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研究一覧

中村 周史

中村 周史【略歴

国際金融と信用収縮‐危機の傍らにあるもの

中村 周史/中央大学総合政策学部准教授
専門分野 国際マクロ経済学、金融政策

はじめに

 私は大学入学以前から金融に対して興味を持ち始め、それが現在まで続いた結果、国際金融や金融政策を対象として研究をしています。特に、国際的な信用収縮という現象が経済全体にどのような影響を持つのか、ということが最大の関心事なのですが、これらの分野は一般にはあまり身近に感じられない、またイメージしにくいことのようで、説明には毎回苦慮しています。今回は「金融とは」というと入り口から、大まかにではありますが、私の研究対象の話をしたいと思います。

不確実性が伴う金融取引の仕組みと問題

 金融とは字のごとく、「お金を融通する」ことを指します。金融取引の特徴は、製品やサービスと同様に相手方がいて「何か」を交換するということだけでなく、その「何か」が「現在と将来」という時点をまたぐ権利であるという点です。例えば、お金の貸し借りというのは、その時点で貸すという取引は起きているわけですが、金融取引そのものはまだ完了はしていません。貸し手は「将来借手からお金を受け取る」という権利を得る代わりにお金を貸しているので、借り手は「将来貸し手にお金を返す」義務が生じます。したがって、取引が完了するのは将来相手からお金を返してもらった時点となるわけですが、これは非常に厄介な問題です。現時点で終わる取引であれば、その場で取引が完了するため、確実に結果が分かるのですが、将来のことは誰にも正確には分かりません。これが金融の面白いところでもあり、難しいところでもあります。

 こうした将来にかかわる権利のやり取りこそが、全ての金融取引に共通する本質であり、それは例え国際間であっても変わりません。現在の世界では、こうした不確実性を持つ取引が日々膨大に交わされています。また、誰かにとっての貸し手は誰かにとっての借り手といったように、非常に複雑な多重構造として世界中でつながっています。この関係は後ほど説明する近年の金融危機の話と密接な関係を持っています。

リスクを引き受けるのは誰か?

 国際金融取引は通常異なる通貨を使っている国家または地域間の金融取引となってしまうため、為替レートというものが登場します。この為替レートというものは殆どの人、特に学生にとっては、中学校の社会の授業やニュース番組で目にする程度のもので、それがどういう意味を持つ存在なのかはなかなか実感を伴わないようです。これは経済学部で講義を受けた学生であっても、やはり同様です。

 その原因は、我々の生活する日本経済とその通貨「円」にあります。日本円という通貨はいわゆる「国際決済通貨」の一つであり、それ自体で国際取引や為替取引を直接行うことが出来る世界でも数少ない通貨です。また、日本経済は既に十分な経済規模を持っており、国内金融市場も発達しているため、資金調達を国外に頼る必要も余りありません。そうした結果、私たちの日常には為替を意識しなければならない瞬間が殆どなく、大部分の人にとっては関心もない、というわけです。

 しかし、世界の大半の国や地域においては、より身近で重要な問題である場合が多くあります。国内の金融市場が十分に発達していない新興経済にとっては、資金を調達する際に頼りになるのは余剰資金の豊富な外国です。そのような外国にとっても、経済の成長率が高く投資先としても魅力ある地域であれば、資金をそこで運用したいと考えるでしょう。ただし、大きな問題があります。国際間をまたぐ金融取引では、通常は通貨が異なってしまうのです。この場合、その国の為替相場が貸し手側の通貨に対して完全に固定されていない限り、為替相場が変動するリスクを貸し手か借り手のいずれか一方に背負わせなければいけません。

 例えば、もし貸し手が現地通貨建てでお金を貸す場合、将来無事返済されたとしても、その現地通貨は貸し手の自国内では使えないため、自国通貨へと両替する必要があります。しかし、貸した時点と返済時点では為替レートは変動している可能性があり、場合によっては大きな損をしてしまいます。また、国際決済通貨でない通貨を両替するためには、それに応じてくれる相手を探す苦労が伴います。なかなか見つからない場合、その間にも価値が変動するので投資家は冷や汗をかくことになるでしょう。こうした交換のしにくさを流動性が低いと表現しますが、流動性の低さはそれ自体が貸し手側にとって大きなリスクです。

 このように、国際金融取引は国内での金融取引に比べ一層不確実性が大きくなってしまいます。そのため、外国の投資家は新興国に資金供給する際に、より流動性の高い通貨で貸したいと考えます。BIS(国際決済銀行)の資料によれば、2013年時点で為替取引全体を200%とした場合に、米ドルが87%、ユーロが33%で、この2通貨だけで半分以上を占めています。日本円と英ポンドを含めると全体の155%に上っています。この事実はこれら通貨の流動性の高さを物語っており、貸す側は可能な限り米ドルやユーロを選択します。結果、借り手である新興国側が為替変動のリスクを負うことになるため、彼らにとって非常に重要で深刻な問題となるのです。

ローンを外貨で組む世界

 ここまで解説をしても、日本で生活している人にとってはそれが何故深刻なのかは実感しにくい問題であると思います。それは、この話を企業や銀行だけの問題のように捉えてしまい、家計単位では無関係であるように考えてしまうからです。例えば、家計が住宅ローンを外貨で借りる状況があることは、私達からすれば想像しがたい状況でしょう。しかし、こうしたことは現実に世界中で散見され、中東欧諸国のように、先進国の大規模な銀行が支店や子会社を新興国に設置し、家計や企業に対して直接外貨建てで貸し出すことも多々あります。また、かつての東アジアのように現地の銀行が先進国から外貨建てで資金を受け、それを現地の家計や企業に現地通貨建てで貸し出す場合にも、銀行の財務状況や貸出態度が為替変動によって左右されるため、経済全体では同じような状況が発生してしまいます。そのため、殆どの国にとっては為替変動を含む国際金融上の問題は無関心ではいられないのです。

 とはいえ、普段からそのような問題に家計が悩んでいるのかと言えば、そうではありません。多くの場合、為替相場制度として特定通貨に対する固定相場制度や事実上の固定相場制に近い制度を取ることで、こうした問題を排除、または軽減しようと政府が考えるためです。したがって、通常は急激な為替変動による不利益がその経済に発生しないようになっています。

近年の金融危機の周辺にあるもの

 勿論、「通常は」とわざわざ書いたのには理由があります。時々、世界では「通常」ではない事態が起こるためです。それが通貨危機や金融危機です。ただし、これらの危機がその国で起こる必要はありません。これが現在の国際金融市場の恐ろしいところです。例えば、2008年に起きた世界金融危機や2009年以降のユーロ圏での債務危機の際に、当事国・地域以外でどういった現象が起こっていたのかを例に見てみましょう。

 これらの危機の際、先ほど挙げた中東欧諸国では、経済成長率は急落し、失業率や不良債権比率は急上昇してしまいました。しかし、こうした国々は2つの危機のいずれにも直接的には関係していませんでしたし、経済状況も良好でした。特にその経済成長は、ユーロ圏への輸出だけでなく、自国の内需の拡大によっても支えられており、単純に輸出が減ったから、というわけではないのです。

 この現象を理解するための鍵となるのは、国際金融市場で圧倒的なシェアを占め、国際仲介機関としての役割を果たす欧州の金融機関、特に銀行です。2つの危機の当該国はいずれもこの欧州の銀行の大きな運用先であり、そこで相手が返済不能に陥ると、当然貸し手である欧州の銀行の財務状況は悪化しました。しかも、その状況を分かっている米国や日本の銀行は、なかなか欧州の銀行の資金調達に応じてくれないので、ますます窮地に立たされます。そこで、財務状況を改善するために行われたのが、銀行の資産圧縮、つまり他の貸出先からの資金の引き上げでした。これを信用収縮と言います。

 その対象の中でも、特に中東欧諸国では、現地有力銀行の殆どがオーストリアをはじめとするユーロ圏の銀行の傘下にあり、貸出はユーロ、またはスイス・フラン建てで行われていました。これは企業部門に対してだけでなく家計部門に対しても同様です。2000年代の中東欧諸国の高い経済成長を支えていた家計や企業部門の消費・投資といった内需拡大は、実はユーロ圏からの資金による下支えがあったのです。この資金を失った内需は、急速に減少しました。しかも、外貨建て借り入れは返済時に外貨に換える必要があるため、現地通貨を売って外貨を買うという通貨の売買が発生します。つまり、引き上げ時には為替レートが減価方向に動くのです。結果、急激な資金流出による為替レートの大きな減価が発生し、現地通貨建てでの借金は借りた時よりもずっと大きくなってしまいます。これでは当然、返済不能に陥る家計や企業が出てきます。

 実際、2つの危機以前にはこの地域の不良債権比率は平均で3%程度でしたが、2013年には12%程度まで上昇しています。危機に直接関係したEUの2013年の平均が7%であることを踏まえれば、国際金融取引で起こる信用収縮がどれほどの影響を持つものか理解できると思います。資金の流出入においても著しくグローバル化が進んだ現在では、危機は当事者間の問題にとどまらず、別の危機の口火となる可能性すら十分にあるのです。

おわりに

 ニュース等では危機のそのものに焦点が当たるため、私の関心事はなかなか理解されにくいのですが、私はこうした信用収縮が新興国経済の労働市場や資本市場と言った各市場にどのように波及し、どのような政策でそれに対処すべきか、という研究をしています。誰かにとっての貸し手が誰かにとっての借り手であるような非常に複雑な今の世界では、危機の連鎖を生まないようにするための備えが必要とされています。

中村 周史(なかむら・ちかふみ)/中央大学総合政策学部准教授
専門分野 国際マクロ経済学、金融政策
山口県出身。2007年一橋大学卒業。2008年一橋大学商学研究科修士課程修了し、2011年一橋大学商学研究科博士後期課程修了。博士(商学)。杏林大学助教、九州大学経済学研究院講師を経て、2015年4月より現職。