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橋本 秀紀

橋本 秀紀 【略歴

教養講座

それは、セグウェイなの?

橋本 秀紀/中央大学理工学部教授
専門分野 空間知能化(制御・ロボティクス・電力)

写真1

 写真1の倒立2輪走行車の研究開発を進めています。皆さんはセグウェイをご存知でしょう。随分前に私たちの移動の在り方を根底から変えると登場した乗り物です。当時のブッシュ米大統領が軽快に乗り回している映像を覚えている方も多いかと思います。小泉首相も乗っていました。

 「なんだ、セグウェイを作っているんだ。」と思われたかもしれませんが、セグウェイではありません。セグウェイと同じカテゴリーに分類される電動立ち乗り二輪車の新しいタイプを研究開発しているのです。

 回りくどい紹介になってしまいました。誤解を恐れずに一言でいえば、「超小型のセグウェイのような乗り物」を作っているということです。

写真2

 もちろんセグウェイではありません!セグウェイと並べた写真2を見てください。大きさが全く違います。身長は同じ120cm、横幅と縦幅はそれぞれ半分ぐらい、重量に至っては40kgのセグウェイに対して約7kgなので5分の1以下です。同じ電動立ち乗り二輪車といっても、人であれば中年のおじさんと可愛い小学生の女の子ぐらいの差はあるのです。比較してはいけません。違う生き物(乗り物)なのです。

 しかも、女の子はいずれ中年のおばさんになり、おじさんの比較の対象となるでしょうが、私どもの乗り物は育って大きくなるということはないのです。大きさの差は変わらず、この差こそが本質的な意味を持つのです。

電動立ち乗り2輪車のインパクトは?

 そもそも2輪で動くものは不安定です。2輪の自転車は漕ぎ続けなければ転倒します。少々乗りこなしている人でも、必死にハンドルを動かし続けて数分立ち続けているのがせいぜいでしょう。自然の理です。倒れている方が安定な状態なのですから。2足歩行の私たちも、周囲の目を気にしなければ倒れている方が安定であることはお分かりでしょう。

 初めて電動立ち乗り2輪車を見ると、多くの人は自然の理に抗いながら立ち続けているその姿に驚きます。しかも、人が乗って自在に動くのです。最近では1輪でも驚くほど安定に自在に動いています。先日の東京モーターショー2013では、本来不安定なものである1輪車2輪車が人を乗せて自在に動き回っていました。子供たちを中心に大変賑わっていました。未来を感じさせるようです。

 電動立ち乗り2輪車のインパクトは大きいのです。もちろん、一度見たり乗ったりすると、驚きは急速に小さくなりますが、新しい乗り物としてのイメージは残り続けるようです。自動車メーカは将来のユーザ確保のためか、市販に至っていない1輪車2輪車の情報を私たちに積極的に与え始めているようです。

私にとってのインパクトは?

 ところで、私のように制御工学を学んだ人間にとっては、電動立ち乗り2輪車のインパクトはとても小さいものです。30年も前の教科書で何故安定して立ち続けていられるのかを学んでおり、初めてセグウェイを見ても感動しませんでした。「単に制御理論の応用ではないか。やればできるよ。」と言い張りました。私だけではなく、ちょっと気の利いた業界仲間は、何を見ても概ねこのように言うものです。そして、「作っただけではないか。何が新しいんだ? オリジナリティは?」と続きます。ダメ押しは「論文にならないな。」となり、インパクトを意図的に小さくする発言をしてしまうようです。お気づきでしょうが、実はインパクトの大きさに気づいている場合が多く、遅れて参入するのが悔しいからです。

 セグウェイが登場したときの私にとっての電動立ち乗り2輪車のインパクトは、遅れて参入するにしても旨みがないということでした。特に研究テーマとして取り上げませんでした。

では、何故、今、研究開発なのか?

 なぜ、今、セグウェイが出て10年以上もたって、超小型のセグウェイのような乗り物を作っているのでしょうか?

 簡潔に言うと、縁があったからです。セグウェイが登場したときに大きなインパクトを受けた研究者・エンジニアが多数いました。世界に知られたエレクトロニクス企業であるS社にもいました。彼らは会社の中に小型電動立ち乗り2輪車のプロジェクトを立ち上げ、論文発表よりも実機を作り上げることを優先していました。2006年の段階でとても良いものができていたのですが、S社はプロジェクトを中止し事業化を見送りました。プロジェクトメンバー達は、プロジェクトの成果とともに世界に誇る自動車メーカT社に移籍する者もいれば、他業界に転職する者もいたようです。

 私の友人にプロジェクトメンバーであった方々がいて数年前にS社を離れました。2輪車に魅かれ続けている彼らとのディスカッションの中で、さらに小型化した超小型電動立ち乗り2輪車の研究開発を行うというアイディアが生まれました。

 それと、世界は進歩しています。この10年間のテクノロジーはそれなりに進展しています。新しい展開が可能となってきているのです。

アイディアは?

 私たちの乗り物は、セグウェイ、S社の電動立ち乗り2輪車、といったパーソナル・ビークル(一人乗りの乗り物)との差別化が必要です。とにかく小さくすることを差別化だと考えました。小さくすれば場所を取らないので、人が歩ける場所であれば何処にでも行けるし、置き場所にも困らない。しかも、軽くなれば乗ったままで衝突などしてもそれ程ダメージは大きくないから安全性が向上する。もっと軽くすれば片手で持ち運べる。真にモーバイル・パーソナル・ビークルと呼べるではないか。セグウェイとは違った乗り物になると考えました。

 そして、小型軽量の目安を
(1)人の肩幅よりも小さいこと
(2)片手で持てる重量5kg以下を目指す
と設定しました。足を置く板の下にモータと車輪を配置することによって(1)を満たし、モータおよびバッテリーの重量を可能な限り小さくすることによって(2)を満足することにしました。まだ、2kgほど重いのですが、ダイエットする目途は立ちました。

 この結果、車輪が小さくなり段差が乗り越えられなくなって、バッテリーを小さくしたので稼働時間が短くなってしまいました。これでは性能が落ちて使い物にならないのではないかとの危惧が出てきました。

 ここからは色々と議論のあるところですが、私たちは以下の3つの制約を置くことによって私たちのビークルに特別な価値を付与することを考えました。
(1)大学、病院、ショッピングセンターなどの大規模屋内空間での使用に限定する。外には出ない。
(2)平坦な道、床などの走行を中心とする。本ビークルは、コードのようなちょっとした段差は乗り越える。しかし障害物があったり階段がある場合は、ユーザー(人間)がビークルを持ち上げ障害物を乗り越え、階段ではビークルを持ち運ぶ。
(3)一回の充電で走れる時間を30分として、至る所に非接触給電所を設置する。一度に30分以上走るシーンはないと想定し、ある程度の連続使用にはビークルの乗り継ぎによって対処する。

 多くの研究は、段差を乗り越え、階段を昇降し、一度の充電で遠くまで行くというものでした。私たちはそれらを少し犠牲にすることによって、超小型化の方向を選択しました。日和って目標を下げたのではないかとも言われそうですが、発想を大きく変えたのです。

か弱いビークル~魔法の箒

 外には出られず、段差があれば人に助けられ、階段は人に持ってもらって、30分も走ればお休み、をするか弱いビークルでは心もとないと思われるかもしれません。しかし、私たちはこれで良いと考えています。移動のための便利な道具として位置付けており、移動を行う主体はあくまでも人間であって、人間の方が得意な行動(段差の乗り越え、階段の昇降、など)は人間を活用するという立場です。その結果、小型で持ち運びのできるビークルができたのです。

 一方、長距離移動を担う自動車では、研究の主流が完全自動運転の方向に向かっています。人は車に乗っているだけです。自動運転が自動車のロボット化だとすると、私たちのビークルは移動の一部の機能を支援するという意味で道具化であり、人が移動に積極的に関わることを前提に考えています。

 果たして、この方向が吉と出るのでしょうか? もう少し時間が必要です。

 か弱いビークルですが、実験室ではそのか細い華奢な体でけなげに動いています。自分の体重が7kg程度なのに、90kgのおじさんの体重に耐え、30分も動くのです。人が乗らずに自律走行している姿は、勝手に動いている家庭用掃除機に似ています。箒のようにも見えます。私たちは、ディズニー映画の「ファンタジア」に出てくる箒、スタジオジブリの「魔女の宅急便」の箒、ハリーポッターの箒、になぞらえて魔法の箒と呼ぶことにしました。確かに良く似ています。

 しかし、まだ実社会には出ていません。研究室の箱入り娘です。もう少し勉強させ、良く躾けて送り出す予定です。その際には温かく迎え入れて下さい。

詳細は、http://www.elect.chuo-u.ac.jp/hlab新規ウインドウにあります。

橋本 秀紀(はしもと・ひでき)/中央大学理工学部教授
専門分野 空間知能化(制御・ロボティクス・電力)
1957年生まれ。佐賀県生まれ、多摩育ち(途中3年程下関)、港区在住。下関西校入学桐朋高校卒業。1981年東京大学工学部電気工学科卒業。ほんの少しの間電力会社勤務。1987年同大学院博士課程電気工学専攻修了、工学博士。1987年東京大学講師1990年同助教授、2007年同准教授、2011年中央大学理工学部電気電子情報通信子工学科教授。1989年-90年MIT客員研究員。名古屋大学、ブダペスト工科経済大学、ソウル国立大学の客員教授を務めた。
制御・ロボティクス・電力を駆使して空間を賢くする空間知能化の研究に従事、パーソナルモビリティ、ワイアレス電力伝送とEDS(電力貯蔵デバイス)との組み合わせるによるエネルギーマネッジメント、睡眠導入ロボット、などの研究を進めている。
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