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三木 朋乃

三木 朋乃【略歴

企業の環境への取り組みに関する経営学的研究

三木 朋乃/中央大学商学部助教
専門分野 経営戦略論、経営組織論

はじめに

 企業の環境への取り組みについては、さまざまな学問領域において研究が行われています。私は経営学的な視点から興味を持っています。以下では、経営学の視点から研究をする意味はどこにあるのか、企業と環境問題との関わりの歴史を振り返りながら、見ていきたいと思います。

環境問題への取り組みとトレードオフ関係

 社会的には、1970年代に公害や環境破壊といった社会問題が起きる中、地球環境に配慮した取り組みが注目されるようになりました。中でも企業が地球環境に与えている影響が取り上げられ、製品・サービスをただ作るだけでなく、周辺環境、地球環境に配慮した企業活動が求められるになりました。

 環境問題の解決は、国家政策、あるいは世界的な政策として取り組まれてきました。具体的には、環境規制をもうけて企業活動を制限し、環境問題の解決が試みられてきました。例えば、自動車の排気ガス規制や、電気電子機器への特定有害物質の使用制限などがあります。

 こうした環境政策の是非を問うために、経済学の知見を応用して行われてきたのが、環境経済学における研究です。また、企業のあるべき姿や倫理観ついて、経営哲学(management philosophy)や企業倫理(business ethics)、コーポレートガバナンス(corporate governance)といった学問領域で議論されてきました。

 1970~80年代の企業にとって、環境問題への取り組みは、企業の本業活動とは一線を画すものでした。そのため、慈善活動(Philanthlopy)として捉えられ、企業のコストを増加させ、生産性や競争力に負の影響を及ぼすものとして考えられていました。環境問題への取り組みは社会的に必要なことは理解しつつも、企業単体として取り組むことはコストがかかるため、ここにトレードオフ関係が生じていたのです。

「企業のイノベーション」としての環境問題への取り組み

 しかし、近年では、環境問題解決への取り組みは、企業にとって慈善活動や負荷といった捉え方ではなくなりつつあります。1990年~2000年代にかけてCSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)という言葉が登場したように、本業の延長線上として環境問題解決に取り組み、地球環境に配慮した製品やサービスを提供しようという取り組みが活発になってきました。地球環境配慮型の製品・サービスは技術開発にコストがかかるため、商品としては割高になりますが、消費者の意識も高まる中、長期的な視点から商品を購買する消費者も増えています。

 例えば、トヨタ自動車が販売しているプリウスという製品を考えてみましょう。プリウスは、ハイブリッドカー(hybrid vehicle)と呼ばれます。ハイブリッドとは「掛け合わせる」という意味で、化石燃料である石油を動力とする内燃機関(ガソリンエンジン)と、電気を動力とする電動機(電気モーター)、2つの動力源を搭載していることから、このように呼ばれます。石油を燃やして発生するCOは、地球温暖化につながるため、国際的にCOを削減するために取り組みが行われています。ハイブリッドカーは、石油だけでなく電力を使って走ることもできるため、普通のガソリン車よりもCO排出が少なくて済みます。ただし、プリウスのハイブリッドシステムを開発するためには、多くの費用がかかっているため、一般的なガソリン車よりも高価格です。しかしながら、プリウスは予約待ちができるほどの人気製品です。なぜなら、燃費がいいからです。普通のガソリン車の燃費は7~10km/lと言われますが、プリウスは20~30km/lです。そのため、同じ走行距離でもガソリン代が半分ほどで済むため、長期的な視点で見ると家計に優しいのです。プリウスの燃費の良さ、CO削減という特徴によって消費者の選好は高まり、高価格でも売れています。

 このように、環境問題への取り組みと企業の利益最大化は両立できることがわかってきたため、同時に目指そうとする企業活動が活発になっています。

環境分野におけるイノベーション研究の課題

 では、環境分野における企業活動の研究動向はどうなっているでしょうか。例えば、環境規制と技術イノベーションに関する研究は環境経済という学問領域において行われてきました。「適切に作られた環境規制は、企業のイノベーション活動を促進する」という仮説を発表したのは、経営戦略の領域でもよく知られている、ハーバード大学教授のマイケル・E・ポーターです。この仮説は「ポーター仮説」と呼ばれ、その後、多くの研究者がこの仮説の検証を行ってきました。しかし、多くは環境経済学において行われてきたため、マクロレベルからの分析が多く、個別の企業や、企業プロジェクトを単位とした分析はあまりありません。

 また、CSRと企業のイノベーション活動に関する研究も発展しています。理論的には、CSRが企業のイノベーションを促進するという側面に加え、そうした企業のイノベーションがCSRを促進することについて同意されています。しかし、CSRが登場してからまだ時間が経っていないこともあり、実証研究はほとんど蓄積されていません。

 環境分野におけるイノベーション活動を実際に行うのは企業にもかかわらず、これまで、企業単位あるいは企業のプロジェクト単位を分析対象とした、イノベーションメカニズムの研究はほとんど行われていないことが分かります。私が興味を持っているのは、この未着手の分野です。優れた技術を持っていても、それが最終的に企業に利益をもたらさなければ、イノベーションは成功したといえません。優れた環境技術を用いてどのように事業化を行い、ビジネスモデルを作り上げ、自社に利益が落ちるような仕組みを作るかは、企業のマネジメント上の問題です。これが冒頭で述べた、「企業の環境への取り組みについて、経営学の視点から研究」することです。実際の企業プロジェクトを対象として、技術開発から事業化を経て、収益の果実を生み出すまで、企業マネジメントの一連のプロセスを解明する研究になります。

環境分野におけるイノベーションメカニズムの解明と日本企業の競争力

 こうした研究は、環境分野のイノベーションが増加している今、実務的にも意味のある研究と言えます。優れた環境分野の技術があれば、企業に利益がもたらされるわけでもありません。国内外のライバル企業との競争や協調も踏まえて、市場を拡大し、かつ自社に利益が落ちるような仕組みを作っていく必要があります。とりわけ、日本企業はこうしたマネジメント上の課題を抱えており、国際競争に取り残されないためにも、この問題の解決が重要であると考えます。

 ここで、太陽光発電の事例を見てみましょう。太陽光発電は、再生可能エネルギーといって、COを排出せず、かつ太陽がある限り無限に生み出すことができます。太陽光で発電を行うためには、ソーラーパネルが必要です。日本では、2011年に固定価格買取制度が始まり、住宅用および非住宅用ともに需要が増加しました。日本におけるソーラーパネル出荷量の内訳を見てみると、2012年時点で、住宅用は約90%、非住宅用は約70%が日本企業のパネルです。この高いシェアは、一見すると日本企業に利益をもたらしているように思えます。しかしながら、日本企業が売っているソーラーパネルは、100%国産のものが減少しています。組立のみを国内で行って国内生産品として販売したり、あるいは中国からOEM供給されたパネルに日本企業のブランド名をつけて販売したりしているのが現状で、多くの利益は中国のような人件費の安い国にもたらされてしまっています。こうした現象が起きる背景には、ソーラーパネルの激しい価格競争があります。ソーラーパネルにはいくつか種類がありますが、現在、太陽光をエネルギーに変換するためにシリコンという半導体を用いた製品が主流です。家電も含め、半導体製品の多くは、性能の差がほとんどなく、消費者の選好は価格に左右されるという特徴があります。このように、太陽光発電の領域では、日本企業は優れた技術を持っていても、利益という果実を享受できず、競争優位を築けているとは言い難い状況です。

 優れた環境技術を用いた製品を普及させ、かつ自社に利益が落ちるような仕組みをどのように作っていくのか。環境分野におけるイノベーションマネジメントについての知見を深めるには、経営学的視点からこの分野におけるイノベーションメカニズム研究を蓄積していく必要があるのです。

三木 朋乃(みき・ともの)/中央大学商学部助教
専門分野 経営戦略論、経営組織論
鹿児島県出身。
2003年 一橋大学商学部卒業
2005年 一橋大学大学院商学研究科 修士課程修了
2008年 一橋大学大学院商学研究科 博士後期課程修了
博士(商学)(一橋大学大学院)
一橋大学特任講師、立教大学助教を経て、2014年より現職。
現在の研究課題は、環境技術のイノベーションなど。