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三船 毅

三船 毅 【略歴

教養講座

政治不信の拡大

三船 毅/中央大学経済学部教授
 

1. はじめに

 政治不信の国際的比較研究では、日本は相対的に高水準の政治不信が長期化していることが指摘されてきた。だが、日本ではそれにとどまらず1990年代後半以降政治不信はさらに急速に上昇している。日本おける政治不信の長期的変化を対象とした研究は少なく、政治不信が上昇傾向を示す要因は解明されていない部分が多い。本稿では、日本で政治不信が長期的に上昇傾向を示す一因をコウホート(出生時期を同じくする集団)という観点から明らかにしてみたい。

2.政治不信とは何か

 政治不信とは国民が政治に抱くネガティブな意識の総称であるが、政治不信の「政治」とは一体何であるのかが先行研究では大きな問題であった。本研究では、日本の多くの社会調査で用いられた「国の政治は信頼できますか」という設問に対する否定的な回答を政治不信の操作概念として用いる。その理由は、政治不信の長期的変化を捉えることが可能なデータは、この設問だけという消極的なものである。しかし、この設問のデータを用いると政治不信の対象が何であるのかという問題が残ってしまう。

 政治不信の対象という問題に関しては、アメリカではミラーとシトリンという研究者により論争が展開された。彼らの論点は「不信の対象が為政者なのか、それとも政治体制そのものなのか」であった。当時のアメリカの調査では、これら2つが区別されていなかったのである。この論点は、政治不信が長期化していたアメリカでは「長期的に政治不信が存在するならば、政権交代しても国民は政治システム全体に不信感をもつようになる」(山田,1994,138頁)という仮説に置き換えられた。アメリカでの論争は、日本の長期的に高水準で上昇傾向すらみせる政治不信の推移を考察する上で重要な示唆をもつ。1976年以降の各種調査データを見る限り、政治事件が起きたり、支持率の低い政権期には政治不信は高くなり、支持率の高い政権期には政治不信は低くなる。そして、長期的にみると日本の政治不信は図1に示すように上昇傾向を示す。

図1:日本における政治不信の推移

 「国の政治は信頼できますか」という設問は「国の政治」を問うているが、その内容は多義的であり、為政者と政治体制の両方を含むと考えるのが自然である。だが、この設問のデータでも適切な方法で要因分解がなされれば、政治不信の内容を特定することが可能になる。政治不信形成の発端は、政治家や公務員のスキャンダルなどの時代要因が関わっている。もし、政治不信が国民による一過性の不満の表明ならば、不満が払拭されれば政治不信は低下するであろう。しかし、日本の政治不信は一定水準を維持しつつ上昇傾向をみせている。したがって、政権交代が存在しながらも政治不信が長期間にわたり上昇する背景には政党・政治家による「政治事件に対する一過性の政治不信が変容して、政治体制不信として蓄積されているのではないのか」と仮説を考えることができる。

4.分析課題

 先の仮説の分析は、データの制約から2つの問題の解明を内包する。1つは、アメリカの論争と同じく「日本における政治不信の拡大的推移の要因は政党・政治家などの為政者に対する一過的な不信なのか、それとも政治体制不信なのか」である。もう1つ、「この長期的な政治不信の拡大の背景には、政治家・政党への不信が政治体制不信へと転化・深化し、社会に蓄積されているのか」である。これら2つの問題を解明することにより、政治不信の拡大要因を検証することが可能になる。

 本研究は、これらの分析課題に対して中村(1982,2005)によるベイズ型コウホートモデルを用いて、政治不信に関わる年齢要因、時代要因、コウホート要因の効果を分離し、政治不信の内実を明らかにして、日本における政治不信の長期的上昇傾向を闡明する。

 コウホートモデルにおいては、時代効果は年齢や世代を問わない個人のある1時点での時代要因への反応だけが取り出されたものである。よって、個人が政党・政治家または政治体制などの漠然としたものをイメージしたとしても、その時々の時代要因だけを反映しているのであるから、各時点での政党・政治家への批判である。したがって、時代効果はその時々の政党・政治家への不満が政治不信として表出した部分を捉えたものと解釈することになる。

 年齢効果はライフステージに起因する中期的な不信として析出されると考えられる。ただし、これも時の政権が不信を緩和する政策を採れば解決するであろうから、ライフステージ要因も政党・政治家への不信の一種ともいえる。年齢効果は各年齢層に対する政策適合性に起因するか、加齢による社会生活との距離間に起因して政治不信が変化することを捉えるものと考えられる。

 一方、コウホート効果は、ある特定の期間に出生した個人に共通にみられ、他の世代とは異なる傾向であり、それは調査時点の状況や年齢に左右されるものではなく、個人が政治的社会化過程での経験を元に形成されるものであるから、特定の一時点における政党・政治家を対象とした政治不信ではない。したがって、政治不信の残余は具体的な対象ではなく、深化した政治体制不信ということになり、それがコウホート効果として表出することになる。

5.データとベイズ型コウホートモデル

 分析に用いるデータは、1976年から2007年までの11時点のデータで、4段階尺度での否定的回答「時々は信頼できる」「全く信頼できない」を合算した回答割合を用いる。

表1:データによる一般コウホート表

 コウホート分析の古典的方法は、標準コウホート表または一般コウホート表から数値の動きを読み取るというものである。表1がデータから作成した一般コウホート表である。

 コウホート表の数値から一般には各効果を読み取ることは困難であり、これは識別問題とされて、その克服方法が方法論的研究課題であった。

 この識別問題を克服したのが中村(1982)であり、ベイズ型コウホートモデルとして知られている。ベイズ型コウホートモデルによる分析では、基本的には従属変数を3効果である年齢(Age)、時代(Period)、コウホート(Cohort)要因に分解する。

6.分析結果

 図2の上段が男性、下段が女性の分析結果である。詳細な結果は割愛するが、APCモデルのABICが最小であったので、3効果が存在する。図2は左から時代効果、年齢効果、コウホート効果の推定値を示す。推定値は、各効果内でのパラメータのゼロ和制約により相対的な値となっており、正で大きな値ほど政治不信を上昇させる(政治不信の割合が高くなる)ことを示す。以下、各効果の特徴を男女別に記す。

(時代効果)
男女共に1976年、1996年、2000年、2007年で効果は高く、政治不信が相対的に高かったことを示している。1976年はロッキード事件が起こり、1996年は1993年から続く有権者を無視した政党再編が行われていた時期でもある。2000年は、森首相の舌禍と危機管理能力の低さが露呈した。よって、これらの政治家の政治事件などの要因が年齢や世代を問わず不信を高めていたと解釈できる。この後2001年からの小泉政権では、支持率の高さを背景として、不信が低下したと考えられる。しかし、その後の2006年秋からの安部政権では、松岡農相の自殺などの事件が続発し、メディアは官邸崩壊と揶揄し、不信を高めたのである。

(年齢効果)
男女ともに20~30歳台まで効果は上昇し、それ以降では50歳台まで高く推移し、60歳台以降で低くなる。これは男女ともに結婚による家庭の形成や、職場で社会的責任が重くなる時期だからである。60歳以降で効果が低下するのは、離職して家庭における責任も軽減されつつ保守化するからと考えられる。

(コウホート効果)
傾向は、男女ともほぼ同じである。特徴は、1940年以降の出生コウホートを境として大きな変化を示している。1940年代以前の生まれは不信を相対的に低くする効果を示すが、1940年以降生まれでは不信を高める効果を示す。この差異は、戦前の体制で政治的社会化を経験したか否かに由来する。戦前のの絶対的天皇制・軍国主義では、国民が政治を批判する余地は存在しなかった。また、マスメディアによる政治批判の状況も戦前戦後では大きく異なる。1940年以降から1975年以前の出生コウホートは、政治的社会化を戦後の民主主義体制のなかで経験してきた。その過程では、大きな政治事件が新聞、テレビを騒がせてきた。幾つもの事件を政治的社会化過程で経験すれば、政治不信を形成するには十分であり、それらが世代差としてのコウホート効果として表出したのである。戦前にも数々の政治事件があった。しかし、コウホート効果として異なる世代の個々人に定着させる社会状況が戦前と戦後では大きく異なったのである。

 コウホート効果は、各出生コウホートが有する潜在的な政治不信の程度である。コウホート効果は、各出生コウホートが政治的社会化過程で共通に経験した何らかの事象をもとにして、それが政治不信を高めるかまたは低める効果を定着させたものであるから、その効果はそれ以降一定であるとされる。しかし、その意味するところは時代効果と異なり、コウホート効果が大きければそれはある時点の時代要因が政治不信を低めるものであっても、その出生コウホートは政治不信を有しているのである。これはまさに、一過性の政治不信が政治体制不信へと深化していることに他ならない。図2にみられるように1940年以降の出生コウホートは、政治不信に対する高い効果を有している。さらに詳細な分析(図3-1、図3-2参照)で、3効果がどの程度政治不信に寄与しているのかを分析すると、2000年以降では男女ともにコウホート効果の寄与が高くなっている。

図3-1:3効果の推移(男性)

図3-2:3効果の推移(女性)

 コウホート効果の高い出生コウホートが1940年以降であるということは、コウホート効果の高い出生コウホートが経時的に社会の中心に移動して社会に蓄積されることが、社会全体としての政治不信割合の増加の一因になっていると考えられる。また、コウホート効果はその性質からして個々の政権への不信ではなく、体制不信を表すものと考えられる。よって、コウホート効果が2000年以降漸次増加していることは、時代効果の変動はあるものの一定の水準で政治体制不信への深化が続いていることを示している。

 これらの結果が含意するところは、今後幾ばくかの間は支持率の高い政権が登場しても日本社会の底流には、かなりの程度の政治体制不信が存在し続けるということである。

中村 隆.1982.「ベイズ型コウホートモデル―標準コウホート表への適用―」『統計数理研究所彙報』第29巻,77-97頁.
山田 一成.1994.「政治的疎外感と政治行動」『政治行動の社会心理学』飽戸弘[編] 福村出版.
Nakamura, Takashi. 1986. “Bayesian Cohort Models for General Cohort Table Analysis,” Ann. Inst. Statist. Math. , Vol.32, pp.353-370.

三船 毅(みふね・つよし)/中央大学経済学部教授
 
東京都出身1966年生まれ。 1998年慶應義塾大学法学政治学研究科博士課程単位取得退学。博士(法学、慶應義塾大学)
日本学術振興会特別研究員(DC2)、愛知学泉大学講師、准教授を経て、2012年4月より現職、同年10月より日本政治学会理事。

現在の研究は、日本人の政治参加行動の変化中心に研究している。また、政治学における空間理論の枠組みから、有権者の政策選好と政党の政策選好を比較して、ゲーム理論による分析を中心に行っている。

主要著書に
『現代日本における政治参加意識の構造と変動−参加による市民社会構築とその脆弱性−』慶應義塾大学出版会、2008年)
「投票参加の低下−90年代における衆議院選挙投票率低下の分析−」(『年報 政治学2005−Ⅰ』第1号・135−160頁、2005年)などがある。