トップ>研究>一人暮らしの学生は親元の選挙人名簿から抹消される? 疑われる違憲性。
中西 又三【略歴】
中西 又三/中央大学名誉教授
専門分野/行政法、公務員法等
選挙年齢が18歳以上になったことを契機にして、大学は、一人暮らしの学生の皆さんに不在者投票を呼びかけています。ところが先月の末に、ある新聞社から、北海道では住民票を親元に残したまま一人暮らしをしている学生について、親元の選挙管理委員会で、選挙人名簿への登録を拒否したり、選挙人名簿からその人を抹消したりしているところがあり、選挙権の行使が妨げられているとの情報が寄せられました。その後、複数の新聞で、東北、四国、九州の一部でも同じような措置をとっているところがあるとの報道がありました。選挙人名簿はその市町村に居住していることが登録の要件なので、一人暮らしを始めた人は、親元に居住していない(生活の本拠・居住の実態がない)というのがその理由です。圧倒的多数の市町村ではそのような方法をとっていません。このように市町村によって取り扱いが異なっても、住所の認定は各市町村の権限なので、やむをえない、住所を移せば住民票を移すのが正規の方法なので、それで解決するほかないと選挙制度を全体として管理している総務省はいっています。しかし、このような方法によって、今度の選挙で親元の選挙人名簿により投票できない人が北海道だけで280人超、全国では相当数にのぼることがわかりました。学生の皆さんの中にも、せっかく不在者投票の手続をとったのに上手くいかず、なんだよこれ!大学のいっていることウソじゃん!って怒っている人がいるかも知れませんね。情報を提供してくれた新聞社によると、このような取り扱いは以前からなされていましたが、今回18歳選挙権の行使を巡って「始めて」明るみにでたとのことです。大学としても「思わぬ事態」でした。
上に見たように、選挙人名簿への登録は居住要件に結びついています。しかし、その一方で選挙人名簿は住民基本台帳(住民票を世帯ごとに編成したもの)の記載に基づいて作成されます。住民票は住民の生年月日、住所などを「公証」(公に証明)するものなので、選挙人名簿を作るときには一番確実な個人情報の記載として使われています。しかし、住民票に記載されている住所(親元の住所)に現実に住んでいない(一人暮らし)という状態が生じます。このときに選挙人名簿の作成を住民票の記載によらず、現実に居住しているところを重視して作成すると、今回のようなことが起こります。現実に居住していることを重視する根拠の一つとしてよく引用されるのは、最高裁大法廷判決昭和29年10月20日(茨城大星嶺寮事件)です。この判決は「法令における住所とは各人の生活の本拠を指す」とし、選挙人名簿への登録もこの生活の本拠によってなすべきであり、大学の寮が学生の生活の本拠だとしています。現在の住民票に相当する住民登録は、生活の本拠を判断する一つの要素とされているに過ぎません。もうひとつは、学生の生活の本拠は大学の寮にあるのだから、親元に住民票があっても選挙人名簿への登録は学生の生活の本拠である大学の寮の所在地で行われるべきであり、親元での選挙人名簿に登録をしない取り扱いを合法であると判断している広島高裁松江支部判決平成14年12月20日(金沢大生事件)です。しかもこの場合大学の寮の場所には住民票は移されていないので、大学の寮の所在地で選挙人名簿に登録されることはなく、当面学生は投票権を行使できません。この判決は今回問題となっている事案にぴったり当てはまります。
こうしてみると、むしろ一人暮らしをしている学生の場合には、親元での選挙人名簿への登録をしない取り扱いが正しく、住民票通りに親元での選挙人名簿に登録することが間違っているようにも思われます。住民票通りに親元の選挙人名簿に登録している市町村では、居住実態を一々調べていることは煩雑でできることではない、といっていますが、それだけでは、登録しないことに問題があるとはいえません。市町村によって取り扱いが違うのは問題だから統一した方がいい、という意見があります。確かにその通りですが、その考え方では、登録しないことも間違ってはいないが、登録されたりされなかったりでは不都合だから、よくないということになります。しかし、問題はそれにとどまるものでしょうか。親元での選挙人名簿への登録をしない結果、行使が認められないのは、国民にとって最も大切な選挙権です。選挙権の行使の制限は「やむを得ないと認められる事由」がある場合に限られる(最高裁大法廷判決平成17年9月14日・在外投票権剥奪事件)ことになっていますが、親元に住んでいないことが、親元に住民票をおくかぎり投票できず他の市町村に住民票を移しても3か月を経過するまで、選挙権の行使を出来なく(制限)する「やむを得ないと認められる事由」に当てはまるでしょうか。いわゆる選挙権の空白[1]を埋めた法改正(21条2項)の趣旨にも合致しないと思われます。別のいい方をすれば従来の選挙権の空白を一人暮らしの学生にのみ合理的根拠なく押しつけるということになります。
選挙の投票は選挙人名簿によって行われ、選挙人名簿に登録されていないと投票することができません。その本来的な目的は、選挙権を持たない人が投票したり、選挙権を持っている人が、二重に投票したりしないようにするためです。その正確性の維持が必要なのもそのためです。ところで、国政選挙の選挙権は18歳以上の国民に与えられています(公選法9条1項)。この場合居住要件は含まれていません。地方選挙の選挙権は、18歳以上の国民で、その市町村の区域内に引き続き三か月住所を有するものに与えられています(9条2項)。地方選挙について居住要件が必要なのは、憲法が地方自治の観点から地方公共団体の長等の選挙は「その地方公共団体の住民が」行うとしていること(憲法93条2項)によります。しかし、選挙人名簿は、国政選挙でも地方選挙でも同一で、居住要件をもった人が登録されます。前記の広島高裁松江支部判決は、住所要件を厳格に判断することが、正確な選挙人名簿のために必要だとして、「住民票のない」生活の本拠である下宿先を選挙人名簿登録の場所だとしています。しかし、上記のような意味における選挙人名簿の正確性の維持のためには、住民票による名簿作成で十分なのであり、それ以上に居住実態を考慮する必要はないように思われます。居住要件を選挙権の基本的要件としていない国政選挙の場合は、特にそのことをいうことができます。また、国政選挙について一人暮らしの学生に親元での投票・不在者投票を認めても「選挙の公正を損なうような事情」(上記最高裁平成17年判決)は存在しません。制度の運用は、制度の本質を考えて行われなければなりません。上記のような取り扱いは、国政選挙においては居住要件が選挙人名簿作成の技術的要請に過ぎないのにこれを殊更に重視して、制度の本質を理解しようとしない誤った違憲の措置であると思います。残念ながら今回の選挙ではこの取り扱いは是正できませんが、速やかに改善されるべきものと考えます。
詳しいことは中央評論303号(2018年春号)165頁以下「判例を読もう!第9回・一人暮らしの学生は親元で投票できないか」を読んでください。