関野 満夫 【略歴】
関野 満夫/中央大学経済学部教授
専門分野 財政学
1990年代以降の経済グローバル化の進行とともに、2010年代の今日までに先進諸国の税制および租税構造に関しては大きな変化が起きている。各国は自国の経済成長、雇用確保、企業の投資・立地の促進を理由に、所得税最高税率、法人税率の引き下げ、社会保険料率の抑制、課税ベースの「所得」から「消費」へのシフト、を進めてきている。ここでは、EUの経済大国ドイツを事例に、税制改革の動向とその影響とくに所得格差問題との関連を考えてみよう。
ドイツはEUの経済大国であり、EU政治経済のリーダーかつ中核国である。そのドイツの税制も、経済グローバル化とくにEU経済統合の深化・拡大とともに、1990年代から2000年代にかけて大きな変化を示している。いま、その変化をみる前に、2010年時点でのドイツ税制の構造的特徴を確認しておこう(OECD, Revenue Statistics 1965-2011、参照)。
第1に、ドイツの負担水準はOECD諸国の中では中位水準にある。ドイツの租税・社会保障負担合計のGDP比は36%で、OECD平均の34%をわずかに上回る程度である。「小さな政府」たるアメリカの25%よりは高いが、「大きな政府」「大きな福祉国家」たるスウェーデンの45%と比べると小さく、いわば「中位の福祉国家」ゆえの中位水準の負担といえよう。
第2に、全体の負担水準は中位規模だが、社会保障負担のGDP比は14%もあり、OECD平均の9%を相当に上回っている。1990年時点でもスウェーデンと同水準であったが、2010年時点ではスウェーデンを3%ポイントも上回っている。これはドイツが、伝統的に社会保険システムを中心にした福祉国家であることを反映しているが、同時に社会保険料負担の過重さが問題となりうることを示している。
第3に、個人所得税および消費課税の負担水準については、ドイツは両税とも9~10%程度であり、OECD平均の負担水準(10%前後)にほぼ等しい。個人所得税と消費課税は先進諸国の主要税収になっているが、ドイツの負担水準はほぼ平均的ということができる。消費課税の中の一般消費税についてもドイツの7%はアメリカよりも4~5%ポイント高いが、スウェーデンより2%ポイント低く、OECD平均水準にある。
第4に、法人所得税および資産課税については、両税とも3%程度でドイツの水準は相対的に低い。その負担水準はOECD平均の4~6割の水準にとどまっている。
さて、ドイツの租税構造について国際比較からみた以上4つの特徴は、1990年代から2000年代にかけても基本的には変化はしていない。しかしながら、経済グローバル化にともなう2000年前後の一連の税制改革、つまり「税制改革2000」プログラム、「環境税制改革」、「2008年企業税制改革」、付加価値税率引き上げ等によって、ドイツでの課税の重点が「所得」から「消費」にシフトしつつあることも事実である。その状況をいくつかみてみよう。
第1に、所得・利潤課税の税率は低下している。所得税の最高税率は、ドイツの「税制改革2000」プログラムによって1998年の53%から2005年には42%に低下している。法人税率は2001年改革によって40%から25%へ、さらに「2008年企業税制改革」によって15%へと引き下げられ、地方税も含めた企業実効税率も2008年には30%弱というほぼ国際水準にまで低下した。
第2に、反対に消費関連の税率は上昇している。ドイツの一般消費税(付加価値税)たる売上税の標準税率は1993年の15%、1998年の16%から2007年には19%に引き上げられた。また環境税制改革(1998~2003年)によってガソリン税、電力税などエネルギー関連税の増税がなされたが、これは家計にとっては消費課税の増税と同様の負担効果をもたらすことになる。
第3に、社会保険料率は1998年の42%から2008年には40%へと若干ながら低下している。これに関しては、環境税制改革による増収を公的年金保険料率の引き下げに活用したこと、売上税率引き上げ(2007年)による増収分を失業保険料率の引き下げに活用した、という要因が大きい。
このような税制改革の結果として、ドイツの租税・社会保障負担の構造においても「所得」ベースから「消費」ベースへのシフトが生じている。個人所得税と法人所得税を合計した所得・利潤課税の規模は、1990年の11.3%から2010年には10.3%へと1.0%ポイント低下している。反対に、消費課税の規模は9.0%から10.3%へと1.3%ポイント上昇している。同期間でのOECD平均の変化が、所得・利潤課税の0.7%ポイント低下、消費課税の0.5%ポイント上昇であることと比べても、課税におけるドイツでの「所得」ベースから「消費」ベースへのシフトは目立つものといえよう(OECD、上記資料、参照)。
さて、現代国家の租税のあり方(租税原則)としては一般に「公平」「中立」「簡素」が重視されることが多い。1990年代以降の先進諸国の税制・租税構造に関しては、グローバル化に対応して自国経済の活力を維持・促進するために、もっぱら経済効率性と透明性を求める「中立」と「簡素」を重視した税制改革が遂行されてきた。しかし、所得税最高税率引き下げ、法人税率引き下げ、一般消費税への依存拡大という方向での税制改革は、もう一つの租税原則である「公平」原則を軽視したものとなり、とくに垂直的公平ないし応能課税原則に基づく税制による所得再分配機能を損なうという事実は否定しがたい。と同時に重大なのは、まさにこの間に多くの先進諸国においては国民の間での所得・資産格差が拡大してきていることである。その背景には、①経済グローバル化とともに、一方では自国からの製造業などの企業・資本の流出、新興諸国の低賃金労働との競争、雇用の規制緩和、等を通じて勤労者の雇用・賃金の停滞・不安定化が進んだこと、②企業経営者およびIT・金融・証券関連での高額所得層の形成・拡大が進んできたこと、③これまでの税制改革によって税制の所得再分配機能が縮小してきていること、などがあろう。つまり、現代の先進諸国税制においては、「公平」な租税があらためて問われているのである。
先にみたようにドイツにおいても課税の「所得」ベースから「消費」ベースへのシフトが進行しており、その結果、現代ドイツにおいても租税の「公平」をめぐる課題は、大きくなっている。一例をあげよう。
①個人の市場所得(課税前)を1992年と2001年で比較すると、平均値は2.0万ユーロで不変だが、中位値(所得順位で中央に位置する人の所得水準)は1.3万ユーロから1.0万ユーロに低下する一方で、上位1%層は22.5万ユーロから24.0万ユーロへ(7%増)、上位0.1%層は83.8万ユーロから91.4万ユーロへ(9%増)、上位0.01%層は325.2万ユーロから381.1万ユーロへ(17%)、上位0.001%層は1108.3万ユーロから1498.1万ユーロへ(35%増)、上位0.0001%層は3143.8万ユーロから4815.2万ユーロ(53%増)へと、高所得層ほど市場所得を増加させてきた。
②他方で、所得税負担率を1992年と2002年を比較すると、全体平均は12.7%から12.9%へと微増であるが、上位1%層:34%→32%、上位0.1%層:41%→36%、上位0.01%層:42%→35%、上位0.001%層:41%→34%、上位0.0001%層:42%→32%へと、所得上位とくにスーパーリッチ層ほど所得税改革(減税)の恩恵を享受してきた。
③結果的に2000年代ドイツにおける一連の所得税改革は、そもそも市場所得(当初所得)の格差が拡大する中で、所得税課税後の所得格差も一層拡大することになったのである。
このようにみると、近年ドイツでの所得税改革、企業税制改革、消費税改革、環境税制改革、による影響・効果については、「公平」、所得分配の視点からあらためて吟味することも必要になっているのではないか。(こうした視点からの詳しい分析については、関野満夫『現代ドイツ税制改革論』税務経理協会、2014年7月、を参照されたい。)