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小杉 のぶ子

小杉 のぶ子 【略歴

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意外と身近な確率論

小杉 のぶ子/中央大学経済学部教授
専門分野 確率論

はじめに

 「確率」という言葉は、降水確率、志望校に合格する確率、くじの当たる確率など、日常生活において頻繁に用いられています。また、確率とは0から1の間の値をとり、その数値が1に近づくほど確からしい、という概念も広く知られています。本稿では身近な題材を例にあげて、確率論の考え方をご紹介します。

確率論で用いる平均

 平均は、分布の特徴を表す代表的な値です。平均点、平均年齢、平均年収などの値は、単純平均を用いて算出されています。単純平均は全部の要素に同じ重み付けをしているため、10人の平均年齢ならば、全員の年齢を足して10で割るという方法で求めます。

 これに対して、それぞれの要素の重み付けを考慮して求める平均を加重平均と呼びます。例として、4回の試験の平均点で成績が決まる場合を考えます。1回目から4回目の得点はそれぞれ60点、55点、80点、85点とします。このとき、4回の試験の平均点(単純平均)は70点になります。ところが、回を追うごとに出題範囲が広くなるという理由で、各試験に異なる重み付けがされたとします。仮に、1回目の試験に0.1、2回目に0.2、3回目に0.3、4回目に0.4の重み付けがされたとしましょう。このとき、試験の得点の加重平均は
60 × 0.1 + 55 × 0.2 + 80 × 0.3 + 85 × 0.4 =75(点) となります。ここで、4回の試験の単純平均が70点であるのに対し、加重平均が75点と高くなったのは、重み付けの大きい3回目、4回目の試験での得点が高かったことによります。

 確率論で用いる平均は、試行の結果定まる量の加重平均であり、期待値と呼ばれます。期待値では、重み付けとして確率を用います。4回の試験の例でいえば、1回目から4回目の試験にそれぞれ確率0.1、0.2、0.3、0.4が与えられていると考えればよいことになります。ここで、重み付けとなる確率の合計は常に 1 となります。すべての重み付けが等しい場合(上記の例ではすべての重み付けが0.25のとき)には、期待値は単純平均と一致します。

散らばりの度合いを表す量

 分布の特徴をひとつの値で表すときには平均が有用ですが、より詳しい情報が必要なことがあります。

 例えばバスを利用する場合、バスが時刻表どおりに運行されているかが問題になります。このとき、時刻表に記された到着予定時刻が平均となりますが、道路の混み具合によりバスの到着時刻には散らばりがあります。バスが到着予定時刻の前後3分くらいの幅で停留所に到着する場合と、前後10分くらいの幅で到着する場合では、利用のしやすさが変わってきます。このような散らばりの度合いを表す量を「分散」と言います。分散が大きいほど平均からの散らばりが大きいということになります。

 ここで、資産運用の例を考えてみます。100万円を1年間運用する対象として、以下の3つの金融商品を比較します。

(1)1年後に102万円になる定期預金
(2)確率 0.5 で103万円になり、確率 0.5 で101万円になる債券
(3)確率 0.8 で106万円になり、確率 0.2 で 86万円になる株式

1年間運用した後に期待される金額は (1)、(2)、(3)のいずれも102万円です。計算式は、例えば(3)ならば
106 × 0.8 + 86 × 0.2 =102(万円) となります。違いは散らばりの大きさにあります。(1)は1年後に確実に102万円が期待できますが、(2)は102万円を中心に1万円ずつ散らばり、(3) は102万円からの散らばりの度合いがより大きくなっています。さらに (3)の場合には、80% という高い確率で106万円を手にする可能性もありますが、元本の100万円を大きく割り込んで86万円になる確率も20% あり、3つの中で一番リスクの高い投資といえます。金融工学では、収益率の散らばり(分散)をリスクの指標として様々な数式が導かれています。

 次に平均、分散を用いて得点を変換したものである偏差値について説明します。試験を複数回行えば、問題の難易度により平均点も得点の分布も毎回変わってきます。そこで、受験者全体における自分の位置を示す指標として偏差値が利用されています。具体的な数式は省略しますが、得点を偏差値に変換するには、まず平均点の偏差値を50とします。そして、平均点(すなわち偏差値50)を中心とした左右対称な釣鐘型の分布(これを正規分布と呼びます)に得点分布が従うと仮定します。平均と分散を用いた変換により、偏差値40から60までの間に受験者全体の68.27% が含まれます。偏差値60以上ならば上位15.87%、偏差値70以上ならば上位2.28% に入っていることになります。偏差値20から80の間には全体の99.73%、つまりほとんどの受験者が含まれることになります。ただし、平均点や他の受験者の得点と比較して、極端に高い得点の場合は偏差値が100以上になり、逆に極端に低い得点の場合は偏差値がマイナスの値になる可能性もあります。

大数の法則

 確率論の重要な定理のひとつに「大数の法則」があります。これは、試行の回数を増大させていくと、試行の結果定まる量の単純平均は理論上の期待値に近づくという法則です。ここで、各回の試行の結果はお互いに影響を及ぼさないことを前提条件としています。

 例えば、コインを投げたときに裏の出る割合を考えると、理論上の期待値は0.5です。ここでコインを10回投げる実験をしてみて、表7回、裏3回という結果になったとします。すなわち、試行の結果得られた裏の出る割合は0.3 です。しかし、投げる回数を100回、1000回と増やしていくと、裏の出る割合は理論上の期待値である0.5 に近づきます。

 この大数の法則を宝くじの当選金額に適用してみます。1枚200円で、1等賞金が1億円の宝くじを考えます。仮に5000万円持っている人がそれをすべて購入資金に充てた場合、どのくらいの賞金を手にすることができるのかを考えてみましょう。まず宝くじの当選金額の期待値を求めます。宝くじの発売枚数とすべての等級の賞金額から計算すると、通常1枚200円の宝くじの当選金額の期待値は約半分の100円程度となります。ただし、これはあくまでも理論上の期待値で、200円のくじ1枚で1億円を当てる幸運な人もいます。宝くじの場合は分散がとても大きいため、大数の法則が成り立つにはコイン投げに比べて非常に多くの試行回数を必要とします。さて、宝くじの購入枚数が膨大になると、大数の法則から理論上の期待値に近づき、当選金額は購入金額の半分に近づいてくることになります。ですから、5000万円を投じて宝くじを買い占めても、当選金額は期待値である2500万円に近づき、大損をする可能性が高くなります。

おわりに

 以上、確率論の基本的な考え方を簡単にご紹介しました。確率論というと、高校までの数学のように場合の数を計算するというイメージが強いかもしれません。しかし、大学で学ぶ確率論は高校までとはだいぶ違って、連続な確率分布という概念を扱い、積分を用いて確率を計算します。偏差値の説明のところで出てきた正規分布は、連続な確率分布の代表例です。

 今回は身近で簡単な話題を取り上げましたが、確率論は近年、経済学や工学を始め様々な分野で応用され、私たちの生活の中で重要な役割を果たしています。本稿を通して、少しでも確率論に興味をもっていただければ幸いです。

小杉 のぶ子(こすぎ・のぶこ)/中央大学経済学部教授
専門分野 確率論

『はじめての確率論』

東京都出身。筑波大学附属高等学校在学中にAFS交換留学生として米国ミネソタ州に1年間留学。1990年 お茶の水女子大学理学部数学科卒業。日本銀行に勤務した後、1996年 お茶の水女子大学大学院理学研究科修士課程修了。1998年 お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士課程中途退学。1999年 お茶の水女子大学にて博士(理学)の学位を取得。
お茶の水女子大学理学部助手、東京商船大学専任講師・助教授、東京海洋大学海洋工学部准教授を経て2013年より現職。
現在は主に、確率過程に関する極限定理について研究している。
著書に『はじめての確率論』(共著、近代科学社)がある。