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檜山 爲次郎

檜山 爲次郎 【略歴

教養講座

分子を操る匠の世界:有機合成化学

檜山 爲次郎/中央大学研究開発機構教授
専門分野 有機合成、有機化学、有機金属化学

 理科の学問の対象を形而上的なものからヒトまで順にならべると数学、物理、化学、生物、農学、薬学、医学になり、化学はほぼ中心に位置するので、化学はCentral Scienceだといえます。情報を主体とする科学・技術が発達したいまでも同じです。新しい学問がどんどん誕生して境界が明瞭でなくなってきていますが、化学は各学問の基礎を支えて対象を広げています。

われわれは有機分子の反応によって生きている

 物質を細分化してゆくと100種以上もある原子に行き着き、各原子には元素という名がついています。いろいろな原子が一定の配列で結合すると分子になります。原子どうしが結合して、分子の姿・形をつくり、性質・機能を発揮します。結合が何百・何千・何万と繰り返したものは高分子になり、現代生活では欠かせない合成繊維やプラスチックとしての機能を発揮します。分子どうし弱い結合で集まると、分子集合体や超分子が生じ、これらが特に生体における重要な働きに関係することが明らかになっています。ところで、われわれ自身の体が化学反応に依存していることを知っていますか? われわれが誕生したのは、両親の遺伝子が反応して新しい遺伝子を産み、これが自己増殖し、機能をもつタンパク質はじめ多数の生体分子を生合成した結果です。われわれの体は炭素が主体の有機分子からできていて、これらがバランスよく化学反応することによって、生きているのです。

有機合成化学者は有機分子を操る匠

 元素の周期表を見ると、第14族第二周期に炭素Cがあり、その真下(第三周期)にケイ素Siがあります。炭素の化合物を有機化合物あるいは有機物といいます。炭素どうしのみならず炭素-水素結合を中心に炭素はいろいろな元素と結合します。一方、ケイ素はガラスをはじめ無機化合物の主役です。酸化ケイ素とはシリカともいい、これが三次元に規則正しく結合したものは水晶です。いろいろな金属元素が絡んで無機化合物を形成します。最近では炭素-金属結合をもつ、有機金属化合物の化学が大きく発展して、生活を豊かにしてくれています。時には高分子をつくる触媒として、不斉合成触媒として、あるいは医薬品製造のための高選択的変換反応の主役として現代の有機合成の進歩を強力に推進しています。有機合成とは、一言で言えば、生活を豊かにする分子を創製する科学・技術です。その意味で、有機合成化学者とは、現代および未来の有機分子を操る匠と言ってよいでしょう。

 私の研究は、機能をもつ有機分子を如何に効率よくつくるか? その方法の創出です。なかでも、骨格をなす炭素-炭素結合の構築が最大の関心事です。ここでこれまで炭素-炭素結合形成でノーベル賞の対象になった反応を二つ紹介しましょう。

GrignardとBarbier

 リヨン大学のPillippe A. Barbierは水共存下に有機ハロゲン化物とカルボニル化合物に金属マグネシウムを加えて、有機基のカルボニル付加を研究していたのですが、再現性がよくないので、学生であったVictor Grignardに詳しく検討するよう命じました。Grignardはカルボニル化合物を抜いて無水エーテル中で反応すると、有機ハロゲン化物から有機マグネシウム化合物生じることを1900年に見つけました。これにカルボニル化合物を加えると収率・再現性よく当初目的が達成できることを明らかにしました。炭素-マグネシウム結合をもった有機金属化合物はGrignard反応剤と呼ばれていますが、これが契機になって有機金属化学がおおきく発展しました。この成果によりGrignardは1912年ノーベル化学賞を受賞しました。師のBarbierは栄誉に浴さなかったのですが、全てを混ぜるだけで操作が簡単なBarbier法は魅力的です。実際、有機マグネシウム化合物は反応性が高すぎて、他の反応点(官能基)との区別が難しく、構造の複雑な化合物の全合成には使い難い欠点がありました。

野崎-檜山-岸反応

 Grignard法の欠点を克服する方法の一つが、1975年にわれわれが発表したクロム(II)を用いる反応です。私が助手時代に始め、その後京都大学とHarvard大学で研究が続けられ、いまでは野崎-檜山-岸反応(略してNHK反応)として知られています。クロム(II)が有機ハロゲン化物を一電子還元して有機クロム反応剤になり、共存するアルデヒドに収率よく付加する反応ですが、官能基選択性、立体選択性が極めて優秀であるうえ、Barbier法を可能にしました。必要に応じてニッケル触媒を加えます。この反応は、酸や塩基に弱い構造のターゲット分子の合成において抜群の威力を発揮します。一昨年から昨年にかけて米欧日で認可された乳がん治療薬Halavenの製造において炭素骨格構築に何度も使われています。

檜山カップリング

 記憶に新しい2010年ノーベル化学賞はクロスカップリング反応の研究者に授与されました。もとはといえばGrignard反応剤と有機ハロゲン化物との反応にニッケル触媒を用いると簡単に炭素-炭素結合形成を達成できることを京都大学の熊田 誠・玉尾皓平のグループが1972年に見つけていたものですが、Grignard反応剤に代えて亜鉛(根岸英一)やホウ素(鈴木 章)反応剤を用い、パラジウム触媒を使うと格段に使いやすくなったので、世界中の研究室・工場で利用されるようになったのがノーベル賞授与の大きな理由です。資源的に豊富で毒性も少ないケイ素化合物を用いるのが最も望ましいのですが、反応性が不十分でした。ところが有機ケイ素化合物にフッ化物やヒドロキシイオンを作用させて5配位シリカートをつくってやると、ケイ素化合物もクロスカップリング反応に使えることをわれわれが1988年に見つけました。檜山カップリングと呼ばれています。有機ケイ素反応剤(いまではHOMSi反応剤の略称のもと世界中で売られています)は環境にも優しいので、近い将来にはすべてケイ素に置き換わるだろうと夢見ています。

不活性結合の活性化

 クロスカップリング反応の次のノーベル賞の候補になりそうな炭素-炭素結合形成反応に不活性結合の活性化があります。たとえば、普段は安定なC-C結合やC-H結合を何らかの手段で活性化し、標的分子のC-C結合やC-X(ヘテロ原子)結合に変換する反応です。クロスカップリング反応のように予め金属やハロゲンを導入しておく必要がないので、副生物がなく、環境に優しい製造法として望ましいものです。大阪大学の村井真二らがルテニウム触媒を用いてC-H結合を活性化させたのが最初です。私どもは、ニッケル(0)触媒とルイス酸を併用するとC-CN結合やC-H結合を選択的に切断でき、この結合にアセチレンやオレフィンのような不飽和結合を挿入させることができることを示しました。タイプ別にカルボシアノ化反応、ヒドロ(ヘテロ)アリール化反応、ヒドロカルバモイル化と呼んでいます。現在、世界中でしのぎを削っている分野で、中央大学の研究室でも独自の反応を追求しています。

有機合成には創造性が不可欠

 私の研究スタイルは、新合成反応の創出です。これまでにない反応が可能になれば、新しい構造(姿・形)が簡単につくれます。新しい構造は必ず新しい機能(作用・物性)をもたらします。こうして、これまでになかった機能をもつ医薬、農薬、機能材料を創製(発明)することが有機合成化学の究極の目的です。すべて、われわれの生活を豊かにするためです。この種の研究は、いわば芸術と同じく、創造性を発揮することが不可欠です。したがって、自己実現の要素が極めて強く、「三日やったらやめられない」が本音です。

檜山 爲次郎(ひやま・ためじろう)/中央大学研究開発機構教授
専門分野 有機合成、有機化学、有機金属化学
大阪府出身。1946年生まれ。1969年京都大学工学部工業化学科卒業。
1971年 京都大学大学院工学研究科工業化学専攻修士課程修了
1972年 同 大学院工学研究科工業化学専攻博士課程中退
同年 京都大学工学部工業化学科助手
1981年 財団法人相模中央化学研究所・副主任研究員・班担当
主任研究員・班担当、主席研究員・班担当を経て
1992年 東京工業大学資源化学研究所教授
1997年 京都大学大学院工学研究科教授
2010年 より現職
専門分野:有機合成、有機化学、有機金属化学
主な著書「有機合成化学」(<東京化学同人>2012年)、「最新有機合成法」(訳、<化学同人>2009年)、「有機合成のための触媒反応103」(<東京化学同人>2004年)、“Organofluorine Compounds: Chemistry and Applications” (<Springer>、 2000年)