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平野 廣和

平野 廣和 【略歴

教養講座

南海トラフ巨大地震に備えて東日本大震災で忘れられた被害は無かったか

-やや長周期地震動による貯水槽の被害-

平野 廣和/中央大学総合政策学部教授・中央大学情報環境整備センター所長
専門分野 構造工学、耐震工学、環境シミュレーション

1.はじめに

 2011年3月11日に発生した東日本大震災(東北地方太平洋沖地震(M9.0))から2年7ヶ月余りが経過した。この間、津波、原発に関することは数多く話題となってはいるが、巨大災害の被害はこれだけだったのか。2012年秋に新たに政府から被害想定が公表された、太平洋沿岸の「南海トラフ」の巨大地震では、最大32万3千人余りの犠牲者、240万棟の建物倒壊が出るなどと報道されている。これはまさに「国難」と表して良いだろう。

 この想定では「やや長周期地震動」が発生し、震源から遠く離れた首都圏でもゆっくりとした揺れが長時間続くとされている。そこで「やや長周期地震動」が原因と考えられる東日本大震災の被害の中から、何か見落とした被害、知られざる被害は無かったか検証してみたい。

2.地震動と周期で発生する被害の違い

表-1 地震動と周期の関係
呼び方周期
極短周期0.5秒以下
短周期0.5~1.0秒
やや短周期1.0~2.0秒
やや長周期2.0~5.0秒
長周期5.0秒以上

 地震工学の分野で地震動の呼び方と周期[1]に関する関係を表-1に示す。一般的な考えでは、地震の大きさであるマグニチュードや地震の揺れの強さである震度を基準に地震の被害が論じられてきた。しかし、東日本大震災では著者らが土木学会関東支部の調査団として調査した関東地方(関東一都六県ならびに新潟、山梨)では、液状化と津波以外の土木構造物の被害は地震の規模に比べて少なく、特に橋梁で落橋に至った例は茨城県の鹿行大橋のみであった。このように地震による揺れが街を襲うだけでは災害に至らず、地震によって破壊された構造物が我々に危害を加えることによって災害となる。

 ところで構造物とは、建物や道路、橋梁、貯蔵タンクなどの総称で、これらの構造物には地震の揺れなどで振動する場合に揺れやすい特定の周期を持っている。これを固有周期と呼び、固有周期は構造物に特有のもので、構造物毎に異なっている。例えばビルは地面で固定された振り子としてモデル化しこの長さが長いほど、つまりビルの高さが高いほど固有周期が長くなる。同様にレインボーブリッジなどの吊橋や横浜ベーブリッジなどの斜張橋である長大橋梁は径間長が長いほど、また石油などを貯蔵するタンクはタンクの直径が大きいほど、長い固有周期を持っている。

 この周期が影響したと思われる例として、東日本大震災において宮城県栗駒市周辺のように震度7,他にも震度6強でも被害が少ないかったことが挙げられる。ここで発生した揺れが震源に近いこともあり極短周期地震動だったのが理由で、建物の耐震性が充分であったという訳ではない。一般に古い木造家屋は、震度6弱程度の極短周期地震動(0.5秒以下)に対しては影響が少ないが、同じ震度6弱程度のやや短周期地震動(1.0~2.0秒)に対しては倒壊する可能性が格段と高くなる。これは、古い木造住宅の固有周期がやや短周期地震動域にあるためであり、1995年兵庫県南部地震での木造住宅の倒壊被害がこれに相当する。一方、超高層建物は極短周期地震動、やや短周期地震動のいずれに対してもこの問題は少ないが、やや長周期地震動の場合に関しては、一般の建物はほとんど被害が無いにも係わらず、超高層建物では激しく揺れる。体感的には「グウラ、グウラと揺れる船に乗っているような揺れ」との感じである。また東日本大震災の例として、震源から200Km以上離れた東京では震度5強であったが、新宿の超高層ビル群が10分以上も大きくゆっくりと揺れた。さらに震源から600kmも離れた震度3の大阪府咲洲庁舎(高さ256m)では、エレベータ停止による閉じ込め事故や内装材や防火扉が破損するなどの被害が生した。

 その他の被害として、ビルの外壁の落下、体育館や公会堂等の広い場所での天井の落下、さらには石油貯槽タンクや核燃料貯蔵プール等の内部の液体が波打つスロッシング現象が発生して貯槽物の溢流などが発生した。

 なお、被害地域が大規模な平野や盆地にあるとき、伝播して来たやや長周期地震動や長周期地震動がその平野や盆地の直下にある堆積層で増幅・強化されて、揺れ幅が大きく、揺れている時間も長い地震動になっている。これは「平野や盆地」が構造的に第三の発生条件となる場合があり、関東平野、大阪平野、濃尾平野などの堆積盆地で被害発生が危惧されている。

  1. ^ 周期とは、振動が一往復するのに要する時間のこと。

3.知られざる地震被害はなかったか

写真-1 大型ステンレス製パネルタンクの被害(宮城県名取市)

 東日本大震災を受けて著者らは、石油タンク以外の貯槽物、例えば上水道配水施設、汚水処理施設、核燃料貯蔵施設などの大型容器、特に矩形容器の内容液が地震発生時に溢流したり貯槽自体が破壊する被害に関して重点的に調査を実施してきた。大規模な例としては写真-1に示す宮城県名取市の水道水用の大型ステンレス製パネルタンクの破壊がある。

 さらに調査の過程で矩形貯水槽に被害が多数発生していることを把握した。仙台市内の公立小中学校における調査では、196校中の32%にあたる62校で貯水槽の破損被害が発生し、その内11校では貯水槽タンクが完全に破壊されていた。その一例として一次避難場所として指定されていた仙台市太白区の市立富沢中学校では、地上に設置されたFRP製パネルタンクの破壊により生活用水を使うことができなくなったため、手洗い、洗面、歯磨き等の日常の衛生面での水の使用できなくなり、感染症の発生が懸念されるに至った。そのため1,200名余りの避難者の生活に甚大な影響を与えた。

写真-2 仙台医療センター屋上の高架水槽の被害(宮城県仙台市)

 また、写真-2に示す災害時拠点病院の一つである仙台医療センター(旧国立仙台病院)では、高架水槽の破壊により100床余りの病室の閉鎖を余儀なくされ、入院患者の転院、緊急搬送の受け入れ制限も行われた。津波被害者が搬送されてきても泥を落とすための水にも苦労したとのことで、一時的に災害時拠点病院として機能を失うに至った。さらに震源から遠く離れたつくば市の高エネルギー加速器研究機構の貯水槽の被害があり、ここでは複数の貯水槽が破壊された。同様に東京都内の江戸川区内では公共施設だけで8カ所、千代田区内で1カ所の貯水槽の被害が発生した。

 この原因は、2~5秒周期の長いゆっくりとした揺れのやや長周期地震動であり、震災発生時に新宿の高層ビル群がゆっくりと揺れた現象である。この「ゆっくりとした揺れ」が引き起こした現象として、「スロッシング現象」がある。この現象は、2003年の十勝沖地震で苫小牧の精油所のタンク火災、2007年の中越沖地震での柏崎刈羽原子力発電所での使用済み燃料プールでの溢流などの被害を発生させた。

4.原因の究明と今後の対応

写真-3 実機ステンレス製パネルタンク(愛知工業大学大型振動台上に設置)

写真-4 タンクの内部の状況

写真-5 浮体式制振装置(樹脂製)

 貯水槽はなぜ大きく壊れたのかに関して、産学共同で研究グループを構成して2012年夏から本学の振動台ならびに愛知工業大学の大型振動台を借用して写真-3に示す3m×3m×3mの実機ステンレス製パネルタンクを使って振動実験を行っている。このタンクの中に25tの水を入れ、震度3程度の揺れを再現している。加振し始めてからからおよそ1分でタンクの天井を水がたたく衝撃音が聞こえ始める。また、起振を停止してからも10分間以上タンクの振動が続く。タンクの内部の状況を写真-4に示し、水が大きく波打っているのが判る。そしてこの力が天井部分や側面に作用して、溶接部などが破壊されていくという形で、そこから水漏れや損傷が起きると考えられる。

 次の段階として、スロッシング対策のための制振装置を考案した。具体的には十字に組んだ網をタンク内に設置して波の揺れを抑える方法である。この網を使うことで、網の中を水が通過する時に水の抵抗が生じ、速やかに揺れを低減することができる。実験の結果、波高を1/3までに抑えることができた。さらに2013年は、写真-5に示すように今までの固定式ではなく制振装置を浮体式にすることを新たに考案した。さらに、貯水槽は水道水を溜めることから耐塩素性を考慮して、制振装置を樹脂製とした。ここで浮体式にすることの利点としては、水深の変化に対応にできること、既存の貯水槽に施工する場合の簡易化につながる点が挙げられる。

5.おわりに

 首都圏に住む人達は、南海トラフで発生する巨大地震の直接の影響を受けることは少ないと考えていないだろうか。しかし、やや長周期地震動の影響は、遠くで発生した地震でも被害を受ける可能性が大である。やや長周期地震動が何処でその影響を及ぼすかに関しては、地盤状況や構造物が持っている固有周期等、複雑に条件が絡み合うので事前に構造物毎の検討・対策が必要である。ここで取り上げた貯水槽は、病院や学校などいざというときに避難場所等になる施設に必ず設置されているので、ライフラインとして重要な構造物の一つである。水が使えなければライフラインが閉ざされ、被災地域全体に大きな影響を及ぼすことになる。そこで、貯水槽にスロッシング現象が発生しないような制振対策を施すことが必要である。これが「減災」に繋がることになる。

 なお、本研究は(独)日本学術振興会科学研究費・基盤研究(B)(研究代表者:平野廣和)及び(独)科学技術振興機構研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)の給付を受けている。また、研究成果は本学所有の特許として既に産学協同で申請済みである。本研究で得た資金で大きな加速度と変位を出せる新しい振動台を愛知工業大学耐震実験センター内に建設中で、2013年11月に完成する予定であり、これを使っての新たな実験・研究を続けて行く所存である。

平野 廣和(ひらの・ひろかず)/中央大学総合政策学部教授・中央大学情報環境整備センター所長
専門分野 構造工学、耐震工学、環境シミュレーション
東京都出身。1955年生まれ。1979年中央大学理工学部土木工学科(現都市環境学科)卒業。同大学院理工学研究科博士前期課程土木工学専攻修了の後、三井造船株式会社入社。中央大学理工学部非常勤講師・総合政策学部専任講師・助教授を経て、1998年より中央大学教授。2009年11月から2011年10月まで中央大学大学院総合政策研究科委員長。工学博士。
風、地震等を起因とした構造物の揺れを止める研究を実験と数値解析の両分野で実施。研究論文の他、首都高速(株)などに採用された簡単な機構で揺れを止める各種の制振装置を開発。本学で最初の特許使用料を得ている。