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研究一覧

鈴木 宏明

鈴木 宏明【略歴

教養講座

細胞のプラモデルづくり

鈴木 宏明/中央大学理工学部准教授
専門分野 マイクロナノバイオデバイス、生物物理学

モデル

 私が小学生の頃は、ガンプラ、すなわちガンダムのプラモデルがすごく流行っていました。私も当時ガンダムは大好きで、小学生高学年の頃には、ガンダムや他のモビルスーツの絵をそらで書けました。そのプラモデルですが、ご存知の通りプラスチックでできた「モデル」のことですね。では、モデルってなんでしょうか。実物をおよそまねしてつくったもののことです。いまやお台場に実物大ガンダムがありますが、あれも人が操縦して動かすことはできませんので、実物大のモデル(模型)ですね。話がどうでもいい方向にそれました。

 ガンプラは純粋に趣味の対象ですから、これを使って何か役に立つことをするわけではありません。でも、世の中に「役に立つモデル」はたくさんあります。例えば、飛行機や車を設計するときは、その空気力学的特性を、風洞実験などでモデルを使って評価します。計算機で物理現象などをシミュレーションするのもモデルです。飛行機や車のデザインでは、実は実際に実験しなくても、コンピュータの中で物体の周りの流体の流れをシミュレーションすればその様子が相当精度よく分かります。実際に物理的に起こっていることをまねして評価しているので、計算モデル、ということになります。

バイオのモデル、細胞のモデル

図1 研究室で培養している細胞。(a)接着系のHeLa細胞と、(b)浮遊系のJurkat細胞。動物細胞の大きさは10~50ミクロン程度。

 では、(ちょっと話が飛ぶようですが)生物(生き物)のモデルってあるでしょうか。しばらく前に、ロボット犬のAIBOというのが巷で流行ったことがありましたが、あれもモデルと言ってよいのではないでしょうか。犬の実物に忠実につくるというよりは、動作や人間とのやりとりをまねた(モデルした)と言えるのではないでしょうか。当学科には、ミミズやアメンボの動きを模擬したロボットをつくってらっしゃる先生おり、医療から宇宙探査まで様々な応用が期待されています。ではでは、(また話の展開がやや強引ですが)もっと小さいスケールではどうでしょうか。細胞は、「生きている」と呼べる最小の単位です(図1)。中に入っているDNAやらタンパク質やらの分子は生き物とは認められませんが、細胞はうねうねと動いたり分裂したりしているので、多くの人が生きているって思うでしょう。では、マイクロやナノの科学と技術(いわゆるナノテク)が発達した今日、細胞のモデルはできるのでしょうか。

細胞の本質

 細胞は、実は非常に複雑なつくりをしています。中学や高校の、生物学の教科書を読んだことがある人ならば、細胞の中身を解説したイラストを見たことがあると思います。核膜の中に染色体があって、その周りに小胞体やらゴルジ体があって、細胞質にミトコンドリアやリソソームがあって…というアレです。さすがに、いきなりこんなややこしいものをつくるのは難しい、というか無理です(注1)。ではここで、モデルの考え方に立ち戻って見ましょう。モデルとは、実物のある特徴をまねしてつくったものであって、実物を完全に再現する必要はありません。飛行機モデルの風洞実験では、飛行機の外形を再現すればよいのであって、中の機械や制御機器、座席などを再現する必要はありません。では、細胞のモデルとしてどんな要素を再現すればそれっぽいものができるでしょうか。細胞をおおざっぱにみると、細胞膜という袋の中に、DNAやらタンパク質が詰め込まれたものといえます。

細胞モデルのつくり方

 実は、細胞を形づくっている細胞膜のモデルは、高校生の実験程度でも比較的簡単につくることができます。細胞膜は、リン脂質という、石けん分子に似た分子でできています。一つの分子に親水性(水になじむ)部分と疎水性(水をはじく)部分があるため、疎水性の部分が水に触れないように向かい合って脂質二重膜という膜をつくります(図2a)。実際には、卵黄や大豆などから抽出したリン脂質がカラカラに乾いた膜をつくり、そこに水を入れて待つだけであら不思議、いろいろな形の球や長細い風船のようなものもできます(図2b)。フリーズドライのインスタントスープをつくるのとほぼ同じ簡単さです。研究室では、もう少し特殊な方法を使って、ほぼ球形の細胞膜モデル(リポソームといいます)をたくさん作ることができます(図2c)。抽出・生成したDNAやらタンパク質を、加える水(インスタントスープのお湯)に混ぜておけば、ふやけてできてきたリポソームの中に入ってくれるので、これで細胞モデルの一丁上がりです。

図2(a)細胞膜モデル(リポソーム)の模式図。
(b)研究室の新入生実習でお試しに作った、細胞と同程度の大きさのリポソーム。
(c)同じく研究室で作った球形のリポソーム。蛍光色素で染色して見やすくしている。

細胞機能のモデル

 これで細胞に似た、それっぽいものができました。リポソームを使えば、風洞実験のように、細胞膜の性質を調べたり、形の変形を調べたり、膜とその他の物質との相互作用を調べたりすることができます。でも、科学者はこれで満足しません。これはまだ「はりぼて」であって、生きてない(代謝しない)し、動きもしません。

 1990年代に、日本を含む複数の研究グループが、DNA(遺伝子)やらタンパク質やらの溶液をいれて、リポソームの中でタンパク質を合成することに成功しました[1]。実際の細胞にもDNAが詰め込まれていて、その情報をもとにタンパク質がどんどん生産されることで生きていますから、これはかなりの進歩でした。でも、この細胞モデルは、外から食べ物を取り込んだりしないので、何時間か経つとタンパク質の合成は止まってしまいます。そこで、別の研究グループは、モデル膜に小さな穴を開けるタンパク質を組み込みました。すると、膜の外にある栄養がリポソーム内に入ってくるので、タンパク質合成が何日もの長い時間にわたって継続しました[2]

増える細胞モデル

 タンパク質を合成し続けるリポソームは、なんとなく生きているような気分にさせられますが、ピクリとも動かないのでまだ物足りない気がします。実際の細胞は、栄養を取り込んでどんどん増えていきます。つまり、自分とほぼ同じコピーをつくっていきます。そんなことがこの細胞モデルでもできるのでしょうか。

 結論からいくと、ある程度できるようになってきています。2009年のノーベル生理学・医学賞を受賞したジャック・ショスタク博士のグループは、脂肪酸でできた細胞膜モデルに脂肪酸分子を足していくと、もともとあったものがどんどん伸びていき、摂動が加わるともとと同じ程度の大きさにちぎれることを示しました[3]。東大の菅原教授のグループは、化学合成した両親媒分子でできた細胞膜モデルが、外部から膜の成分を取り込んで大きくなると分裂していくことを示しました[4]。私が参加している研究グループは、非常に単純な物理的効果で細胞モデルが分裂する現象を実証し、2012年に発表しました。細胞では、細胞膜の中にDNAやらタンパク質やらがぎっしりと詰まっているのですが、それに近い状況を再現して高分子を詰め込んでやると、分裂していく変化が起こりました(図3)[5]
(動画:http://youtu.be/sY64KXAexIA新規ウインドウhttp://youtu.be/OCqvxpDAo-o新規ウインドウ

図3:人工的に作った細胞モデルが自発的に分裂する様子。複数のリポソームが融合した後、外部から何も手を加えずとも自発的に分裂への変化が進む。

細胞モデル & Beyond

 私は精密機械工学科に所属していますが、機械系でなぜこのような研究をしているのでしょうか。プラモデルの話から入りましたが、何かをつくるという意味で、機械のように硬いものであろうと、細胞のように柔らかいものであろうと、思想は同じだと思うのです。また、微細加工やマイクロマシンの発達が発展して、研究室でも比較的手軽に細胞やタンパク質と同程度の大きさの構造をつくることができます。本稿では紹介しませんでしたが、私の研究室でも、微細な精密機械(構造)をつくって、細胞をひとつずつ調べる技術や、細胞膜をマイクロチップ上に再構築する技術を開発しています。微細な機械を使って細胞やDNA、タンパク質を直接操作できるような時代になってきており、機械工学者の参画も期待されています。

 では、人工的につくった細胞モデルは何かの役に立つのでしょうか。残念ながら、今すぐに何かに使えて役に立っているようなことはほとんどありません。基礎研究として、人類のチャレンジとして、細胞モデルや人工細胞をつくる研究がなされています。でも、例えば10年後や20年後には、細胞モデルを使って医薬品を生産したり、食糧問題やエネルギー問題に貢献できるような日が来るかもしれません。小学校や中学校の理科の教材として使われる日が来るかもしれません。細胞のモデルをつくる研究、そんなヘンな研究もあるのだと心に留めておいていただければ幸いです。私はとりえず、3Dプリンターで細胞のプラモデルをつくってみたいと思います。

 (注1)もちろんバクテリアやウィルスはもっともっと単純ですが、詳しい方は話の流れ的に目をつぶってください。
[1] 野村ら、生物物理、48, 174, 2008. [2] Noireaux & Libchaber, PNAS, 101, 17669, 2004. [3] Zhu & Szostak, JACS, 131, 5705, 2009. [4] Kurihara et al., Nature Chemistry, 3, 775, 2011. [5] Terasawa et al., PNAS, 109, 5942,2012.

鈴木 宏明(すずき・ひろあき)/中央大学理工学部准教授
専門分野 マイクロナノバイオデバイス、生物物理学
愛知県出身。 1973年生まれ。 1997年東京大学工学部卒業。
1999年東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻修士課程修了。
2003年東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻。 博士(工学)
東京大学生産技術研究所助教,大阪大学大学院情報科学研究科准教授を経て2013年より現職
現在の研究課題は、バイオチップ、細胞モデル、自己組織化の工学