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河谷 清文【略歴】
河谷 清文/中央大学法科大学院准教授
専門分野 経済法・独占禁止法
本稿は、JSPS科研費15K03220の助成を受けたものです。(広報室)
事業において成功するためには、競争に挑まなければならない。競争に打ち勝つためには、法令で許されるギリギリの領域に踏み込むこともあるかもしれない。ところが、法令にはグレーゾーンがあり、越えてはならぬ一線が明確には示されておらず、個別具体的な状況に応じてケースバイケースで判断されるものがある。
そのようなリスクのある領域に自社だけが足を突っ込むことは、できれば避けたい。しかし、逆に自社だけがリスクを忌避し、ライバルたちに出し抜かれ、競争に負けてしまうことも避けたい。
このような競争の激しさと違法のリスクを調整する際に、業界で自主規制ルールをまとめることがある。グレーゾーンの一歩手前に明確な線を引き、その内側で競争をする、という協定である。
業界自主規制を積極的に活用する法制度も存在する。たとえば、景表法には「公正競争規約」という制度がある。消費者を惑わせたり誤解を与えたりするような不当な表示と景品について、業界で自主規制のルールを取り決め、消費者庁と公正取引委員会の認可を受けることで、公正競争規約となる。公正競争規約に沿った表示・景品であれば、景表法違反とされることはなく、また、独占禁止法上も通常は問題とならない。消費者に対して適切な情報を提示することが、情報の非対称性を解消する一助となるものとして、このような制度が採用されている。
業界で自主規制の合意をすることは、独占禁止法に違反することになる場合がある。「自主規制」の名目の下に、価格競争を抑制したり、特定の事業者や輸入品を排除するなど、既存の事業者らの利益保護のための隠れ蓑に用いられることは容易に想定しうる。
業界自主規制により競争者間の自由な競争を制限し、価格・数量・品質などの競争を回避させる効果が生じる場合にはカルテルとなり、特定の事業者や製品等を排除する効果が生じる場合にはボイコットとなる。事業者間の協定や合意による場合には3条または19条、事業者団体が主体となる場合には8条が適用される。
事例をふまえて要点を解説すると、以下の(1)~(3)のようになる。
(1) 価格や生産量を調整する合意・協定は、ほぼ違法となる。オイルショック時に通産省からの行政指導後、その意向をふまえて価格の引き上げ幅や生産数量を団体で自主的に決定した行為が、価格カルテルとして違反となっている(最判昭59・2・24・刑事判例集38巻4号1287頁)。市場メカニズムが機能し、需要と供給が調節された結果として価格・数量が決まる、というのが自由市場経済の基本であり、価格・数量を競争者間の合意によって人為的に左右することは、ごく例外的な場合を除いてほぼ違法となる。通産省の行政指導を受けて、それぞれが自主的に独立して判断し、自制的な行動をとるのであれば問題とならなかった。意向をふまえて過剰に行動し、業界で合意したからカルテルとなった。
業界で合意したにもかかわらず、違法とならなかった唯一の事例は、認可料金を下回る違法な貸切バスの料金が常態化していた状況で、それを改善するために団体がした決定くらいのものである(公取委審判審決平7・7・10審決集42巻3頁)。
(2) 価格それ自体でなくとも、価格競争を抑制する効果がある協定や、事業者間の競合を避ける協定が違法となった例はある。医師会が、診療報酬の料金の表示を広告に載せないようにするとか、広告看板を設置する数を制限するとか、新規開業・入院ベッドの数の増加・診察科目の追加について近隣の病院の同意を必要とするなどの規則を設定した行為が、違法とされた事例が複数ある(東京高判平13・2・16判時1740号13頁など)。医療は命を預かる仕事であり営利を追求するものではない、という理念から始まった規則かもしれないが、価格や数量について競争を制限する効果のある行為には違いがない。医師会でなくとも、もっともらしい理由をつけて、競争を抑制し、違法となった事例は多い。
(3) 自主規制は、自主的なものであるので、それに参加するかどうかは個別事業者の判断による。これに参加を強制するとか、参加しない事業者に対して嫌がらせをするとか、取引先に働きかけて参加しない事業者との取引を拒絶させるなどの行為は違法となる可能性が高い。圧縮空気の力でプラスチック製の弾を発射する銃の玩具メーカーの団体が、消費者の安全のために自主規制の基準を作成した。団体に所属せず、その団体の自主規制も遵守しない事業者の製品について、販売業者らに取り扱いをやめさせた行為が違法となっている(東京地判平9・4・9・判タ959号115頁、判時1629号70頁)。消費者の安全のため、という目的には合理性があっても、その内容や実施方法には合理性を欠く場合がある。自主規制の強制や、非遵守事業者の排除は、実施方法の合理性を欠くものとして違法となる。
競争者らが集まって合意・協定により自主規制を実施したからといって、すべてが違法となるわけではないのも確かである。
上記のように違法とされた事例を積み重ねれば、おおよその違法性判断基準もわかってくるが、それでも、これは合法である、と自信を持って示すことは難しい。違法である事例については、事実や法適用が公表されるが、合法である事例は、そもそも取り上げられず、詳細もわからないからである。実際に、これは問題があるのでは?と過去の事例からは疑問が持たれる自主規制でも、それが事件として取り上げられていない事例は多くある。しかしそれは、合法である、というお墨付きを得た事例というわけではない。事件として分析されたが合法であると判断された事例を積み重ねなければ、その基準は明らかにできず、そのような事例はほとんど見いだせない。
かくして、グレーゾーンは現在も残り続けている。自主規制の目的と内容については、専門家あるいは当局に相談することで、ある程度の安全性ある回答を引き出せるだろう。公正取引委員会でも、そのような相談を受け付けているし、定期的に相談事例を公表している。
問題は、その自主規制の実際の運用である。自主規制として定めた規則や基準それ自体は問題なくとも、合理性を欠く運用により競争を制限することになれば、独占禁止法に違反することになる。立派なタテマエを振りかざして、特定の事業者に不利益となるような運用をしたり、内輪の利益をはかったりする、などということが起こることも想定しておかなければならない。行為者本人は立派なことをしているつもりのことも多く、そのような場合に相談に行くことはせず、自己正当化する理屈を作りだして暴走してしまうこともある。
これを防止したいなら、日々、内部から客観的に監視できるように体制をつくるしかない。しかし、それが機能するためには、組織内の上下関係を克服できるようにしておかねば、いざというときに違法な自主規制を防止することはできない。自主規制を作ることで、新たに別の法的リスクを発生させてしまうこともある、ということである