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研究一覧

佐藤 文博

佐藤 文博 【略歴

教養講座

スマートフォンを使用した修学旅行のための教育実験について

佐藤 文博/中央大学経済学部教授
専門分野 情報処理

1.研究会について

 今回、朝日新聞(2012年9月29日東京版)で報道されたスマートフォンを使用した修学旅行用の学習アプリケーションの実験は「楽しい修学旅行研究会」による今まで蓄積されたノウハウをもとに実施したものである。まず初めにこの研究会による実験研究の背景について述べる。

 情報化社会といわれて久しいが、情報の質はまちまちで、子どもの利用にはリスクが大きいため、利用をどう制御するかが学校教育での当面の課題にもなっている。その一方、現代は子供が成長したときに、情報に振り回されるのではなくそれを使いこなすことが求められる社会でもある。その力を子どもが養うためには初期教育をいかに具体的に、有効に行うか、情報倫理を含めた情報教育の役割が今後大きくなると思われる。

 このような情報教育の一環として実際に子どもが社会とつながれる場として修学旅行(校外学習)を例に具体的な展開を展開を考えていくことが、2006年開設のこの研究会の当初の目的であった。構成メンバーは修学旅行に実際にかかわる学校や旅行会社、目的地となる自治体や観光協会、学習の内容を作成する出版社や通信事業者、コンテンツ作成会社まで異業種分野に及ぶ。

 総括は中央大学の経済学部の研究室である。大学は学問の探求という役割とともに、研究成果の社会への普及に寄与するという役割があり、大学の公益性・中立性を保持することで、異業種間、競合社間を連携させ、1つの目的に向かって知識や技術を集結していくことを可能とする。「楽しい」という検証に適さない研究会名をあえて冠することで、研究発表に終わらない、子どもの興味と実際の使用までを視野に活動することを目指している。

2.関連研究について

 ICTというキーワードでテクノロジーや機器に着目するだけでなく、地域間の情報流通や情報処理の重要性も踏まえ、現在は主に情報教育とそれに役立つアプリケーション作成を検討する「M-ラーニング分科会」と、実際の交流の場としての民家泊(通称民泊)を現地の組織とともに検討する「民泊分科会」の2つの分科会に分かれて活動を行っている。

 今回の墨田区における実証実験は、M-ラーニング分科会での検討である。今回の中高生向けのアプリケーションの他、2009年からは小学校におけるケータイの活用を八王子市立上壱分方小学校と共同研究を続けている。これらの成果は、2009年度以降、情報コミュニケーション学会、CIECカンファレンス、IADIS e-learningカンファレンスでも発表済みである。

 民泊分科会は沖縄県伊江村観光協会、佐賀県首都圏営業本部、秋田県能代市などが会員となっている。平成20年度農林水産省の公募事業への参画、沖縄県産業振興公社の離島振興基金の援助のもと、民泊の安全基準マニュアルの作成に取り組んだ実績がある。

3.今回の実験内容について

(1)実証地(墨田区・東京)における観光の現状と課題

 スカイツリーの来場者はオープン2カ月余りで100万人の大台に乗り、今後もさらなる集客が期待できるが、観光客がスカイツリー周辺地域にどれだけ長く滞留するかという点が課題になっている。この課題解決のために、墨田区観光協会を中心に地域ブランド作り、観光素材を集めた墨田区街歩きガイド作成及びデータベース化を行い、モバイル端末を使用したナビや自動翻訳など、観光の新しい展開を図っている。

 また、東京都に関しては昨年3月11日の東日本大震災後、修学旅行がキャンセルされ、その数は15万人と推定された。(『日本経済新聞』2011.5.25)今年以降修学旅行生が東京にも戻ってくることが予想されるが、安全・安心要素には位置情報・迅速な連絡・避難所の確保など、これまで以上の配慮が求められる。

(2)研究会でのそれまでの検討内容

 従来の紙ベースの修学旅行における事前事後の学習と現地での学習には乖離がある。事前に詳細に調べた資料は現地では活かしきれないのが実態である。

 M-ラーニング分科会では、ICTの使用により、現地の人とつながり、また事前学習を生かした修学旅行を実現することを目指している。その一環として、事前学習で生徒が作成したクイズ(下記の例参照)で地域をめぐるオリエンテーリングアプリを作成した。(スタスタeye)徒歩で2時間程度の班行動の地域周遊である。2007年より深川、鎌倉、浅草と実証実験を行い、好奇心を刺激する試みとして評価された。学習効果に加え、学校や保護者にとって重要な安心安全の観点からもGPS機能の有用性は検証されている。

例)クイズ:龍には羽があるでしょうか?
  選択肢 1龍には羽はない。
      2西洋の龍には羽があるが、日本の龍には羽はない。
      3龍には羽のある種類とない種類がある。
      4龍には必ず羽がある
 正解:3
 解説:龍には飛竜、水龍など種類があり、羽のあるものとないものがある。**寺にある龍は見事な羽をつけています。さあ、見に行きましょう。

(3)今回の実施目標

・墨田区素材の利用によるスカイツリー周辺地域の活性化
・修学旅行の新しいアイテムとしての事前、現地、事後を繋ぐアプリの評価
・修学旅行生の生きた学習体験
・修学旅行生及び学校、保護者に対する安心安全の情報受発信

 以上を具体的な目的とした。上記目的達成の第1段階として、9月のスカイツリー周辺でこれまでの検討を活かしたオリエンテーリングを実施し、修学旅行における有用性を検証する。なお、都内他地域への展開、中期的には、外国語対応も可能であるこの仕組みが応用でき、日本を代表する観光地の国際交流も視野に検討する。

4. 実証実験について

(1)実験概要

□ 実施日時 2012年9月30日(日)14:30-16:30
□ 実施場所 墨田区スカイツリー周辺
  実施内容 作成アプリ(スタスタeye)を使用し、約2時間の行程のオリエンテーリングを
  高校生、大学生、一般成人で実施する。人数規模は30人程度1クラス分想定。
  4人1グループ、9グループで正答率を競い、当該地区を回る。
  なお、管理者側のPCには安全対策として位置特定のGPS、災害時の避難所情報など、
  必要な機能を入れ込む。
□ 実施手順の概要
  a.手順説明
  b.各グループにスマートフォンを配布
  c.アプリを開きログイン
  d.目標地の確認 → 到達
  e.クイズへの解答
  f.説明文の確認
  g.指示された建物等の写真撮影
  h.次の目標地の確認 →到達 (以降eからgを繰り返す)
  i.10か所すべてを完了し得点を確認

□ 実証における評価項目
  ・アプリ有用度
   操作性、有用性、学習性、安全度、楽しさ、わかりやすさ、連帯感、
   修学旅行に必要な要素、一般観光に必要な要素の配備
  ・コースの有効性
   楽しさ、歩きやすさ、ランドマークの有効性、対象施設の選定評価
  ・修学旅行要素・・学習効果、事前事後学習との関連、学習成果データ蓄積
  ・スマートフォン展開の有用性
   音声入力、地図の見やすさなど

(2)準備事項

①オリエンテーリングアプリ作成
 これまでの実証に使用していたケータイ用アプリの内容をもとに、Androidアプリを作成。
 サーバー側の入れ込みシステムは、CentOS (5.8)、MySQL(5.1.58)、
 PHP(5.2.17)を使用。使用端末は、auのIS05およびMIRACHでAndroidのバージョン
 は2.2.-2.3。
②コース選定・作成
 墨田区観光協会の「すみだ街歩きガイド」のデータ利用。
 中央大学経済学部佐藤ゼミの学生がコースの選定評価、画面のデザインとクイズ等コンテンツ作成を行った。

(3)実施体制

□ 中央大学経済学部佐藤文博研究室‥企画、コース設定、コンテンツ作成、実施/評価および報告書作成
 (社)墨田区観光協会‥資料提供、コース選定アドバイス、広報、実施支援
 (財)全国修学旅行研究協会‥アドバイス、広報
 (株)KDDI研究所‥‥スマートフォン貸与
  宇都宮大学大学院渡辺裕研究室‥システム構築(GCLUE、KDDI研究所支援)
  近畿日本ツーリスト(株)‥‥企画アドバイス、展開
  学研教育総合研究所‥‥‥‥‥実験参加協力
  小学館・小学館集英社プロダクション‥‥分科会での協力

ログイン画面

成績表

目標地案内図

問題例1

問題例2

課題写真撮影画面

5.実験結果と今後の展開について

1. 実施結果について

 当日の天候は曇りで問題なく指定個所を巡ることが出来た。実験参加者の内訳は、中央大学杉並高等学校学生が8名、中央大学経済学部学生20名、宇都宮大学大学院生および研究会メンバー等社会人6名、スタッフ4名。

 現在時点でアンケートの結果は中間報告の段階であるが、コースの設定、問題については90%の参加者が肯定的な回答をしている。しかし画面の扱いやすさについては26%の参加者が否定的であり、地図の見やすさなど改善の余地がある。 だが、企画全体に対しての回答は圧倒的に肯定的であることも分かる。

全体的な意見

6.今後の展望

 以上、学校の教室外での学習効果を高める方法の一つとして、修学旅行の場面でICTの適用を試みた結果、ほぼ満足できる成果が得られた。これらの実践研究によりいわゆる体験学習やインターンシップなどでも今後の適用が期待できる。

 なお、今回の実験を通して、さらなる可能性として以下の事項も期待できよう。

①なつかしい街の新しい歩き方の発見。特にスマートフォンという若者に支持される機器を使用することで新しいスカイツリーを訪れる若者層、修学旅行の高校生などにもなつかしさを新しさとして、楽しく、また学べる観光を創造
②オリエンテーリングアプリの有用性に基づく修学旅行コンテンツラインアップ
③避難所など震災以降に懸念されている観光時の不安に関して、その点を前面に出さずに、しかし安心できるというコンテンツとしてのスマホ効果。特に班活動の際、各班の位置が1画面で教員などに把握でき、そこからの一斉情報配信機能、避難所情報を利用した安全の仕組みが作れる。
④修学旅行コンテンツとしては残したデータの事後利用:卒業アルバムへの展開などの簡易な利用法への応用。

 最後に今回の実験に際して協力いただいた宇都宮大学の渡辺裕先生ならびに関係者の皆様、とりわけ研究会の運営に常にご尽力されている本学経済学部の平松裕子講師に感謝申し上げます。

佐藤 文博(さとう・ふみひろ)/中央大学経済学部教授
専門分野 情報処理
神奈川県出身。1950年生まれ。
1974年 早稲田大学教育学部卒業
1974年(財)日本情報処理開発協会、(1981年工業技術院出向)
1994年 中央大学経済学部専任講師、1995年 同助教授、1999年 同教授
2002年-2004年 スタンフォード大学Center for Design Research客員研究員
2006年-2008年 経済学部学部長補佐
 現在に至る
研究課題:e-learning(遠隔授業)、東南アジアにおけるICT人材育成