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研究一覧

宮本 太郎

宮本 太郎 【略歴

教養講座

シルバーデモクラシーを超えて

宮本 太郎/中央大学法学部教授
専門分野 福祉政治、福祉政策論

社会保障と雇用への政治学的接近

 私の研究分野は、一言で言えば「福祉政治」ということになろうか。社会保障や雇用に関する政治過程を、国際比較の観点もふまえて研究する、というのが当面の関心事である。こうした事情から、社会保障や雇用の制度や政策についても論じることになり、そちらが本業と誤解されることも多いのであるが、あくまで政治学の視点から分野横断的に論じている。社会保障については、年金、医療、児童福祉など個別分野を深く掘り下げている専門家が多く、いつも勉強させてもらっているというのが実感である。

シルバーデモクラシーとユースデモクラシー

 それはさておき、福祉政治という視点からは存外いろいろなことが見えてくる。

 たとえば、政治と世代といった問題もその一つである。日本では高齢世代の政治参加が優位で、シルバー・デモクラシーなどと呼ばれる。2012年の総選挙を見ても、60歳台の投票率は75・1%、これに対して20歳台では37・7%であり、高齢世代の投票率は若者世代の倍以上の割合である。2009年の総選挙では、0歳から30歳までは人口比では44%だが投票数では25%、これに対して60歳以上は人口比では30%だが投票数では40%であった。

 これに対してスウェーデンを見ると、前回の総選挙で18歳から29歳までの投票率は79%で、日本に比べて実に40%以上高い。投票率だけではない。地方議会には大学生の議員も珍しくなく、高校生の議員を見かけることもある。かつて勤務していた大学で学生たちを連れてスウェーデン南部のベクショー市を訪れた際、同市の学生市議会議員と日本の学生たちの交流会をしたことがある。スウェーデンの音楽事情などの話題では盛り上がっても、政治や経済の話題になるとやはり相手は「政治家」で、議論の水準に差が出てしまったことを憶えている。各政党には青年組織があり、そのリーダーたちによるテレビ討論はときに党首討論をしのぐ盛り上がりを見せる。こうしたスウェーデンの政治は、ユース・デモクラシーとでも呼びたくなる。

なぜシルバーデモクラシーか?

 シルバーデモクラシーとユースデモクラシーの相違はなぜ生まれるのであろうか。そこには両国の社会保障の制度が大きくかかわっていると思う。

 スウェーデンのユースデモクラシーは「全世代対応の社会保障」に対応している。スウェーデン社会保障は、若者支援の制度の比重が高い。流動的な労働市場のなかで就労を支援し、また、女性の就業率を高めその能力を活かすためにも、社会保障の役割として、公的職業訓練、生涯教育、女性就労を支える保育サービスなど、現役世代向けの支出が重視されてきた。若者たちにとって、こうした制度は生活を成り立たせる上で不可欠のものであって強い関心を持たざるを得ない。中学校や高校での教科書などでも、社会保障の制度について多くのページが割かれている。

 これに対して日本のシルバーデモクラシーは、この国の「人生後半の社会保障」に対応し、これを再生産している。日本もまたスウェーデンと同様に、雇用の安定を重視した国づくりをおこなってきた。ただしその方法は、スウェーデンとはむしろ対照的であった。行政が、護送船団方式の行政指導や公共事業で業界や会社を保護し、流動性の低い硬直的な労働市場で男性稼ぎ主の雇用を守ってきたのである。会社は家族を養うための「家族賃金」や様々な福利厚生も提供し、男性稼ぎ主は、その勤労所得で妻と子どもを扶養した。

 つまり現役世代に対しては、会社が生活保障の基盤であった。社会保障は、規模が抑制されたことに加えて、こうした安定雇用が途切れる退職後のための支出に集中した。年金、介護など高齢者向けの支出と現役世代向けの支出の比率は、スウェーデンが1・8倍であるのに対して、日本は7・3倍である。人生後半の社会保障と呼ばれる所以である。

 その結果、高齢者は社会保障の制度に関心を強め、政治との接点も広がるが、現役世代にとっては会社がミクロコスモスであり、政治との関係は間接的なものとなった。スウェーデンとは異なり、社会保障についての教育もほとんどなされず、教育に政治を持ち込むことは忌避されるため、若者の政治参加は消極的になる。70年代初めには60%を超えていた20台の投票率は、その後、ほぼ一貫して低下傾向を辿ってきた。

社会保障改革はなぜすすまないか?

 問題は、現役世代の生活を支えてきた雇用の仕組みが根本から揺らいでいるにも関わらず、シルバーデモクラシーと人生後半の社会保障に大きな変化が見られない、という点である。もはや会社に頼れない以上、スウェーデンと同じく、現役世代の生活や若者の就労支援が強められなければならない。にもかかわらず、高齢者の票を頼みとする政治は、人生後半の社会保障に手をつけることができない。

 私自身も関わった政府の「社会保障と税の一体改革」では、「全世代対応の社会保障」を目指すことが謳われてきた。高齢者のなかでも、相対的に余裕のある層からは一定の負担をお願いするのが原則である。しかしながら、たとえば70歳から74歳の医療費の窓口負担を2割にするという決定も、高所得高齢者の年金額を調整するという方針も、いずれも棚上げあるいは先延ばしにされ続けている。その一方で現役世代支援は、子ども子育て支援で一定の進捗があったものの、大きく前進する気配はない。

 シルバーデモクラシーを「ラディカル」な方法で転換させる方法も提案されている。たとえば財政学者の井堀利宏氏は、「年齢別選挙区」を提唱する。すなわち20代から30代の人口で議席を算定する「青年区」、40代から50代の「中年区」、そして60代の「老年区」を分けて議員定数を決め、国政選挙を行うという提案である。たしかにこれならば、若者の投票率の如何によらず若年層の利益を代表する(と思われる)議員が選ばれることになる。

 また、人口統計学のP・ドメイン氏は、親権者に子どもの数だけ投票権を与えるという方式を提唱している。これもシルバーデモクラシーのもとで将来世代の利益が顧みられていないという問題意識に基づく提案である。

シルバーデモクラシーをどう超えるか

 もっとも私自身は、こうした方法が世代間の利益対立を固定化することになりはしないかと懸念している。その前に、若者の社会保障と政治に対する知識や関心を広げていくことがきちんと取り組まれてきたのか、まずそこから考えるべきであろう。現在厚生労働省では、文部科学省とも協力して「社会保障の教育推進に関する検討会」を設置していて、私自身も参加している。高校生が自分の生活設計とのかかわりで社会保障を考えるための教材づくりをすすめるのがこの検討会の課題である。この種の教材は、若者たちが国の政策や制度を「わがこと」と考えるきっかけを提供できるかもしれない。

 こうして育まれた関心を政治にむすびつけるためには、スウェーデンで取り組まれている「学校投票」の制度などは大いに参考になる。これは、総選挙のたびにそれと平行して、中学生と高校生が模擬投票をおこなう制度でである。教育省の肝いりおこなわれ、30万人以上の生徒が参加し、その結果は投票日の夜に公開される。この「学校投票」では、本番に比べて左右両極が「躍進」する傾向があるようだが、このようなトレーニングを積むことで若者の政治参加の質が高まる。

 シルバーデモクラシーからの脱却で目指すべきは、世代間対立の激化ではなく、若い世代が社会に参加し力を発揮できる環境を構築することである。若者世代が高齢化を支えることができれば、若者世代と高齢世代の共倒れを防ぐことができる。このような環境構築のためにも、福祉政治の視点からの考察を重ねていきたいと考えている。

宮本 太郎(みやもと・たろう)/中央大学法学部教授
専門分野 福祉政治、福祉政策論
1958年生まれ 東京都出身
1988年 中央大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学
立命館大学法学部助教授、北海道大学法学部教授などを経て2013年から現職
現在、社会保障審議会委員、社会保障制度改革国民会議委員などつとめる。
著書に『生活保障』(岩波新書)、『社会的包摂の政治学』(ミネルヴァ書房近刊)など