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平澤 哲

平澤 哲【略歴

教養講座

組織を見るレンズとしての組織文化と組織アイデンティティ

平澤 哲/中央大学商学部准教授
専門分野 経営組織

はじめに

 組織文化という言葉が浸透してきました。仕事や組織図では表現されえない、得体の知れない何かを感じる場合、それを組織の文化という言葉で表現するようになりました。また、今や、これを使って組織を管理しようとしているのです。こうした言葉は、何かの現象を目の当たりにした時に、私たちの理解を助けてくれる「レンズ」のように働きます。カメラのレンズが被写体に迫るように、こうしたレンズを通じて様々な出来事に何らかの説明を与えるのです。以下では、私たちの日常生活で定着しつつある「組織文化」と、最近用いられるようになってきた「組織アイデンティティ」という2つのレンズを中心にして、組織に存在する目に見えないものがどんな風に読みとれるのかを紹介します。

組織文化

 もともと文化人類学や社会学の言葉であった「文化」が経営の世界で用いられるようになったのは1980年代に遡ります。そのトレンドに貢献した本が「エクセレント・カンパニー」でした。戦略や数量分析をベースにした合理主義的な経営スタイルを批判し、文化こそが優れた企業の条件であることを主張しました。そして、成功しているアメリカ企業の中に、行動の重視、顧客への密着、自主性と企業家精神、人を通じての生産性の向上、価値観に基づく実践、基軸から離れない、単純な組織・小さな本社、厳しさと緩やかさの両面を持つ、という共通の特徴を見出したのです。優れた組織文化を築くことにより、多様なメンバーの意見をまとめ、環境変化に適応できる組織を作り上げることの大切さが広く理解されるようになりました。

 例えば、中央大学という組織を考えてみても、理念、事業計画、組織図、学則、教職員・在校生・卒業生の名簿を整理してみたところで、ダイナミックな活動を把握するのは難しいようです。もっと深く理解しようとするなら、大学設備、経営方針・計画、組織構造、専門業務というハードな側面に留まらず、教職員・学生の意識や行為、そこから生まれる「組織文化」といったソフトな側面の理解も大切になります。

 それでは、組織文化とは、一体、何でしょうか。シャインは、1)人工物、2)標榜されている価値観、3)背後の仮定、という3つの水準から定義しました。ここで、人工物とは、社内文書やオフィスのレイアウトなどであり、標榜される価値観には経営理念や社訓が含まれます。さらに、その奥に無意識の信念・感情を含む背後の仮定があるのです。組織文化という言葉は、実は、とても複雑な現象を表現しているのです。

 こうした文化の形成には、創業者が大きな役割を果たします。例えば、中央大学の創立者は、「實地應用ノ素ヲ養フ」という建学の精神を19世紀に掲げましたが、こうした実学の伝統は「行動する知性。-Knowledge into Action- 」というユニバーシティ・メッセージとして、21世紀も受け継がれています。創業者によって刻印づけられた文化は、組織のメンバーが入れ替わっても、教育・人事、手続き、慣習といったシステムを通じて、維持されていくことになるのです。

組織文化というレンズの副作用

 ただし、このレンズには副作用があります。身の回りのソフトな現象を魔法のようにスムーズに説明してしまうため、それ以上の思考を停止させてしまうリスクです。組織の成功・失敗を文化に帰してしまうのは簡単ですが、それを確かめることは実は難しいのです。また、アメリカのGE社の企業変革の成功エピソードが有名になり、文化を変えることが容易であるという印象も強まりました。しかし、心の奥底にある、意識できない背後の仮定を変えることは容易ではありません。「人が文化を支配するというよりも、文化が人を支配している」とシャインが指摘するように深層の文化を思い通り変えるのは不可能に近いのです。

 この言葉の魔力に囚われた体験が私にもあります。ある研究開発ベンチャーの調査において、朝礼から経営会議まで幅広い活動を観察していた当時、組織文化という言葉を使うと、様々な出来事を一応に理解できるようになりました。実際、創業者による文化の創造と定着という定説は、日々の観察にフィットする部分が多くありました。しかし、観察を続ける中で、文化に留まらない「何か」を感じるようになりました。研究開発ベンチャーの場合、株主・投資家、科学者、提携企業、産業育成の公的機関、マスメディアなど多様なステイクホルダーの「目」を意識しながら、創業者は、ソフトな部分を作り上げようとしていたのです。それは、文化のように組織内部に限定されるのではなく、むしろ、組織の内部と外部のインターフェースとして作用する何かでした。

組織アイデンティティ

 こうしたソフトな側面を捉えるもう一つのレンズが「組織アイデンティティ」です。これは、組織として我々は一体何者であるのか、に関する組織メンバーの集合的な理解を意味する学術用語です。「アイデンティティ」という言葉には、他者が自己をどう見るのかという外からの視点と、主体が自己をどう見るのかという内からの視点の2つが含まれます。社会心理学者のミードは、前者を「客我(me)」、後者を「主我(I)」と呼びました。こうした二重性は、組織アイデンティティという言葉にも引き継がれています。組織文化が内からの視点を強調するのに対し、組織アイデンティティは内外の視点の相互作用に注目するのです。例えば、チャルナスカの研究では、スウェーデンの財政赤字の中で、公的セクターの非効率的な運営が批判されるようになり、そこで、公務員たちが営利組織を意識しながら、組織アイデンティティを変えるために試行錯誤する様子が描かれています。

 私のベンチャー企業の研究でも、組織文化から組織アイデンティティへとレンズを切り替えることにより、創業者を中心に創り出された組織像と、外部の人たちが期待する組織像の乖離や、そこから生じる葛藤に光を当てることができるようになりました。特に、世界最先端の科学を実用化するイノベーションを目指すベンチャー企業の場合、こうした試みは常識から逸脱した奇異な行為に映るため、周囲から理解されず、資源や協力を確保するのに苦労してしまうのです。ただ、そんな苦境でも、外部の人たちが理解できるようなシンボルを組織アイデンティティの中に取り込むことにより、企業家は、支援者の輪を広げていきました。魅力的な組織アイデンティティの構築が企業成長の鍵になっていたのです。その際、企業の独自性のみならず、将来、社会で広く認められるようになるという一般性を象徴することが大事です。独自性と一般性を併せ持つことにより、組織アイデンティティは魅力を増すようです。

相互依存的な組織アイデンティティ

 ただ、組織アイデンティティというレンズが私の観察に完全に適合したのかと言えば、実は、そうではありませんでした。元々、アイデンティティという言葉には、独立した自己を確立していくというニュアンスが伴います。この点について、文化心理学によれば、西洋では他者から切り離された存在として自己を捉えるのに対して、東洋では他者との相互依存的な関係の中で自己を捉える傾向があります。

 同様な傾向を日本のベンチャー企業に私は感じました。特に、世の中にまだ存在していないようなイノベーションを創り出そうとする場合、ベンチャー企業と周囲の支援者の絆はとても強く、我々意識のもと、同じシンボルをアイデンティティとして共有していました。こうしたアイデンティティは、欧米組織に見られる独立志向の組織アイデンティティではなく、「相互依存的な組織アイデンティティ」と表現した方が適切なようです。そう考えると、今度は、地域によって組織アイデンティティの在り方も違うのだろうか、という新たな疑問が生まれました。一つの理解が生まれると、それは、更なる疑問に導いてくれるようです。

おわりに

 組織文化と組織アイデンティティという2つのレンズは、組織のソフトな側面を読み解く上でとても役立ちます。ただ、どんなレンズにも見える部分と見えない部分があります。便利であるが故に、それに囚われすぎてしまうというリスクがあります。このため、自分が直面する状況に応じてレンズを調節していくことが大切になります。そうすることで、組織に対する理解は、一層深まっていくように思います。

参考
Czarniawska, B. (1997). Narrating the organization: dramas of institutional identity. Chicago, IL: University of Chicago Press.
Mead, G. H. (1934). Mind, self, and society: from the standpoint of a social behaviorist. Chicago, IL: University of Chicago Press(稲葉三千男・滝沢正樹・中野収訳(1973)『精神・自我・社会』青木書店).
Peters, T. J. and Waterman, R. H. (1982). In search of excellence: lessons from America's best-run companies. New York, NY: Harper & Row. (大前研一訳(1983)『エクセレント・カンパニー : 超優良企業の条件』講談社).
Schein, E. H. (1999). The corporate culture survival guide: sense and nonsense about cultural change. San Francisco, CA: Jossey-Bass. (金井壽宏監訳・尾川丈一・片山佳代子訳(2004)『企業文化:生き残りの指針』白桃書房).

平澤 哲(ひらさわ・てつ)/中央大学商学部准教授
専門分野 経営組織
東京都出身。2013年ケンブリッジ大学ジャッジ・ビジネススクール博士課程修了(Ph.D.)。主な論文には、「未知のイノベーションと組織アイデンティティ」(『組織科学』2013年)、「マネジメントにおける科学的知識の応用と日常実践のギャップの探究(『一橋ビジネスレビュー』2008年)、「組織的学習についての再考察」(『日本経営学会誌』2007年)がある。