トップ>研究>日系グローバル企業の成長と国民経済的利益との矛盾
米田 貢【略歴】
米田 貢/中央大学経済学部教授
専門分野 金融論・現代資本主義論
日本経済の低迷は20年間に及ぶ。1997年に名目で523兆円の最高額を記録した日本のGDPは、その後縮小・低迷し続け、2012年には475兆円にまで減少した。高度経済成長時代の終焉後も輸出主導型成長体制を推進してきた日本経済は、その過程で毎年10兆円を上回る貿易収支黒字を記録してきたが、2007年の12兆円から急激に減少傾向をたどり、2011年からは貿易赤字に転じ拡大傾向にある。自動車産業とならぶ輸出主導型産業であった電機産業は、2013年1~9月期に約8000億円の輸入超過に転じている。
この原因として、円高や新興国企業の台頭による日本企業の国際競争力の低下や輸出の困難化、リーマンショックに端を発した先進国を中心とした世界市場の停滞などが指摘される。だが、他の先進諸国と比較して特異な日本経済の長期的衰退は、これまで日本からの輸出で稼いできた日本の輸出関連の大企業が、まさにグローバル企業としての行動様式に大きく踏み出していることに根本的に規定されている。
日系グローバル企業の海外での売上高は2003年度の4668億ドルから2012年度の1兆344億ドルへ、現地での有形固定資産残高(土地を除く)は同じく136億ドルから375億ドルへ、現地従業者数は234万人から372万人へと急増した。この期間の日本経済の衰退ぶりとはまさに好対照をなす。日本の輸出関連の企業は、いわゆるグローバル化戦略に基づいて引き続き成長しているが(もちろん企業別、産業別に優勝劣敗の市場原理は働いている)、もはやこれらの日系グローバル企業の成長は日本経済全体の成長要因ではなくなった。むしろ、これらの日系グローバル企業によって、1995年の「新時代の『日本的経営』―挑戦すべき方向とその具体策」に沿って、非正規雇用が爆発的に増大し日本の労働者階級の賃金水準が大きく切り下げられてきたことからすれば、グローバル企業の利益と国民経済的利益とは根本的に矛盾するようになったと言わざるをえない。政府、経済界が主張するような「トリクルダウン」はもはや幻想、あるいは虚偽でしかない。
そこで、日本の企業・産業のグローバル化の近年の動きを、『日本経済新聞』(2012年6月~2014年7月)にもとづき特徴づけておこう。 第一に、輸出関連の大企業のグローバル展開、すなわち海外での現地生産と国際的な下請け網の展開はとどまるところを知らない。日本の企業でグローバル化戦略でもっとも成功している自動車産業についてみれば、2003年に国内生産台数1028万台に対して海外生産台数860万台であった内外比率は、2007年に国内1159万台、海外1186万台と逆転し、2013年には海外が1678万台と国内963万台を圧倒するようになった(乗用車・バス・トラックの合計)。
この海外生産において、海外工場における現地比率の向上とそこからの輸出が追求されるようになった。その結果、当初は日本から海外の完成車工場へ部品輸出を行っていた日本の自動車部品メーカー(第一次下請け)、さらには自動車用の高性能の薄板鋼板や樹脂を製造する製鉄業や化学産業までもが、海外での生産拡大、工場の新設に舵を切っている。
第二に、自動車産業や電機産業などとは異なり、これまで国内市場を主要な足場としていた各種の製造業も、海外生産の動きを強めている。衛生・健康産業を例にとれば、世界の年間出生数の約半分6600万人の赤ちゃんが毎年生まれている。この巨大なアジアの「赤ちゃん市場」で、日系企業による海外展開は勢いを増している。育児用品大手で、すでに中国の哺乳瓶市場でシェア5割を占めるピジョンは、上海市と常州市の工場の生産額を毎年2割ずつ高めるだけではなく、新たにインドで工場を立ち上げる。紙おむつでインドの3強の一画を占めるユニチャームは、バングラデシュ進出を視野にインドで第2の工場を立ち上げ、中国では富裕層向けの高機能紙おむつの生産を行い、世界シェア10%をめざす。王子HDも紙おむつのアジア初の生産拠点をインドネシアに構える。これらの新興国を中心とした紙おむつ生産の増大に対応する形で、紙おむつの材料である吸水性樹脂(SAP)を生産する住友精化が、4カ所目となる生産拠点を韓国で立ち上げる。
第三に、BRICsや東アジア諸国の国民所得が急激に成長することによって、個人消費に密着しているがゆえにこれまで内需関連産業と目されてきた多様な諸産業、とくにサービス産業が、しかも大企業だけではなく中堅企業までもが国際的な事業展開を始めている。
ファースト・リティリング(ユニクロ)に代表される衣料販売会社だけでなく、帝人や東レなどの衣料品メーカーがアジア各地で店舗や工場を引き続き拡大している。イオン、セブン&アイになどのスーパー・コンビニは、いまやアジアの中核都市で日本式の消費文化、若者文化の浸透の先駆けとなり、マイカーの保有台数が1億台を超え、また一人当たりGDPが1万ドル前後の水準に達した中国では、中産階級向けに郊外型の大型ショッピングセンターやモールの開業・進出を図っている。スシ(スシロー)・牛丼(吉野家、すき屋)・コーヒー(ドトール)・ラーメン・職員食堂・弁当などの外食産業、ベネッセ・公文・学研・市進などの学習・教育産業、旅館・ビジネスホテル・旅行代理店などの観光産業、病院・老人ホームなどの医療・介護サービス産業、さらには、駐車場経営・クリーニング・警備(ALSOK)などの雑多な会社の海外進出が後を絶たない状況にある。
第四に、日系企業だけでなく世界中のグローバル企業が進出した中国では、急激な賃金上昇が生じ、安倍政権の外交姿勢から日中間で固有の領土問題が深刻化した。その結果、多くの日系グローバル企業が、中国からタイ、インドネシア、ベトナム、インド、さらにはミャンマーなどへ生産拠点、事業拠点の一部を移動させている。
第五に、これら日本企業のアジアでの生産・事業展開の拡大に伴い、アジア的規模での正確・迅速な日本流の物流網の整備に向けて、佐川、日通などの運輸業・総合商社・倉庫業などの大企業が、物流拠点の確保、運輸システムの構築に取り組んでいる。さらに、日本のODAと一体となって、東アジア諸国で産業集積地の基盤整備や中核都市における都市交通網の整備などが、JRや地下鉄会社などによって進められている。
第六に、日系企業のグローバル化に伴う現地での資金需要、新興国での成長資金需要に応えるべく、日本の金融機関のアジア進出が急速に強まっている。バブル崩壊後国際金融業務からいったん撤退した日本のメガバンクなどが、アジアを中心に国際金融業の復活を狙っている。
以上のように、これまで日本国内からの輸出拡大によって日本の国民経済の発展に貢献してきた輸出企業・産業が、中国や東アジア諸国で本格的に輸出拠点を構築し始めていること、それに引きずられる形でその他の製造業やいわゆる内需関連の諸産業の多くの企業が、日本の国内市場に見切りをつけグローバル展開による企業成長を志向しつつある。
政府がこれらグローバル企業の国際競争力をいかに強化しようとも、それは国民経済の成長、ましてや国民生活の向上に帰結しない。カネ・モノすなわち資本のグローバル化にもかかわらず、圧倒的多数の勤労者は日本国内の生活と労働の場である地域社会で暮らしている。グローバル企業の動向に左右されない循環型の地域経済(地域固有の農林漁業や地場産業が基礎になる)を全国各地に無数に創出することによって、雇用の受け皿をつくり、日本経済の安定化を図ることが急務である。
【参考文献】
拙稿「グローバル経済段階の経済運営はいかにあるべきか」(『経済』2012年8月号)。
同上「現代日本経済の『失われた20年』とアベノミクス―経済のグローバル化と新自由主義的構造改革に対抗して―」(高田太久吉編著『現代資本主義とマルクス経済学―経済学は有効性をとりもどせるか』新日本出版社、2013年)。