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新井 武二

新井 武二 【略歴

教養講座

コンクリートの表面剥離と除染

新井 武二/中央大学研究開発機構教授
専門分野 レーザ工学、レーザ加工、精密微細加工

1.はじめに

 レーザーは、アインシュタインの予言から44年後の1960年に、米国ヒューズ研究所のメイマンらによってルビー結晶を用いて初めて発振に成功した人工の光である。それ以来、いろいろな種類のレーザーが誕生した。レーザーは「夢の光」とも言われ、多くの分野に応用される可能性が指摘されている。コンピュータと共に科学技術における二十世紀の偉大な発明のひとつでもある。

 レーザー光は「レーザー物質」と呼ばれる特定の物質に電気や光などによる外部刺激を加えることによって物質内部で原子レベルの変化が起こることで取り出される光(電磁波)であるが、その光はレーザー物質特有の異なる波長をもつ。

 レーザーの応用技術のひとつに強力なエネルギーを利用する材料加工がある。これをレーザー加工またはレーザープロセッシングという。広い意味のレーザーによる物質処理である。多くの研究は光をどのように産業に有効活用するかという応用の模索であり、その追求がテーマとなっている。

2.レーザー加工の展開

 我が国におけるレーザー応用の模索は発振が成功して間もなく開始されたが、1980年に国産のレーザー加工機が出現したのを機に産業への展開が急速になされた。現在、単に熱加工の代替技術であった初期の段階から脱却して既に十余年が経過した。その間にレーザーの高出力化や異なる発振波長やごく短い発振時間などの研究が進み、装置が多用化し応用も著しい変化を遂げた。

 レーザー加工は強力なレーザーエネルギーを材料表面に照射して材料に物理的・化学的な変化を与える処理である。切断加工などの加工精度は機械加工に限りなく近づき、部分的にはそれを凌ぐ加工技術へと発展した。昨今の板金切断や溶接はレーザー抜きには考えられない時代となった。特に、工具接触を基本とする機械加工では加工が困難な極薄板や箔などにおける微細加工分野で非接触のレーザー加工が強みを発揮しつつある。また、時代の要請でもある環境にやさしい省エネ技術、エコロジー技術の対策品や、新エネルギー政策に基づく再生可能エネルギーとしての太陽光発電などでもレーザースクライビング(割断のためのけがき)の加工で新たな活路を見出している。

10kWファイバーレーザ
「加工実験装置の外観」

加工機械装置
「加工実験装置の外観」

3.コンクリート剥離の現状

 ちょうど昨年の今頃、折しも我が国は東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)という未曽有の巨大地震に見舞われた。同時に大津波が発生し東北地方に甚大な被害をもたらした。その余波で技術を誇ったはずの福島の原子力発電所が無残にも致命的な損傷を被ったばかりか、放射能の拡散という二次災害をもたらした。既に1年余りを経過したが復旧の目処は立っていない。そのため現在でも福島を始め太平洋岸の広範囲の地域で放射能汚染に苦しめられている。また、復興に関連する業界では放射能の除染に有効と思われるあらゆる方法が試されているが、大型コンクリート構造物は処理が困難で大きな問題となっている。

 除染を目的としてコンクリート石材の表面を強制的に剥離・除去するには、機械的方法、高圧ジェット水流、マイクロウェーブ等いくつかの方法が考えられる。このうち、粉体を材料に衝突させるショットブラストや表面を削り込むシェーパ(型削盤)、グラインダーなどの機械的な方法と、高圧水による表面洗浄が現在の主流となっている。機械的方法は材料に極端な負荷がかかるため、解体・除去のための剥離作業は強引な力仕事となり、作業者の疲労を伴う重労働でもある。平坦な場所ならともかく、傾斜面や天井の作業は至難の業である。その上、広範囲に飛び散る粉塵や破片は作業を難しくしている。放射能で汚染された物質は、水、中性洗剤など除染材と共に表面を洗浄することで濃度低減には一定の効果が期待されているが汚染水の処理に関する問題が残る。また、コンクリートなどの石材は高圧水で洗浄しても表面に固着した放射性物質を十分に除染できないとされている。そのため、コンクリートなどの加工処理は容易ではなく用いられる方法も限りがある。

 一方、コンクリート構造物では放射性物質が表面で固着するが時間と共に内部へ浸透するため、除染には表面から一定深さを剥離除去する必要がある。従って、広範囲に作業するために運搬可能であると同時に、フレキシビリティーのある処理手段であることが望ましいのである。このような諸条件を勘案した時に、非接触で遠隔操作が可能なレーザーによる方法が浮上するのである。

「広幅の表面剥離」

「広幅の表面剥離」

4.レーザーによるコンクリートの表面剥離

 今回、高出力ファイバーレーザーによる石材の表面剥離を試み、除染に対する可能性を検討した。ファイバーレーザーは、従来レーザー光を導光することが目的であったファイバーを光発生装置そのものに置き換える試みから生まれた。ファイバー長さで出力を増大することができるのである。ファイバーレーザーからでる光の波長は1.07μm(ミクロンメートル)で近赤外光である。この赤外光が材料表面に照射されると表面は吸収された光で急激に発熱する。この発熱作用を用いるのである。

 供試材としてコンクリートの他に大谷石、コンクリートブロックなどが実験された。なかでもコンクリートはセメント(1)、砂(3)、砂利(6)の割合からなる混合材料である。これに水分(5%)と空気(15~20%)が一定量内在する。コンクリートはレーザーが照射された材料表面で発熱するが、この発熱で表層部分の材料内の空気や水分が急激に体積膨張する。一般にコンクリートの膨張温度は600℃以上であり、溶融温度は1200℃以上とされている。この原理を用いたコンクリートの表面剥離には次の二通りの方法がある。①溶融以下の中間温度まで材料を加熱して剥離する方法と、②溶融まで温度を上げて除去し、ガラス質になった下層を強制的に取り除く手法がある、温度の調整は低いエネルギーで加熱するか、高出力の高いエネルギーで走行し加熱するかによる。厳密には材料面上で低エネルギー密度状態か、高エネルギー密度状態かで異なる。

「コンクリートの表面剥離」

 材料内部に存在する空気や水は、材料表層内部の温度が上昇すると急激に膨張し強力な破壊力(内部応力)が発生する。この力が表層の材料を吹き飛ばし剥離させる。要は爆裂を利用するのである。①の方法はこれを利用している。この場合下層基板に熱的なダメージは殆どない。内部膨張の圧力で表層のかさぶたを剥がすような作用をする。また②の方法は、より強力にレーザーで溶融温度以上に加熱させるが、溶融物はアシストガスで強制的に飛散除去する。熱エネルギーが強力なため、除去した下面は溶融してガラス状となるが、これは表面を擦る程度で容易に下地まで除去できる。実用化にはフィルターと強力な吸引装置を備えた加工ヘッドが必要となるが、レーザーによる方法では、加工ヘッドを工夫すれば加工時に発生する微粒子や粉塵などは吸引して集塵することができる。吸引することで現場での集塵・粉塵の飛散を防ぐことができ、更にフィルターなどを用いることで作業現場での線量の低減化が可能で汚染物質の拡散が抑えられる。平面であれば水中でも処理できる可能性がある。レーザー光は水中では散乱するが、強力な空気などのガス噴射で水の浸入を防ぐ独自機構のヘッドを用いれば水中加工が可能となる。光はガスの噴流には左右されずに直進する。また、直接負荷をかける機械的方法は傾斜面、壁面、天井などへの処理には難があり、その意味でレーザー剥離法は他の剥離法に比べて、無接触で作業上安全である。

 現状までの実験では、レーザー出力が5kWで、毎分5メートルで走行した場合、コンクリートの表面を0.5mmの深さで除去すると、毎時4.8平方メートルの面積を剥離できる。同様に、毎分2メートルで走行した場合、深さが1.7mmを除去した場合の処理能力は毎時2平方メートルであった。すなわち、100平米(10m×10mの面積)を全面加工する時間は、深さ0.5mmの場合で約20.時間であり、深さ0.5mmの場合で約48.時間である。同じ場所を数パスすれば深さはより深くなり、横に少しずつずらせは広幅の処理が可能である。除去効率が比較的大きいとはいえ、時間を要するものであるが、レーザー出力を増すと、加工能率はさらに増大する。加工幅はレーザー出力に大きく影響されるが、5kW、10 kWでワンパスの処理幅は 50~60mmも可能である。

同一箇所 3Pass

深さ:3~4mm
高密度コンクリート
「広幅剥離の断面」

横方向シフト 3Pass

深さ:5~6mm
コンクリートブロック
「広幅剥離の断面」


「広幅剥離の断面」

5.おわりに

 昨今のレーザー発生装置の高出力化は、レーザービームを広げても十分なエネルギーを有するためにこのような応用が可能となった。海岸付近ではコンクリート堤防や防波堤などの大型構造物などが大量にあり、破壊はされていないが除染の必要な個所が存在する。このような汚染されコンクリート構造物を解体し撤去するのは困難を伴うばかりか更地化は容易ではない。この方法が実現すれば、部分的にコンクリートを充填して埋め戻すことで構造物全体を完全撤去することなく再利用できる可能性がある。本手法はまだ実用化には至ってはいない。問題の検証と可能性に取り組むべく高出力レーザーによる石材の剥離の加工を試みた。除染で発生した大量の廃棄物の仮置き場、最終処分所など明確でない状況ではあるが技術の確立が急がれる。

低パワー密度による熱膨張剥離
:比較的l高速で表面を走行することで、表面を加熱しコンクリート表層中の空気及び水分を加熱し爆裂・剥離させる。
長所
:コンクリート下層基材への熱ダメージが殆どない
短所
:一定面積の加工には多大な時間を要する。
高パワー密度による強制剥離
:強力な光とアシストガスでコンクリート表面を強制的に飛散剥離し、下面をガラス化することで脆弱になった部分を削り取る
長所
:除去面積が大きく、加工能率が高い
短所
:基材のコンクリート表面がガラス質になる。
加工後にそれを取り除く表面研磨などの二次加工が必要

「レーザー剥離法のまとめ」

新井 武二(あらい・たけじ)/中央大学研究開発機構教授
専門分野 レーザ工学、レーザ加工、精密微細加工
東京都出身 1945年生れ
1979年中央大学大学院理工学研究科博士課程(精密工学専攻)満了後、中央大学理工学部専任講師、ファナック㈱基礎技術研究所主任研究員、㈱アマダレーザ応用技術研究所所長を歴任。その間、通産省工業技術院 電子技術総合研究所流動研究員(1983年度~1985年度)独立行政法人 産業技術総合研究所 客員研究員(2001年11月~2006年3月)を経て、2001年中央大学研究開発機構教授、現在に至る。レーザ協会会長(2006~2010年)を歴任後、現在、レーザ協会理事、(財)光産業技術振興協会レーザ関連委員、レーザ安全スクール委員長、工学博士(中央大学)、農学博士(筑波大学)
単著:
「初めてのレーザプロセス」(工業調査会)、(2004年6月)
「高出力レーザプロセス技術」(マシニスト出版)(2004年9月)
「レーザ加工の基礎工学」(丸善)(2007年1月)
「レーザ加工基礎のきそ」(3刷)(日刊工業新聞社)(2011年6月)
共著、分担執筆:
「レーザー加工入門シリーズ」①~④(マシニスト出版)、(1993~1886)
「レーザ工学」(オーム社)、
「精密加工実用便覧」(精密工学会編)
「レーザプロセッシング応用便覧」(レーザー学会編)
「レーザ安全ガイドブック」((財)光産業技術振興協会) ほか多数。