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トップ>研究>多摩地区で発生した忘れられた竜巻被害

研究一覧

平野 廣和

平野 廣和 【略歴

教養講座

多摩地区で発生した忘れられた竜巻被害

平野 廣和/中央大学総合政策学部教授
専門分野 構造工学、耐震工学、環境シミュレーション

1. はじめに

 2012年5月6日(日)の13時頃、茨城県つくば市、同築西市、栃木県真岡市~茨城県常陸大宮市にかけてほぼ同時刻に3つの竜巻が発生した。それぞれ藤田スケール(竜巻の強さを表す)の暫定値でF1~F2クラスであり、我国の内陸部で発生した竜巻としては近年まれに見る大きなものであった。この3つの竜巻により、茨城・栃木両県で死者1名、負傷者50名以上、建物被害2,000棟以上(5月10日現在)の大災害となった。

 当日13時頃の関東平野各地の天候は、早朝から晴れ上がり、昼前には各地で25℃を越える夏日となり、地表面は6月初旬の気候となっていた。一方、関東平野の上空5,500m付近には、-20℃以下の寒気が流れ込んでおり、ここは4月初旬の気候となっていた。ここで2ヶ月余りの気候の差が地上と上空5,500m付近で起きたのである。自然の法則では、異質の物(ここでは暖かい空気と冷たい空気)が同時に存在すれば混ざり合って均一になろうとする。2ヶ月間の気候差を混ぜ合わせて5月初旬の気候になろうとして大きな上昇気流(対流現象)が発生したのである。

 さらに、東京では10時過ぎより瞬間最大風速で15m/s程度の強い南風が吹き出している。これは、東京湾・相模湾方向から湿気を十分に含んだ空気であり、結果的に上昇気流に大量のエネルギーを与えたことになる。また、筑波山などの影響もあり、平面的に渦を発生させ易い状況にもあったようである。

 さて、このような大きな竜巻であるが、多摩地区でも発生する可能性はあるのだろうか。ここで、気象庁のホームページの「竜巻等の突風データベース 年代別データベース2001~2010:http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/data/bosai/tornado/list/2001.html」を見て頂きたい。ここに「竜巻 2001/09/10 10:10,,東京都町田市,F1,被害幅0~30m,被害距離7.0km」記載があり、「詳細」には、「竜巻の発生場所は町田市野津田、消滅場所は八王子市東中野」とある。まさしく本学多摩キャンパス内をF1級の竜巻が通過したのである。しかし発生した日が「9.11テロ」の前々日であったので、被害関係はほとんど報道されずに至っている。ここでは、多摩地区で発生した忘れられた竜巻被害を取り上げ、防災意識への向上の一助としたい。

2. 2001年9月10日発生の竜巻

(1) 竜巻の概要

 町田市野津田から八王子市東中野の間を移動した竜巻は、つくば市の竜巻の発生原因とは異なり、台風15号の遠い影響で発生した。首都圏で発生する竜巻の原因は、上空に冷たい空気が入って発生する竜巻と台風の影響による竜巻の両者が多い。

 2001年台風15号は、大型で強い台風であり首都圏を12年ぶりに直撃し台風であり、竜巻発生時には和歌山県の潮岬沖南東160kmを時速10kmで北北西に進んで、関東地方は台風の先端を取り巻く降雨帯がかかり断続的な降水となっていた。

 竜巻は図-1に示すように町田市と多摩市の市境付近から、八王子市の中央大学校地内の山(通称:稲荷山)の頂上間結ぶほぼ直線上を移動した。その中間となる谷に多摩センター駅、大栗川が流れている。

 竜巻は午前10時10分過ぎに町田市北東部の町田市野津田町で発生し、同25分ごろまで反時計回りの風向きで北西、八王子市南東部まで進んだと見られている。被害域は、町田市、多摩市、八王子市にかかる南東から北西に向かう長さ約7 ㎞、幅約30m の細長い帯状で、50棟以上が被害を受け、さらに街路樹等が多数なぎ倒された。著者らの独自調査の結果、被害は南東側に拓けた上昇斜面で上昇気流が発生しやすい場所に集中していた。

(2) 竜巻の被害

図-1竜巻の進路(町田市野津田~八王子市東中野)
(□は、被害の確認された場所を示す)

 図-1に示す竜巻発生地点である町田市野津田町は標高約150mで、被害が集中している小野路町へ向かって緩やかな登り斜面となっており、民家が4棟、工務店の作業所など2棟の屋根瓦やプレハブの物置が吹き飛ばされるなどの被害が遭った。竜巻は斜面で押し上げられ、上昇気流となり勢力を増して山を越え浮上したと考えられる。その他、町田市内では折れ曲がったテレビ用アンテナなど12箇所が被害を受けた。

 多摩市内では南東斜面である豊ヶ丘から落合にかけての間に再度着地した竜巻が樹木や民家を襲い、駐車場の屋根等9箇所を損壊、市道や公園の街路樹計16本を倒した。被害がほとんど見られなかった落合から多摩センター駅を超えた松ヶ谷間は、比較的高い高層ビルが立ち並んでいることと、竜巻の進行方向が下り坂で谷間になっているという理由から竜巻が浮上してビル上空を通過したと考えられる。(写真-1参照)

 八王子市内では長さ500m、最大幅約100mの範囲で屋根やベランダの一部が吹き飛ばされたり、プレハブ倉庫が全壊するなど、計約46棟の被害があり、木や建物の一部が巻き上げられた形跡が各地で見うけられた。しかし同市では傾斜地、高台等アップダウンが多いため下り斜面では被害はほとんど認められなかった。松ヶ谷団地近辺は進行方向上り坂であり被害が見られたが、コンクリート団地地帯であったため被害は少なくて済んだ。ただし木が根元から倒れていたりサッカーゴールが倒れたりと竜巻の勢力が衰えていないことは確認できた。その先の松ヶ谷から東中野にかけては谷間を流れる大栗川を境に再び南東側に拓ける上昇斜面となり、大きな被害を生じさせたと考えられる。竜巻の軌跡は大栗川から斜面途中の本学第一体育館先で消滅していることから、大学内にある小高い山(通称 稲荷山)を最終的に乗り越えることができなかったと考えられる。(写真-2 参照)

(3) 中央大学構内の様子

 竜巻が多摩キャンパスを通過した時、筆者は11号館5階の研究室(桜広場側)にいた。10時15分を過ぎた頃から昼間であるのに真っ暗となり、学内の街路灯が全て自動点灯していた。その後、稲荷山方向に真っ黒な固まりが現れ、雷鳴と伴に急に風が強くなり、研究室の窓ガラスが外へ吸い寄されるようにも思われた。次に窓ガラスには細かな砂状の物と雨粒が当たり、「バリバリ」と大きな音を立てて衝突してきた。その間、ほんの数分の出来事であったが、その場では竜巻であるとは直ぐには判断できなかった。

 第一体育館横の警備室にいた職員の話では、真っ黒な大きな渦の固まりが第一体育館横からラクビー場方向へ移動して行ったとの証言も得られている。多摩キャンパスの竜巻通過直後の写真を写真-2に示す。

(4) 竜巻の発生原因

 今回の竜巻発生の原因は台風15号の接近に伴う積乱雲の存在である。2001年は、偏西風が例年ほど南下していなかったことから、台風の動きが鈍く積乱雲も停滞気味であった。これが多摩丘陵で発生した上昇気流がきっかけでとなって竜巻が発生したと考えられる。多摩丘陵は、竜巻発生が少ない内陸部の標高100m級の丘陵地帯と考えられ易いが、相模湾から直接湿った空気が直接入り易い地形となっている。(多摩丘陵から湘南海岸まではなだらかな傾斜地となっている。)このような地形のためにF1レベルの竜巻が発生したのではないかと考えられる。

 一方、今年5月の偏西風は、2001年と逆に本州付近で南へ大きく蛇行しているので、日本海に冷たい空気(寒冷渦)が渦を巻いて溜まり易くなっている。そのために、連日の大気の不安定な状況が続いている。偏西風の動きという大きな大気の流れが、多摩地区の気象にも大きく影響を及ぼしている事例である。

3. おわりに

 2001年9月10日に本学校内を通過した竜巻被害に関して紹介をした。この他に多摩地区で発生した竜巻としては、2007年9月6日深夜、調布市柴崎付近でも発生している。京王線が野川を渡る付近から同市須佐町までF0クラスの竜巻が発生している。このように多摩地区においても竜巻が発生し被害が起きているので、十分に注意をする必要がある。

 世界各地で異常気象が頻発する中、日本全国災害の危険性を踏まえてこれからより新しい都市防災のあり方を考えるべきである。

 最後に、本被害調査は、2001年度総合政策学部平野廣和ゼミならびに理工学部土木工学科(現:都市環境学科)設計工学研究室の卒論生が協力して行ったものであることを付記する。

豊ヶ丘南公園東側から西へ向かって撮影。木が東向きに倒れている。

豊ヶ丘南公園内西側で西向きに撮影。根本から掘りおこされている。

落合団地公園内、北西向きに撮影。落合3-31-2 7号棟と10号棟の間を通過。

東落合小学校内の西側のプレハブが崩壊

東落合小学校内の西側校舎脇の大木が割れ、西側に倒れている。

落合3-9の民家。車庫の屋根が変形し、持ち上がった状態となる

写真-1 多摩市内の被害状況(豊ヶ丘5丁目~落合3丁目)

松ケ谷中学校庭のバスケットゴールとサッカーゴールが倒れた状態

大塚公園内で西側へ倒壊樹木。幹の太さは1.8m余り。

東中野のプレハブ倉庫の全壊。基礎から浮き上がっている。

中央大学第一体育館横テニスコート。折れた枝が散乱している。

同テニスコート。ネットにも枝が挟まっている

同左バスケット場。フェンスに木の葉、枝などが多数挟まっている。

写真-2 八王子市内の被害状況(松ケ谷~東中野~中央大学校内)

平野 廣和(ひらの・ひろかず)/中央大学総合政策学部教授
専門分野 構造工学、耐震工学、環境シミュレーション
東京都出身。1955年生まれ。1979年中央大学理工学部土木工学科(現都市環境学科)卒業。同大学院理工学研究科博士前期課程土木工学専攻修了の後、三井造船株式会社入社。
中央大学理工学部非常勤講師・総合政策学部専任講師・助教授を経て、1998年より中央大学教授。工学博士。
風、地震等を起因とした構造物の揺れを止める研究を実験と数値解析の両分野で実施。研究論文の他、首都高速(株)などに採用された簡単な機構で揺れを止める各種の制振装置を開発。
本学で最初の特許使用料を得ている。