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小澤 寛晃

小澤 寛晃【略歴

エネルギーを蓄えるナノ錯体積層膜

小澤 寛晃/中央大学理工学部助教
専門分野 錯体化学・炭素化学・分子エレクトロニクス

1.エネルギーを蓄える

 皆さんはエネルギーデバイスと言えば何を想像するでしょうか?専門家の方以外には余り馴染みがない言葉かもしれません。身近にある鉛蓄電池やニッカド電池、最近では燃料電池やリチウムイオン二次電池などを総称した用語です。車に詳しい方は「エネルギー回生装置」についてよくお分りかも知れませんが、ブレーキをかける時の運動エネルギーの一部を電気エネルギーに変換する装置でこれもエネルギーデバイスになります。近年、世界中で太陽光や風力による再生可能エネルギーの利用について研究されていますが、天候など自然の状況に左右されるなど多くの問題が残っています。したがって、ただ電気をつくるだけではなく、そのエネルギーを効率よく利用するために蓄電デバイスが重要になってきます。もちろん、日々の生活にもエネルギーデバイスは重要であり、携帯電話やパソコンのバッテリーなどとして我々の生活に欠かせないものになっています。

2.エネルギーデバイスとしての電気二重層キャパシタ

 一般的にエネルギーを貯蔵するデバイスはバッテリーとキャパシタに分類されます。携帯電話やパソコンなどに用いられるバッテリーは電気エネルギーを化学エネルギーに変換して貯蔵します。特徴としては長時間安定したエネルギーを取り出すことが出来ます。一方、車のエネルギー回生装置などに用いられるエネルギーデバイスであるキャパシタは電気をそのまま蓄えるもので、瞬間的に大きなエネルギーを取り出すことができます。そのなかでも、我々は本研究のターゲットをエネルギーデバイスの一種である電気二重層キャパシタあるいはスーパーキャパシタに焦点を当てたいと思います。まず電気二重層キャパシタが電気を蓄える蓄電原理を説明します。電気二重層キャパシタは一般的な電解コンデンサなどとは異なり、誘電体を持たず、電極と電解液の界面に正負の荷電粒子が配列して形成される電気二重層と呼ばれる状態を利用します。蓄電原理は簡単で、充電には電解質を挟んだ二電極間に電位を加えることで電極界面にイオンと電荷を整列させることで電気を貯蔵します(図1左)。また、放電の際には、電荷が除かれることで溶液中のイオンは電気二重層から溶液中に戻っていきます。

 電気二重層キャパシタの特性を決める一つの要因として、電極面積が挙げられます。電極表面に貯められるイオンが多ければ多いほどより多くの電気を蓄えられ、エネルギーとして使用することが出来ます。したがって、より安定で効率的に多くの電気を蓄える電極構造体の創製が求められています。

図1 電気二重層キャパシタの蓄電原理; 充電時(左)と放電時(右)のイオンと電荷の状態

3.我々が用いた錯体積層膜

 われわれは、これまでに固体表面への修飾法として逐次的に分子ユニットを積層化してナノ積層構造を構築する方法を研究してきました。このナノ積層構造にレドックス活性物質を組み込むことでレドックス型の電気二重層キャパシタが作製できることに気づき、そのキャパシタ特性を検討しました。われわれが合成した分子は有機配位子と2個のルテニウムイオンからなるルテニウム二核錯体です。(構造を図2に示した)。一見複雑に見えますが、上下に8個のホスホン酸基を有し、このホスホン酸基により金属イオンや酸化物表面と結合することができます。積層膜を作製するためには、はじめに錯体を溶かした溶液にITO(酸化インジウムスズ)と呼ばれる導電性透明基板を浸すと、4個のホスホン酸基により第1層目の錯体膜が形成されます。この基板をさらにジルコニウムイオンを含む溶液に浸すと基板上の錯体膜に存在する上部の4個のホスホン酸基がジルコニウムイオンと結合します。次いで、この基板を再度錯体溶液に浸けると、ジルコニウムイオンの上に次の錯体が結合して2層目の錯体層が形成されます。このように錯体溶液とジルコニウムイオン溶液との交互浸漬により、分子レベルで構造を制御した積層膜を作製することができます(図3)。この積層膜の作製方法は「交互積層法」と呼ばれており、特殊な装置や技術を必要とせず、錯体とジルコニウムイオンの溶液に基板を交互に浸す操作を繰り返すだけで、望んだ層数まで積層膜構造を作ることが出来ます。

 基板上に作製した積層膜の構成ユニットであるルテニウム錯体のレドックス活性の積層数依存性を調べたところ、積層数が増すと直線的に電荷量が増すことから、積層膜のすべての錯体層が電気化学的活性を保つことができます。またレドックス反応によって積層膜内にイオンを引き寄せることができることがEQCM (電気化学水晶振動子マイクロバランス法)測定から明らかになりました。すなわち、積層膜には多くの空孔存在し、酸化により多くのイオン(電荷)を蓄えることが可能であることが分かりました。(図4)。つまり、多くの電気を蓄えることのできる優れたレドックスキャパシタ特性を示す可能性を秘めた材料となるわけです。

図2 両端にホスホン酸アンカー基を有するルテニウム二核錯体の化学構造

図3 ITO基板上への錯体積層膜の作製手順 ITO基板を錯体溶液とジルコニウム溶液に交互に浸漬することで積層膜を作製できる。

図4 錯体層の積層数を1層から65層まで増やしていった時の錯体積層膜のサイクリックボルタモグラムの変化

4.エネルギーデバイスへ

図5 (a)65層の錯体積層膜を用いた定電流充放電測定
(b)電流値を変化させた時の静電容量と繰り返し測定の関係
(c)電流密度と静電容量の関係;挿入図 ラゴンプロット 
(d)電流密度50と70 μA cm-2の繰り返し測定におけるデバイス安定性

 実際に我々の作製した積層膜がキャパシタとして働くかをフリブール大学のKatharina M. Fromm教授との共同研究で検討しました。最初に65層錯体を積層したデバイスがどれだけの電気(イオンと電荷)を蓄えられるかを調べるために、電気化学測定法として定電流での充放電測定を行いました。電流値を10-100 μA cm-2に変化させていった時の充放電特性の結果を図5aに示しました。各曲線において、0.12 Vと0.37 V付近に肩が見られます。この値は図4で示したボルタモグラムから得られた積層膜中のルテニウム錯体の酸化還元電位とほぼ一致しており、錯体膜中のルテニウムの酸化による充電過程でのイオンの取り込みと放電過程でのイオンの放出が行われていることを示しています。この積層膜デバイスの最大容量は92.2 F・g-1(10 μA cm-2)で最小容量は63.3 F・g-1(100 μA cm-2)でした。この違いはイオンの移動速度に限界があるために引き起こされます。蓄えられる容量は速度に応じて35パーセントの違いはありますが、これまでの一般的なキャパシタと比較しても、早い充放電を示し多くの電荷を蓄えられることや、電流値を変化させた充放電の繰り返しに対しても劣化は少ないことが分かりました。つぎに、電池の性能評価にも用いられるラゴンプロットを作製しました(図5c)。我々の積層膜デバイスは0.9 Vの範囲において、エネルギー密度と出力密度はそれぞれ~3736 W kg-1と~6 W h kg-1程度であり、一般的に用いられるキャパシタと比べて同等もしくはそれ以上の特性を持つことが明らかとなりました。最後に繰り返しの充放電試験を行いました。定電流50 μA cm-2で繰り返し充電と放出をそれぞれ1000回繰り返しても、70パーセント以上の性能を維持することが明らかとなりました(図5d)。

5.最後に

図6 イギリス化学会Nanoscale誌の裏表紙に採用

 我々はレドックス活性錯体ユニットをジルコニウムイオンにより繋ぐことで積層構造をもつ無機有機ナノネットワーク膜を構築しました。この積層膜は構造内にレドックスに伴い多くのイオンを蓄えることが可能で、その性能は従来のキャパシタよりも優れておりエネルギーデバイスとして高効率に働くことが分かりました。その一方、電極作製の手間やルテニウムという貴金属を用いているので価格の面など、まだまだ解決すべき問題点が多くあります。しかしながら、ナノのレベルで構造を精密に制御した錯体分子膜がエネルギーデバイスであるレドックスキャパシタとして働き、エネルギー問題に貢献する可能性を示すことが出来ました。今後も我々の「物質創製化学」がエネルギー問題に貢献できるように精力的に研究を進めて行こうと考えています。本研究成果はイギリス化学会(Royal society of Chemistry)のNanoscale誌の裏表紙に採択されました(図6)。最後に本研究はスイスベルン大学のThomas Wandlowskiグループ とフリブール大学のKatharina M. Frommグループとの共同研究により得られた成果です。

参考文献
  • 芳賀正明・小澤寛晃「ナノスケール・ミクロスケールから見えるビッグな世界」(新藤 斎 編著)、第12章、p223-242、 2013年(中央大学出版部)
小澤 寛晃(おざわ・ひろあき)/中央大学理工学部助教
専門分野 錯体化学・炭素化学・分子エレクトロニクス
愛媛県出身。1979年生まれ。2002年愛媛大学理学部卒業、2004年愛媛大学院理工学研究科卒業、2007年総合研究大学院大学物理科学研究科修了(理学)。名古屋大学研究員、九州大学研究員(特任助教)、物質材料研究機構(日本学術振興会特別研究員)を経て、2012年より現職。現在は機能性無機錯体とナノカーボン材料の融合し、新しいコンセプトのナノデバイスや日々の生活に役立つエネルギーデバイスの開発を目指し、研究を進めている。