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トップ>研究>感性価値の高いもの創り/音創りを目指して

研究一覧

戸井 武司

戸井 武司【略歴

感性価値の高いもの創り/音創りを目指して

戸井 武司/中央大学理工学部教授(精密機械工学科)
専門分野 音響工学、快音設計、スマートサウンドデザイン

五感に着目して音とものを結びつけるユニークな研究

自動車2台を設置した大型半無響室

 日常生活は、静かな環境が好まれるが、全く音の無い世界は不自然であり、音情報が無いことで不快や不安を感じることがある。近年、生活環境の静粛性が向上することで、従来気にならなかった小さな音が顕在化し、音への関心が高まっている。そこで、うるさいと感じる騒音の低騒音化ではなく、逆転の発想で音をデザインして心地よい音に変える快音化に取り組んでいる。

 基本性能が向上すると、人が五感で判断する質感が着目されるようになる。視覚の第一印象は大きいことが知られているが、視覚の有無に依らず持続的な聴覚の情報が生活に多大な影響を及ぼしている。快音化は、工業製品の感性価値の向上のみならず、様々な音環境における空間価値を向上させることができ、産業界も注目している技術である。

産学官連携による共同研究を推進

スペインサグラダファミリア鐘

ハイレゾ音源の効果研究

 理工学部精密機械工学科の音響システム研究室(後楽園キャンパス)には、自動車2台を設置した大型半無響室、2つの無響室や防音室、住宅を模擬した実験室と、最新の音響計測機器やシミュレーションソフトなど充実した設備がある。研究体制は、産学官連携による研究プロジェクトを構成し、様々な音響研究を推進している。研究分野は、自動車、家電、オーディオ、スポーツから住宅やオフィスなどの音環境まで広範囲が対象である。高音質なハイレゾ音源の効果や映像との関連、寸法と材料に基づき数値解析でスペインの世界遺産サグラダファミリア鐘の音色を予測して可聴化なども研究対象である。

スマートサウンドデザインによる価値創造

音質の統制による価値創造

 うるさい音や不快な騒音を“もぐら叩き”のように低騒音化する騒音対策は、マイナス要因の削減のみである。そこで、音をプラス要因として積極的に活用するために、新たな価値を創造する快音化が望まれている。また、これまで機械の動作などから発生する機械音と、報知や警報などの電子的なサイン音は、個別にデザインされることが一般的であった。これらを包括して、システム全体をサウンドデザインすることで、機能性など工学的な側面のみらならず、意匠性など芸術的な側面を加味するスマートサウンドデザインが実現する。

 図に示すA、B、C、Dのような等級に応じた快適性や高級感が求められる製品群は、統制した音質とすることで、製品やサービスなどの質感や識別性を高めることができ、新たな価値創造に貢献する。

スマートサウンドデザインの手順と音質評価

快音化のための音響シミュレーション

 的確に音質の仕様を設定するには、図に示す音響シミュレーションを利用する。既存の音に対して、持続時間や減衰など時間的な編集、および各種フィルタリングによる周波数的な変更を信号処理で実施し、試聴することで適切な目標音質を設定する。

 その際に音質を評価する手法として、いくつかの形容詞対を用いたSD(Semantic Differential)法や、二つの音を交互に聞いて判断する一対比較法など設問調査に基づく主観的な音質評価を実施する。また、物理的な指標で音質の傾向は把握できるが、数値のみで完全に表現することは難しく、生体情報の心電や脳血流などに基づく客観的な音質評価を実施することもある。客観的な音質評価は用語解釈の差異が現れず、設問調査が難しい幼児や高齢者などにも適用でき、音質評価を意識せずに実施できる利点がある。

 ここで、音質評価は過去の経験や心理状態で認識が異なり、日本語と英語で擬声語が異なるように、通常用いている言語の周波数特性や生活環境などが影響する。また、視覚情報など他の感覚の影響を受けることがある。これらを加味して最終的に、基本性能および目標音質を実現する音質と設計パラメータを関連付けて具現化する。

自動車加速音と楽器音の類似性評価

加速音と楽器音の類似性比較

心電に基づく加速音と楽器音の音質評価

 心地よい音の代表である自動車加速音と楽器音の類似性評価を紹介する。自動車は車格の高い加速音に定評のある自動車(以下、A1)など5車種の加速音を用いた。一方、楽器は図に示す弦楽器3種バイオリン(Vl)、チェロ(Vc)、コントラバス(Cb)、管楽器2種トロンボーン(Tb)、オーボエ(Ob)の計5種について、プロ演奏者が自動車加速音を模擬して奏でた楽器音を用いた。全評価音圧は統一し、被験者は20代13人である。

 まず、形容詞対を用いたSD法による主観的な音質評価を実施すると、弦楽器は管楽器に比べて創造因子の得点が高く、A1加速音とVl楽器音が最も近い印象であることがわかった。次に、生体情報の心電に基づく客観的な音質評価を実施し、心拍変動指標で末梢神経系の交感神経と副交感神経のバランス指標であるLF/HFが、図に示すようにA1加速音と弦楽器3種(Vl、Vc、Cb)のストレス負荷が同程度であることが定量的に把握できた。

 さらに、時間と周波数の変化を示すスペクトログラムより、加速音に定評のあるA1はエンジン回転数の倍音成分が筋状に見られ、高周波数までバランスよく存在し、好印象であるVlは音階を奏でる基音と高次倍音が明瞭であり、両者の類似性の一要因と推測できた。

加速音と楽器音のスペクトログロム

聴覚や他感覚との複合刺激を考慮した感覚形成

 快音は聴覚のみでなく、視覚や操作による触覚などの影響を受ける場合があり、各感覚の寄与を的確に把握することが重要である。また、音に機能性を持たせることで、人の活動に対して様々な支援が可能となる。

 例えば、風鈴の音色で涼しさを演出するように、音は心理状態や生理現象を左右する。そこで、エアコン動作音を変え、涼しいや暖かいと感じる体感温度の上下や誘眠を促すことができる。また、照明色の青系統の寒色で涼しく、赤系統の暖色で暖かく、また精神を鎮静や興奮させることができる。これらの相乗効果を活用して、住宅や自動車における省エネや快適性に貢献できる。一方、浴室のシャワーは快適な浴び心地が求められ、シャワー吐水音と流量感との関係を把握し、身体へ穏やかに作用して節水、省エネや環境負荷の軽減が快音化で実現できる。

ゴルフクラブの打球音と打振動の快適化

 一方、ゴルフクラブでは、打球音と打振動との関連を解析し、シャフトの適切な振動を設計して打球音の爽快感が向上できる。自動車車室内では、エンジンやモータから過不足な加速音に対して、アクティブ音場制御により運転者の嗜好に合わせたサウンドが創生できる。同様に、一眼レフカメラでは、手に伝わる振動やシャッタ開閉などの機械音に、内蔵スピーカから機能音を加え、高精度を連想させるシャッタ音が実現できる。料理の塩コショウのように、個人の嗜好や等級に合わせるサウンドオプションが可能となる。

機械音と機能音を用いたサウンドデザイン

 さらに、事務機の連続印刷時に発生する周期音のリズム感に着目し、平常時の心拍数よりも少し速くすることで、知的生産性を向上するなど快適で機能性を有する音環境、スマートサウンドスペースを創生して空間価値が高められる。自動車では、運転者の漫然運転を防止するため覚醒効果が高く耳障りでない機能音を付加して、安全性を高め事故防止に繋げられる。ここで、運転席は運転に必要な音情報、助手席や後部座席は音楽など異なる音環境が求められる。そこで、複数のスピーカを用いて各領域の音環境を個別に制御するサウンドパーティションを開発している。住宅LDKに適用すると、リビングで寛ぎ、ダイニングの一部で学習するなど、それぞれ必要な音環境が構築できる。

機能音を用いたドライビングシミュレータ実験

複数のスピーカを用いたサウンドパーティション構築

住宅内LDKにおける音環境の分離

音商標とサウンド・ブランディングへの展開

 基本性能による物質的な充足だけでなく、ユーザビリティに秀でることや、感動や共感など五感に訴える質感が要望されている。欧米など諸外国から遅れ日本は2015年4月から音商標の登録が可能となり、識別力の発信手段となる音を活用して、日本らしさや匠を象徴するプレミアム感の演出がなされている。繊細かつ緻密なものづくりを連想させる音創りは、サウンド・ブランディングへ展開している。

戸井 武司(とい・たけし)/中央大学理工学部教授(精密機械工学科)
専門分野 音響工学、快音設計、スマートサウンドデザイン
企業の研究所を経て、2004年より中央大学教授。博士(工学)。快適かつ機能的な音環境を構築することを目的として、2014年一般社団法人スマートサウンドデザインソサエティ(SSDS)を設立し、代表理事を務める。
戸井研究室
一般社団法人 スマートサウンドデザインソサエティ(SSDS)