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井村 進哉

井村 進哉 【略歴

教養講座

消費者不在の住宅ローン市場と法規制の動向

井村 進哉/中央大学経済学部教授
専門分野 財政金融政策論、比較金融システム論、アメリカ経済論

はじめに

 筆者の専門は、財政金融政策論、比較金融システム論であり、アメリカ金融史研究からこの領域に入り、現在は、住宅金融を対象として金融システムにおける「公」と「民」とのミックスのあり方を研究軸として、米、日、韓の財政金融政策、規制政策、そして関連するビジネスモデルやビジネススキームを含めて研究している。

 アカデミズムでは、ビジネスモデル・スキームまで含めることに対する躊躇や批判もあるが、「研究室の中だけでは見えないもの」が見えて来て実に興味深い。このような領域に踏み込んだのは、1990年代に住宅金融公庫(当時、現在の住宅金融支援機構)の総合調査室や国土交通省の調査研究会、社会資本整備審議会などで、証券化ローン(今日の「フラット35」)のスキーム作りや「住宅ローンアドバイザー」の提言に係ったことが切っかけだが、痛感したことは、日本の住宅市場、住宅ローン市場における消費者主権の欠如の現状を直視しなければならないこと、米、英型の新しい業態の導入・確立の必要性、そしてそれに対応する法規制の整備だ。

1.消費者不在の住宅ローン市場

 日本の住宅市場では、1970年代に住宅普及率が100%に達し、持ち家比率も全世帯平均で6割に達して久しい。ストック社会への移行、長らく続いた銀行、金融機関の貸出しの低迷の下、「残された大地」は住宅ローン市場となり、諸外国に例を見ない低金利ローンと激しい競争下で借換えローンの比重が高まる中、住宅ローンの多様化が著しく進み、日本版サブプライムローンを彷彿とさせるようなリスク商品が登場して、銀行、モーゲージバンク間の「奪い合い市場」化が定着している。

 日本の家計の多くは、住宅の取得に際して「住宅ローン」を借りるが、その6割程度は、住宅会社や宅建業者(不動産業者)を通じてローンを紹介され、供給を受けている。しかし借り手にとって適合的な住宅ローン供給が行われているかといえば決してそうとは言えない。住宅業者などが提携するローンが、目先の毎月の返済額が賃貸住宅の家賃よりも安いという「営業トーク」に基づいて十分な説明もなく提案され、消費者は、一生、肩にのしかかるローン返済と将来の金利上昇リスクなどに晒されることになっている。

 一生に何度もない住宅取得の機会に直面している消費者は、「新しい家」に住む夢に胸を膨らませる一方、ローンが通るかどうか戦々恐々で、クレジットカードの延滞などで否決されないかを心配しながら「お上の裁定」を待つがごとく銀行の審査結果を待つ。自分に適合的な住宅ローンを選択する余裕などない人も少なくない。

 まさに「情報の非対称性」の典型であり、消費者主権の欠如であると言えよう。[1]

2.跋扈する貸金業の無登録営業

 このような中で「中立公正」を謳うファイナンシャルプランナー(FP)などと称する業者が、銀行法や貸金業法に抵触する「媒介(=あっせん、仲介)」業務を無許可、無登録で行う例が後を絶たない。Googleなどで「住宅ローン」、「成功報酬」などのキーワードを入れて検索すると、銀行代理店でも貸金業登録業者でもない者が「金融機関への交渉、担当者のご紹介、お申込み、融資契約の立会い、現在の金融機関への一括返済手続きのサポート、融資実行時の立会まで」支援します。「当社の押印した紹介状で優遇金利が受けられます。」報酬は、ローン契約額の1~2%等々。問題は、これらの行為が紛れもなくローンの成立に向けて「支援」、「助力」、「尽力」する「媒介」に該当する行為である。

 我が国では、銀行ローンの「媒介」を、「銀行のために為す」場合には、銀行法に基づいて銀行代理店の「許可」が必要であり、「顧客のために為す」場合には、貸金業法に基づいて貸金業登録またはその代理店となる必要がある。

 特に貸金業法では、これを「無登録」で行う行為(無登録営業)や、銀行やモーゲージバンクが無登録営業を行わしめる「名義貸し」行為は、経済法では類例を見ない重罰(行為者は、「10年以下の懲役若しくは3000万円以下の罰金」または「併科」:貸金業法第47条第二号、第三号。行為者が所属する法人は「1億円以下の罰金刑」:法第51条第1項、第一号)が科されることになる。[2]

3.待たれる法規制の整備

 これに対する業界団体や行政の対応は、率直に言って十分ではない。貸金業協会も関連する規制当局も、貸金業法上の「金銭の貸借の媒介」とは具体的に何かという問い合わせに対しても、明確な見解を示すことに躊躇している。個別の無登録営業問題が立件されない限り、行政はなお動く気配を見せないのであるが、すでに議員やその秘書、あるいは税理士などが、事実上、銀行、金融機関に対して「口利き」や「紹介」を行い、ローンの媒介行為を行い、法外な手数料を取得して、立件される事件も起きているのである。

 一方、日本では消費者がコンサルティング、媒介といったサービスに対してお金を払うビジネスモデルは定着していないという向きもあるが、実際には、住宅供給業者は、注文住宅における業務手数料やマンションの販売の際の「住宅ローン事務代行手数料」の名目で、住宅ローンの融資実行の際に登記費用や火災保険料などと一緒に諸経費のひとつとして徴収しているのが実態である。また少なくとも私が有識者委員を務める全日本不動産協会の住宅ローンアドバイザー委員会では、消費者団体の代表者が「今、消費者は、お金を払ってでも自分を守りたいと考えている。」と発言しており、消費者の関心も高い。

 すでにアメリカやイギリスで制度として定着している“mortgage broker”や“mortgage intermediary”の業務が日本においても事実上存在しており、違法な無登録業者が重大な消費者の利害を損なう事件が起きる前に、その法規制の整備を進めることは、喫緊の課題と言えよう。

 「住宅ローンの媒介」の無登録営業で問題となる悪質な行為は、消費者から見れば、明らかな違法行為に基づく行為であり、場合によっては「殆ど実働なしに不当な報酬を得たもの」として、「不当利得の返還請求」(民法第703条、第704条)に基づく提訴が可能なものである。また上場企業の親会社を有するモーゲージバンクの一部にも、外部の業者に「取次店」と称して住宅ローン顧客を自社に誘導させる行為が見られ、貸金業の「名義貸し」行為が立証されれば、当該企業にも住宅ローン市場にも大きな打撃となる可能性がある。

4.保険業界の「委任型募集人禁止」の次は「ローン媒介」の規制整備

 自らお金を貸さない「金銭の貸借の媒介」も「貸金業」として明記し、それを行う者に登録義務を課し、上記のような重罰を適用するようになったのは、1980年代初頭のいわゆる「サラ金問題」を契機としている。暴力団などが自らお金を貸さなくとも、多重債務に苦しむ消費者を、自らの息のかかった貸金業者に誘導し、さらにひどい目に合わせる事態を取り締る必要があったのである。

 これはさらに2000年代に入り「商工ファンド」問題などで利息制限や過払い金の返還を含めて対応する必要から2010年の6月18日に改正貸金業法が完全施行となる動きへと繋がっている。その結果、いわゆる「街金業者」が一掃され、貸金業界自体が「焼野原」となる一方で、闇金業者が依然として跋扈していると伝えられる。さらに昨年(2013年)来、保険代理店の「委任型募集人」の禁止規定を伴う保険業法の改正手続きが本格化しており、注目される。

 保険代理店は、この約10年の間に、消費者のために各種の保険会社の保険商品を選択できる「乗合代理店」が急成長を遂げ、ショッピングモールなどでは、店舗を構え、テレビCMも打つような「来店型」の保険代理店が定着し、中には、年間の保険料収入が数百億円を超え、上場を目指す有力保険代理店ネットワークも現れた。

 これらの保険代理店が標榜する「消費者のための中立公正な保険商品の相談」とは裏腹に、「代理店報酬の高い商品を顧客に推奨する」、代理店の「外部者」で保険代理店資格を持たない募集人(「委任型募集人」)が「保険商品の十分な説明責任を果たしていない」、「不当な代理店報酬の配分問題」等の法令違反・コンプライアンス上の問題が指摘された。特に保険代理店の外部者=「委任型募集人」は、「再委託の禁止」に抵触しているとして、代理店では保険募集人を「雇用」、「派遣」「出向」以外の形で設置し、保険募集、営業を行うことは事実上禁止されることとなった。また代理店レベルでも保険会社と同様の規制、監督措置をとることが通達されている。

 法の建付けは、銀法上の銀行代理業も、貸金業法上の「金銭の貸借の媒介」も、保険業法上の「保険募集=保険契約の締結の代理又は媒介」、さらには金融商品取引法(旧証券業法)も基本的には同じである。事が起これば、一気に規制整備が起こることが予想される。筆者は、次のステップの一つは「ローン媒介の規制の整備」であると予想している。

  1. ^ 詳しくは、井村進哉「住宅ローン、『奪い合い市場』化で消耗戦:競争戦略とビジネスモデルの転換を」『金融ジャーナル』2012年12月号、金融ジャーナル社。同「日本版サブプライムローン危機:住宅ローンプランニングの担い手育成が急務」2010年2月号、金融ジャーナル社、を参照されたい。
  2. ^ 詳しくは、井村進哉「住宅ローン媒介の法規制とその展望ーその1 法令編」中央大学『商学論纂』第55巻第3号、2014年3月、pp.181-202、同「住宅ローン媒介の法規制とビジネス・スキーム」中央大学企業研究所『研究叢書35』(岸真清・黒田巌・御船洋編著『グローバル下の地域金融』中央大学出版部、2014年3月。を参照されたい。
井村 進哉(いむら・しんや)/中央大学経済学部教授
専門分野 財政金融政策論、比較金融システム論、アメリカ経済論
石川県出身。1953年生まれ。1978年中央大学経済学部卒業。1981年中央大学大学院商学研究科博士前期課程修了。1985年中央大学大学院商学研究科博士後期課程中退。経済学博士(東京大学)小樽商科大学短期大学部講師、助教授、商学部助教授、教授を経て、1996年より現職。2001年~2005年社会資本整備審議会住宅宅地分科会部会委員、2002年~NPO法人日本資産証券化センター理事長、2010年~長期優良住宅ローン研究推進協議会会長。主要著書『現代アメリカの住宅金融システム』東京大学出版会、2002年、ゲイリー・ディムスキ著『銀行合併の波:バンク・マージャー・ウェーブ』日本経済評論社、2004年(松本朗氏と共監訳)、『住宅ローンコンサルティング・媒介の基礎知識』星雲社、2014年2月など。
関連研究、論文、エッセイなどは http://www.jasc.jp/new window, http://www.j-mpa.jp/new window をご参照ください。