久保 惠一【略歴】
久保 惠一/国際会計研究科客員教授
専門分野 リスクマネジメント、内部統制、CSR
地球は「水の惑星」と言われています。人類最初の宇宙飛行士のガガーリンは、「地球は青かった」と語ったとされていますが、これは、地球が海の水で覆われているからです。
地球の水のほとんどは塩水です。地球にある水の97.5%が塩水で、淡水は2.5%しかありません。その約70%は氷河、雪、氷などであり、直接利用可能なものは30%しかありません。その結果、地球の水のうち、飲料、農業、工業などに利用可能な水は1%より少ないのです。
最近の研究では、水不足にさらされている人々は、20世紀の始めには世界人口の2%でしたが、1960年には9%になり、2005年には35%にまでなったと報告されています。この原因は、人口増加と工業化の進展です。
人口が増加すると生活水としての水が必要になるだけでなく、食料生産のため農業や畜産に使う水が必要になります。また、工業化により企業が製品を製造する際に水が必要となります。豊かな社会になればなるほど、水が必要となるのです。これらの水は海水で代替することはできません。
地球の人口は2011年に70億人を超え、2050年までには90億人に達すると言われています。世界では水不足がどんどん進んでいます。
皆さんご存知の「ふるさと」という唱歌の一番の歌詞は、有名な「小鮒釣りしかの川」、三番は「水は清きふるさと」で終わります。日本の田園風景には水がつきものです。世界では深刻な水不足になってきているにも関わらず、日本で水不足と言われても他人事のように思われます。日本では降水量が多いため、各地で洪水被害が発生します。日本では水が多すぎて困る事があるほどです。
一方、1人当たり水資源が日本の2倍の米国では、五大湖に豊富な水がある一方、砂漠地帯があり、夏には自然発火による山火事が起こるぐらい乾燥する地域もあります。
中国人が北海道の水源を買っていると報道されたことがありました。これは中国人が水の大切さを理解している証拠と言えます。
実は中国は水が不足する国なのです。中国の1人当たりの水資源は日本の約半分です。今後工業化がますます進み、都市人口が増えると水不足が深刻化します。このため、中国では南の揚子江の水を北京や天津に引く「南水北調」を国家プロジェクトとして進めています。中国に限らず 人口が急増する国においては、水対策が欠かせません。水が不足すると工業化の進展もストップすることになります。
水の問題は、一国が解決できる問題ではない点で、地球温暖化問題と似ています。しかし、地球上で温室効果ガスの濃度差はほとんどありませんが、前述のとおり、水は不足する所とそうでない所が遍在するのです。このため、水問題の解決のためには、まずは国際的な理解が必要となります。
水は日本にビジネスチャンスをもたらすことを知っている人は多いですが、日本が世界有数の水の輸入国であることを知っている人は少ないと思います。ミネラルウォーターや飲料を輸入しているというのは分かりやすいですが、それだけではありません。
農作物や肉などを輸入するということは、それらを育てるための水を輸入しているのと同じです。1kgの米を作るのに水が3,700リットル、鶏肉では3,200リットル、牛肉に至っては20,600リットルもの水が必要と言われています。
工業製品の製造にも水が使われます。例えば、半導体の製造には大量の水が必要です。化学工場や製鉄工場では、冷却水や温度調整用に大量の水を使います。まだ日本には輸入されていませんが、シェールガスの採掘には大量の水が必要です。
製造業などで使われた水は、「消費」されるわけではありませんが、きれいな水を汚すことになります。汚染された水は生活水や農業用水には使えません。
輸入された農産物や工業製品にはどれだけの水が必要かを推計した「バーチャルウォーター」という考え方があります。バーチャルウォーターを考慮すると、日本は水の輸入大国であることが分かります。
世界の水不足というと、日本では「水ビジネス」のチャンスと考える企業が多いと思います。書店でもこれに関する本が多く並んでいます。東レなどの海水の真水化のための逆浸透膜技術や、荏原製作所のポンプなどは、日本の技術が生かせる分野です。
一方、ヴェオリアやスエズといった水メジャーと呼ばれるフランスの会社があり、水プラントの建設だけでなく水事業の管理運営を総合的に行っています。日本企業も、これを見習って複数の企業が協力して海外の水事業を受注するべく努力しています。
水は日本企業にとってビジネスチャンスというだけではありません。実は、日本企業はさまざまな形で海外の水を使っていることを理解する必要があります。
すでに述べたとおり、国内には水が豊富ですが、実はその何倍もの水を海外から輸入しているのが、日本の現状です。日本が輸入しているのは、水が不足する国や地域だとしたらどうでしょうか。その国や地域の人たちが使うはずの水を日本が取り上げているということになります。
そのように考えると、企業が農作物や部品などの工業製品を輸入するときに、生産地には水不足の問題がないか、ということを十分に検討することが必要です。
もちろん、日本企業が海外に進出する際には、工場などで使用する水が得られるかを検討すると思います。それだけでなく、その地域で水を使うことにより、どれだけ地域に影響を与えるかを検討することが必要です。また、水を使う場合には、できる限り少なく水を使う努力も必要です。
実際に、有名な飲料会社が大量の水を使ったことから水不足が深刻化し、大きな社会問題になった結果、その会社の製品がボイコットされた事例がありました。工場で使う水が確保できる地域であっても、水の使用が地域住民の生活水や農業・畜産用水を奪うことにならないようにしなければなりません。
上記は、サプライチェーンの川上の話ですが、サプライチェーンには川下もあります。すなわち、自社製品が使用されるときの水の使用です。川下のサプライチェーンに配慮している例として衛生陶器のTOTOがあります。同社は、少ない水でも流せる節水トイレの開発に注力しています。
海外において、工場や農業・畜産で水を使う場合、使っただけの水を返すような活動も必要となります。
サントリーは「天然水の森」の活動により、水源エリアの森を保全することにより地下水を涵養(かんよう)する努力をしています。これは18カ所、8,000ヘクタール(2015年4月現在)にのぼり、自社工場で汲み上げる地下水の量を上回る地下水を蓄える森となっています。
サントリーは米国でバーボンウイスキーの会社を買収するなど、今やグローバル企業となっています。「天然水の森」活動は今の所日本国内に留まっているため、今後は海外でこのような活動をする検討をしているとのことです。
海外では、コカコーラやビール会社のモルソン・クアーズなどは、このような森を保全する活動のほか、水不足の地域での水道事業への資金提供や水浄化の活動を行っています。半導体製造のために大量の水を使うインテルは、使用済みの水を飲料用に使えるレベルに浄化して地下水として戻しています。
以上で、人間の生命や企業活動に欠かせない水の状況が理解できたと思います。海外に進出する日本企業は、進出先での水の使用に配慮しなくてはいけません。海外に進出していない日本企業でも、輸入する食糧や鉱工業製品の生産に多くの水が使われています。これらが企業にとっての「水リスク」となります。
日本企業は、環境への配慮は進んでいますが、水問題への対応は環境対策とは別の次元で考える必要があるという点を十分理解していないように思います。たとえば、汚染した水を浄化して川に流すのは環境対策ですが、その水が海に流れ出ると飲み水や農業・畜産用水にはなりません。
サントリーの先進事例はあるものの、生産活動における節水、水を地下水に戻す活動、水不足地域への水問題への取り組みなどに関しては、日本企業は、欧米のグローバル企業に比べて遅れていると考えられます。
水リスクへの対応は、企業の社会的責任(CSR)としての活動を超えて、企業戦略そのものであるという認識が必要な時代になっています。