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今堀 慎治

今堀 慎治【略歴

芸術的なタイリング

今堀 慎治/中央大学理工学部教授
専門分野 組合せ最適化、数理情報学

1 はじめに

 タイリング(もしくはタイル)と聞いて思い浮かべるものは何でしょうか? 多くの人にとって身近なタイリングは、風呂や台所で目にする、正方形や長方形のタイルが整然とならんだものではないかと思います。しかし、もっと自由でいろいろな種類のタイリングが私たちの身の回りには数多く存在します。例えば、タイリングは古代ローマやアラビア文化において建築物の床・壁・天井などを飾るアートとして使われており、現在でもスペインのアルハンブラ宮殿などでその姿をみることができます。一方、近年になって、オランダの芸術家エッシャーにより、動植物などの複雑な形状のタイルを用いたタイリング作品が発表され、新しい芸術表現の一つとして注目されています。本稿では、それらの中から芸術的なタイリングについて紹介したいと思います。

2 タイリングとは?

 まず、本稿で考えるタイリングとは何かを定義します。

タイリング: 1種類の同じ形の図形(タイルと呼ぶ)によって、平面を隙間も重なりもなく規則的に敷き詰めたもの。

 世の中には2種類以上の図形によるタイリングや、平面以外のものを埋め尽くすタイリング(例えばサッカーボールは、正五角形と正六角形で球面を埋め尽くしています)もありますが、ここではいったん忘れることにしましょう。さて、1種類の図形による規則的なタイリングにはどのようなものがあるでしょうか。もしかすると非常に単純なタイリングしか思いつかないという人もいるかもしれません。実際、正多角形(辺の長さと辺の間の角度がすべて同じ多角形)によるタイリングに話を限定すると、タイルの形状は正三角形、正方形(正四角形)、正六角形の3種類のみであることが知られています。しかし正多角形という限定をとっぱらえば、五角形によるタイリング(例えば野球のホームベースの形は平面を埋め尽くすことのできるタイルです)や、七角形、八角形、・・・によるタイリングも存在し、実は平面を埋め尽くすことのできる図形は無限に存在することが分かっています。

3 エッシャー風タイリング

 さて、そろそろ表題にある「芸術的な」タイリングの話をしましょう。エッシャーという芸術家をご存じですか? エッシャーは20世紀に活躍したオランダの画家(版画家)であり、紙には描けても立体としては作れそうにないだまし絵や、動植物などの複雑な形状のタイルを用いたタイリングなどを素材として、不思議で独創的な芸術作品を多く残しました。彼の作品をこれまでに見たことのない人や、数点だけ見たことがあるという人は、エッシャーの公式サイト(http://www.mcescher.com/新規ウィンドウ)をぜひ一度ご覧ください。英語(とオランダ語)のサイトですが、作品を楽しむためには英語やオランダ語の知識は必要なく、不思議で素敵なエッシャーの作品をたくさん見ることができます(メニューのギャラリー(Gallery / Galerij)から鑑賞可能です)。また、「エッシャー」というキーワードでインターネットを画像検索すると、エッシャー本人の作品や、エッシャーの作品に関連した多くの素敵な作品に出会うことができます。

 エッシャーの作品(ここではタイリング作品)を眺めていると、自分でもそのような絵が描けたらいいなと思うのではないでしょうか。しかしその一方で、そのような作品を作るためには、芸術的なセンスや気の遠くなるような努力が必要となり、普通の人には到底無理だろうと諦めるかもしれません。でも実は、様々な種類のタイリングを作る方法は体系化されており、その技術を学ぶことで誰でも複雑な形状によるタイリングの創作が可能です。さらに、次項で紹介するアルゴリズム(問題の解き方)を用いると、単に複雑な形状によるタイリングではなく、自分の好きな形によるタイリングの生成が可能となります。

4 タイリング生成アルゴリズム

 ここでは、エッシャーの作品のような、自由で複雑な形状によるタイリング作品を作る方法を紹介します。標準的なタイリングの作成法は、まず基本形状(三角形や四角形など)のタイルで平面を埋め尽くし、その後でタイルの形を少しずつ変形させます(詳しくは本文末で挙げる参考文献などを読んでください)。芸術的なセンスがあれば、試行錯誤をする中で素敵なタイリング作品を創ることができるでしょう。しかし残念ながら、私にはそのような芸術センスがまったくありませんでした。そこで、最適化やアルゴリズムといったものを用いることでエッシャーのようなタイリングの制作を行いました。

 はじめに、犬でも猫でも魚でもなんでも構いませんので、好きな絵を1つ描きます(この絵を図形Sと呼びます)。タイリングできる図形を描くことは難しいですが、そんなことを気にしなければ犬や猫や魚の絵を描くことはできるでしょう。もし図形Sがタイルであれば、つまり自由に描いた図形Sで平面を隙間も重なりもなく埋め尽くすことができれば、とても素敵なタイリング作品の完成です。しかしそのようなことは奇跡であり、起こりそうにありません。そこで、ある図形S を与えたとき、「図形Tは平面を敷き詰めることができる」、「図形TはできるだけSに近い形である」という2つの条件を満たす図形Tを見つける問題を考えます。このように、制約条件(図形Tは平面を敷き詰める)の下で目的(図形Tはできるだけ図形Sに近い形)を達成する答えを見つける問題を最適化問題と呼びます。初めに描いた図形Sと十分に近い形のタイルTが見つかれば、きっと素敵なタイリング作品となるでしょう。では、どうやってこの問題を解けばよいのでしょうか?

 私は組合せ最適化問題に対するアルゴリズム(問題の解き方)を設計することを専門分野としており、エッシャー風タイリングを生成するアルゴリズムを開発しました。つまり、芸術的なタイリングを手作業で創造する代わりに、図形Sを与えたらタイルTを求めるプログラムを作りました。アルゴリズムの詳細をここで説明することはしませんが、線形代数学などの数学の授業で学ぶ、行列の固有値・固有ベクトルの計算などにより、入力図形Sにもっとも近い形のタイルTを求めることができます。私たちの開発したエッシャー風タイリング生成アルゴリズムを使って生成したタイリングを鑑賞し、タイリングの楽しさを少しでも感じてもらえればとても嬉しいです。

ネコ

ペンギン

タツノオトシゴ

ペガサス

5 おわりに

 本稿では、平面を隙間も重なりもなく埋め尽くすタイリングを題材とし、芸術家エッシャーのようなタイリング作品を創造する方法を紹介しました。最後に、本稿では取り上げることのできなかったタイリングに関する2つの話題に簡単に触れたいと思います。

凸五角形による新しいタイリングの発見: 五角形によって平面を埋め尽くすことができると書きましたが、凸五角形によるタイリングは20世紀の初頭から分類が行われています。1985年に14種類目のタイリングが発見され、その後30年もの間、新たな発見はありませんでした。しかし、今年8月にコンピュータを使った探索によって15種類目のタイリングが発見されました。今後、さらに新しい種類のタイリングが発見されるかどうか注目を集めています。
2種類の図形によるタイリング: エッシャーの作品にもあるように、複数種類の図形を用いたタイリングも興味深い研究対象です。制作過程はここでは説明しませんが、私たちがコンピュータを用いて設計したタイリング作品を2つ掲載します。また、図形を規則的に並べるのではなく、不規則に(非周期的に)並べるタイリングも多数存在し、有名なものにペンローズタイルによるタイリングがあります。数学として興味深いのはもちろんですが、準結晶と呼ばれる新しい物質との深いつながりもあり、さらなる研究の進展が期待されています。

トリとサカナ

タツノオトシゴとラクダ

参考文献
  • 杉原厚吉著「タイリング描法の基本テクニック」(誠文堂新光社、2009)
今堀 慎治(いまほり・しんじ)/中央大学理工学部教授
専門分野 組合せ最適化、数理情報学
愛知県出身。1976年生まれ。
1999年京都大学工学部卒業。
2001年京都大学大学院情報学研究科修士課程修了。
2004年京都大学大学院情報学研究科博士後期課程修了。 博士(情報学)・京都大学。
東京大学大学院情報理工学系研究科特任研究員・助手・助教、
名古屋大学大学院工学研究科講師・准教授を経て2015年より現職。
現在の研究テーマは、実社会に現れる様々な課題(具体的には、図形配置問題、スケジューリング問題、経路設計問題などの組合せ最適化問題)の解決に役立つ、実用的なアルゴリズムを数理の視点から構築することである。