジャンル等浮世絵についての全般的な知識、モノとしての展示物の取扱方等を修得するところからはじめ、受講者の討議によって決定したテーマ・構成による展示を実現するところまでの実践的演習を行う。実際に現物の浮世絵に触れ、それらの作品の研究・評価を行い、展示構成立案、展示解説作成、展示準備作業、そして展示運営という浮世絵展示の具体的な作業を通じて、当該文化財の特性について、さらには日本の歴史と文化についての理解を深めていく。
応募者は、学部2年生から大学院修士1年生までの10名。エントリー・シートに書かれていた意気込みを買って、めでたく全員合格。夏休みを挟み、後期に入ってから、週1回の授業を受けていくことになった。講師は、平木浮世絵美術館(公益財団法人平木浮世絵財団)の学芸員の森山悦乃さんと松村真佐子さんのお二人。浮世絵に関しては、プロ中のプロである。一方、学生たちは浮世絵に興味・関心はあるが、知識はほぼ白紙状態。展示をおこなった経験もない。そうした学生たちを相手に、お二人には懇切丁寧な指導をしていただいた。深く感謝する次第である。展覧会で展示する浮世絵は、平木浮世絵美術館から借り受けた。これに関しては、佐藤光信館長のご理解とご支援が大きかった。ただただ感謝あるのみである。
実践的浮世絵学の授業は、概ね2つの部分から構成されていた。一つは、浮世絵についての基本的知識の学習である。浮世絵や歴史や絵師の系譜を学ぶとともに、絵師の落款・版元印・検印などの浮世絵に印された情報の読み取り方を学んだ。
もう一つは、展覧会に向けての準備のための作業である。最初は、一人あたり3点の浮世絵を担当し、調書を取っていった。調書は、採寸(浮世絵の縦横の長さの測定)から始まる。次に、題目・絵師・版元・刊行年を特定する。次に、描かれている人物や風景が何かを調べていく。歌舞伎年表を用いて、芝居の演目や役者を探し出すようなことも含まれていた。これらの情報は、それぞれの浮世絵のキャプションの素材となるものである。
こうした作業をおこないながら、展覧会のテーマを決定していった。その過程では、いくつかの案が出され、それを練り直していった。最終的には、次のようなテーマと企画内容にまとまった。
浮世絵 美男美女競(ミス・ミスターコンテスト) あなたはダレ推し?
11人の美男子と11人の美女を描いた浮世絵を2つのコーナーに分けて展示する。展覧会に来てくれた人に、シール投票をしてもらい、一番の美男美女を選ぶ。10名の学生と私が、美男美女を一人ずつ担当し、解説を書く。その美男美女には、キャッチコピーを考えて付ける。
「美男美女競」と書いて「ミス・ミスターコンテスト」と読ませる。浮世絵を展示するだけでなく、見に来てくれた人も参加できる展覧会。これらの点には、学生たちの柔軟で豊かな発想が遺憾なく発揮されている。
展覧会に向けて、チラシやポスター、パンフレットの作成もおこなっていった。ここでも、お二人の学芸員の指導がとても重要な役割を果たした。チラシやポスターの基本的なアイディアは、チラシ班の学生たちが考えた。それを具体的にデザインして仕上げてくださったのは、松村さんである。
パンフレットには、それぞれの浮世絵とその解説を載せることになった。それだけでなく、コラムも載せることにした。そのアイディアは、パンフレット班の学生たちから出たものだ。彫師・摺師・版元、検印、絵師(歌川国貞、歌川国芳)、役者などについて分担して執筆した。学生が書いた文章は、森山さんと松村さんのお二人にチェックしてもらった。ここでも、専門的な視点から、的確なご指導をいただいた。
次は、展示に向けての実際の作業である。浮世絵の解説を印刷したものを「貼りパネ」に貼る。浮世絵を額縁に入れて飾るために、浮世絵の大きさに合わせて額装用マットを切り抜く。浮世絵を額に入れる。どのような配置でパネルを設置し、どのような順番で浮世絵を飾るかをプラニングする。展覧会の会場に設置したパネルに額装した浮世絵と解説を飾る。後は、展覧会の当日を迎えるだけとなる。受付も学生たちが分担しておこなうのである。
このように、実践的浮世絵学は、文字通りアクティブ・ラーニングそのものなのである。
今回の展覧会に向けて、私自身も学生と一緒に活動してきた。浮世絵初心者の私であるが、浮世絵の持っている魅力や可能性をいろいろと感じてきた。
今回の展覧会で取り上げた浮世絵は、江戸から明治にかけて摺られたものである。それほど遠い昔のことではない。私たちが暮らしている現代とつながっている「過去」である。それなのに、知らないことが多い。最初に思ったのは、そんな素朴な感想である。
浮世絵の調書を取りながら、いろいろと調べていく。すると、それまで知らなかったことが少しずつ分かってくる。そうした体験は、とても面白かった。浮世絵についての単なる「豆知識」が増えたというだけではない。浮世絵の中には、自分が生きている「現在」の土台となるものがある。そんなふうに思えてきたのである。
「グローバル」という言葉が、世の中を席巻する現代。とかく外に目を向けがちであるが、それだけで果たしてよいのか。自分のルーツが何たるかを知らずして、それでよいのか。そうした思いも強まってきた。
合理性や経済性、効率性を旨とする生き方を見直す「鏡」。浮世絵には、そんな意味もあるように考えられるのだ。
学生たちの創意工夫が凝らされた浮世絵展覧会。是非、お越しいただき、浮世絵の魅力と可能性を感じ取っていただければ幸いである。
浮世絵 美男美女競(ミス・ミスターコンテスト) ~あなたはダレ推し?
日時:2017年1月26日(木)~31日(火) 11時~17時
※29日(日)は閉室
会場:中央大学多摩キャンパス3号館(文学部棟)3105号室
入場無料