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トップ>研究>IFRS導入と公正価値測定の信頼性・監査可能性

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越智 信仁

越智 信仁 【略歴

教養講座

IFRS導入と公正価値測定の信頼性・監査可能性

越智 信仁/中央大学企業研究所客員研究員
専門分野 金融規制と会計・監査

1. はじめに

 国際財務報告基準(IFRS:International Financial Reporting Standards)の特徴として、資産・負債アプローチとともに公正価値測定が挙げられることが多い。わが国の財務報告にも近年、IFRSの影響から見積りや公正価値情報等が拡大しており、その測定の不確実性から情報の信頼性や監査可能性を巡る問題がクローズアップされてきている。他方で、サブプライム問題に端を発するリーマンショック(2008年9月)後の金融危機において、未成熟なモデルによる公正価値評価の抱える問題点が米欧等で大きく顕現化したことは記憶に新しい。

 著者は職務(日本銀行等)で培った危機の教訓を起点に、これまで取り組んできた公正価値評価の信頼性等に係る会計研究の成果を今春、『IFRS公正価値情報の測定と監査』 として上梓した。その後、今秋の学会等において、日本会計研究学会「太田・黒澤賞」、日本内部監査協会「青木賞」といった伝統ある学術賞をいただくことができ、また本学出身者として本学企業研究所客員研究員(「公正価値会計の展開と限界」チーム)を兼職していることもあり、実務家ながら本欄に登場させていただく栄に浴することになった次第である。

 以下では、前半にかけて主に拙著を通じて公正価値評価の会計測定・監査に絡む問題点を概観する。ただ、読者には研究者以外の方も多くおられて少し堅苦しいかもしれないので、中盤にかけてはメインテーマから少し外れるかもしれないが、中央大学との接点を取り混ぜながら社会人研究者としての経緯について、社会人大学院等での拙い試行錯誤もご紹介する。学生・社会人の皆様方にも、学術と実務との接点を巡る一例ということで、何がしかのご参考になればと思っている。

2.IFRS公正価値情報の測定と監査

 本年7月、企業会計審議会によるIFRS対応のあり方に関する中間論点整理においても、公正価値に係る検討が引き続き必要としている。こうした今日的課題に対し、上記拙著は、金融危機の教訓を踏まえて、IFRSの下で拡大する公正価値情報や注記等補足情報を巡り、その測定・開示及び監査・保証の問題を包括的に論じたものである。すなわち、全3部12章(序章および終章を含む)から構成されているが、第Ⅰ部「グローバル金融危機の教訓」(第1章、第2章)が導入と問題意識の提示であり、それを踏まえて第Ⅱ部「金融商品における公正価値測定の信頼性・監査可能性」(第3章~第6章)で公正価値測定の「最低限の信頼水準」に係る問題点を考察し、第Ⅲ部「見積り・予測・リスク情報拡大と監査人の対応等」(第7章~第10章)では、主観的な見積りなどの法的責任問題や注記・非財務情報を含めて監査人の関与のあり方を論じた。

 本書で特に力を入れて実践・解明したのは以下の3点である。
 第1に、目標仮説と観察事実との乖離を考察し、その原因を分析するという規範的会計研究の方法を明確に意識して実践した点である。すなわち、目標仮説を「会計基準は真の価値から大きく逸脱しかねない価額評価にも事前的な一定の概念的歯止めとなるよう、測定値に信頼性・監査可能性を具備すべき」と設定したうえで、観察事実と目標仮説との乖離を指摘しその改善策を論述するとともに、IFRSの下で拡大する公正価値情報や注記等補足情報に関し、その測定・開示および監査・保証の問題について体系的に論じた。

 第2に、公正価値適用領域の画定基準を技術的・制度的限界から研究した点である。米国会計基準設定主体の分類ではレベル3公正価値(観察不能な情報を基に計量化されたモデル評価額等)とされている領域に関し、実践的な観点(測定値の硬度と監査可能性)を取り入れて、測定技法の多様性による測定の不確実性を生む領域を「レベル4」として識別し、具体的な金融商品を例示しながら一貫した論述を展開した。そうした領域では、意図せざる偏向のみならず、恣意的な過大(過少)評価の余地も著しく拡大することを多面的に論証するとともに、そうした論述の中で、金融商品にも公正価値測定の限界があることを明らかにした。

  第3に、会計士に求められる役割・責任や利用者の「期待ギャップ」問題(世間の期待と会計士業務の実際とのずれ)を共通の視座として、注記・非財務情報の開示・監査・保証のあり方を一体的に研究した点である。そこでは、従来、会計学界での論究が少ないバーゼルⅡ開示規制(銀行等に関する国際的な自己資本比率規制)の先行制度に係る比較研究なども交えながら、リスク情報等の開示・監査・保証に係る問題点を分析し、試論的に制度枠組みの方向性を提示した。

3.社会人研究者としての活動経緯

  ここから先は少し肩の力を抜いてお読みいただきたい。先述したとおり本学企業研究所の客員研究員を兼務しているため、八王子キャンパスに足を運ぶ機会も少なくなく、先般、筆者の学部ゼミ(戸田修三元学長)時代に当時院生のお立場でゼミ指導されていた福原紀彦教授(現総長・学長)に久方振りにお会いする機会を得た。そもそも現在に至る研究活動のささやかな一歩を踏み出したのは、設置間もない社会人大学院の福原先生によるガイダンス・セミナーに関する新聞広告に興味を抱き、駿河台に足を運んだことに始まる。そこで指導教官として、当時金融庁にも勤務されていた野村修也教授(現法科大学院教授)を紹介され、野村ゼミ社会人1期生として、激動期の金融システムの下での銀行監督に関し幅広くご指導を賜わる機会を得た。

 上記修士課程を2000年3月に修了後、勤務先で支店次長として大分に赴任することになったが、その際には、大分大学大学院経済学研究科(社会人大学院)で問題意識を発展させて、金融機関等を規律するガバナンスの担い手としての外部監査の貢献可能性を研究した。その過程で、会計学や監査論に関するマンツーマンの親身なご指導を会計分野の諸先生方からいただいた。さらに数年を経て東京に帰任してからは、会計・監査と法の融合的研究を進めるため、当該領域のど真ん中に位置されていた弥永真生筑波大学教授に師事して、旧東京教育大学跡地の文京区茗荷谷駅近くにある筑波大学大学院博士課程への通学が始まった。

 2008年9月、筑波大学博士論文の研究成果を『銀行監督と外部監査の連携』(日本評論社)として出版した直後に、リーマンショックが発生した。会計士職能活用による金融システムの安定性強化を念頭に前著を上梓した矢先、それを根底から覆しかねない事態の急展開に強いショックを受けた。と同時に、公正価値評価の信頼性・監査可能性等の問題に強い研究モチベーションを抱き、金融実務との関連をベースに会計・監査をメインの研究領域に置いて、先に述べたように今回の出版に至る研究活動を積み重ねてきた次第である。駿河台の院に通うようになって以降、曲がりなりにも十数年、自らの金融経済調査や金融機関考査の経験なども活かしながら現実の問題を学問横断的に深掘りすることで、研究活動を続けてきたことになる。その際、社会人大学院あるいは研究所等における学術研鑽の「場」が貴重な役割を果たした。

4.これからの研究活動について

 最後にメインテーマに戻り再び少し堅苦しくなるが、先ほど拙著で提起した「レベル4」公正価値と、レベル3公正価値との間の価値関連性(財務情報と株価との相関)の差異については、実証研究により検証していくことが重要である。そうした中で、財務情報が経済実態の「忠実な表現」か否かに関する測定上の分布特性に係る知見をより深めていくとともに、拙著で提案した目標仮説に基づく改善策の合理性、実行可能性、効果の大きさなどについて、併せて継続的な検証を重ねていく必要がある。また、公正価値を含む財務情報とリスク情報等非財務情報との相互依存関係は、原則に従い企業自身が会計判断するIFRS「原則主義」のもとで注記等を介在させながら強まりと広がりをみせているが、開示領域の境界を明確化し、これに応じて監査・保証業務を理論的・体系的に構築していくことは、今後の課題として残されている。

  さらにディスクロージャーの拡張に際しては、持続可能な社会の樹立を巡り、企業に対する環境・CSR(Corporate Social Responsibility)情報開示の要請も近年の潮流となってきている。環境・CSR 情報はリスク情報としての側面を有する反面、意思決定有用性に止まらない様々な利害関係者のニーズを満たす情報としても機能する。こうした外延の広い非財務情報については、近年国際的に取り組みが進展している財務・非財務情報(ESG<Environmental, Social and Governance>情報)の統合報告(Integrated Reporting)を遠景に置きつつ、その開示規範の特徴、測定硬度や監査可能性、保証業務の成立余地について、統一的かつ横断的な観点から考察を深める余地が残されている。未だ研鑽の余地は極めて大であるが、研究を地道に積み重ねつつ、いずれは成果を体系的に取り纏め単著の3冊目として世に問いたいと愚考している。

越智 信仁(おち・のぶひと)/中央大学企業研究所客員研究員
専門分野 金融規制と会計・監査、特に金融商品等の公正価値、非財務情報の開示と監査・保証に関する研究
愛媛県出身。1961年生まれ。1984年中央大学法学部卒業、同年日本銀行入行後、
考査局調査役、大分支店次長、金融機構局企画役、預金保険機構財務部審理役(財務企画課長兼任)、金融研究所企画役等を経て、現在、日本経済調査協議会主任研究員に出向中。
2000年 中央大学大学院法学研究科修士課程修了。
2003年 大分大学大学院経済学研究科修士課程修了。
2008年 筑波大学大学院ビジネス科学研究科博士課程修了、博士(法学)。
2012年 中央大学企業研究所客員研究員(兼職)。


主要著書(単著)として、『IFRS公正価値情報の測定と監査』(国元書房、2012年)(日本会計研究学会「太田・黒澤賞」、日本内部監査協会「青木賞」)、『銀行監督と外部監査の連携』(日本評論社、2008年)がある。
論文(単著)は、「IFRS導入と公正価値評価への対応」『国際会計研究学会年報(2010年度)』(国際会計研究学会「学会賞」)、「CSR規範形成過程におけるNPOの機能と課題」『ソフトロー研究17号』(東京大学GCOE、2011年)など。なお、本学『企業研究22号(2013年2月)』にも「ESG情報の報告形態と監査・保証を巡る一考察 ―統合報告における開示と監査・保証問題の特質」を掲載予定。