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片桐 正俊

片桐 正俊 【略歴

教養講座

オバマ政権の経済政策と金融規制・医療保険改革の成果と課題

片桐 正俊/中央大学経済学部教授
専門分野 財政学、アメリカ財政論

1 はじめに:オバマ再選にはアメリカ経済の復活が鍵

 今年11月にはアメリカの大統領選挙と上下両院の選挙が行われ、オバマ政権の実績に評価が下される。オバマノミックスによって、アメリカ経済が復活したのかの問いに肯定的答えの多いことが、オバマ再選の重要なポイントとなる。

 1930年代の大恐慌以来の困難な環境の中で、09年1月に発足したオバマ政権はアメリカ経済の復活を目指し、金融安定化、景気対策、自動車産業支援策を矢継ぎ早に打ち出し、政権発足後約半年で最悪の状態を脱した。その後も間断なく経済対策を推進してアメリカ経済を相当程度回復させ、また悲願の金融規制改革法や医療保険改革法も成立させた。ここでは、その成果と課題について検討してみたい。

2 金融安定化の進捗状況と金融規制改革法の成立

(1) 金融安定化の進捗状況

 08年9月のリーマン・ブラザーズの経営破綻を契機に崩壊の危機に陥ったアメリカ金融システムを安定化させるために、08年10月3日に緊急経済安定化法が制定され、7,000億ドルの支出権限が財務省に与えられた。財務省はその公的資金で破綻に瀕する金融機関に資本注入を実施し、金融システムの安定化を図ろうとした。しかし、金融機関の財務の悪化と貸し渋りが深刻化してきたために、オバマ政権は、新たに包括的な金融安定化案を09年2月10日に発表した。その規模は約2兆ドルで、対策の柱として①資本注入②不良資産買い取り③貸し渋り対策④住宅ローン対策の4つを設け、下記のように実施した。

新たな資本注入:金融機関に包括的な資本査定(ストレス・テスト)を実施し、貸し出し増加を条件に必要な金融機関に資本注入をした。
不良資産買い取り:財務省、連邦準備制度理事会(FRB)、連邦預金保険公社(FDIC)が共同で不良資産買い取りの官民投資ファンドを設立し、また民間投資家が金融機関から不良資産を買い取るのを支援するため、政府資金・政府融資を用意した。買い取り規模は最終1兆ドルとした。
貸し渋り対策:個人や企業向け融資を促進するために、資産担保証券を保有する投資家に融資するFRBの新制度を最大1兆ドルまで拡大した。
住宅ローン対策:住宅ローンの返済負担軽減と金利引き下げ政策を実施した。

 これらの政策を順次実施していった結果、1年もたたぬうちに大手金融機関の業績は大きく改善した。しかし、中小金融機関は10年には黒字転換しているものの、商業用不動産向け貸し出しの不良債権比率が未だに高止まりしたままで、収益が抑えられている。また、金融機関の住宅向け貸し出しの不良債権比率も高止まりしたままである。

 政府は、サブプライムローンの焦げ付きで巨額の損失を出したファニーメイとフレディマックを08年9月に管理下におき、両社に一定の基準を満たす住宅ローンを金融機関から買い取りMBS発行(証券化)することで、住宅ローンのリスクを引き受け、不良債権化を防いできた。そのために両社に1800億ドル以上の公的資金が注入されているが、住宅市場の不振で両公社の債務超過が拡大しており、さらなる追加支援が政府に求められている。政府にとっては大きな財政負担であり、早くMBS市場への関与を縮小したいだけに苦しいところである。

(2) 金融規制改革法の成立

 金融危機の再発を防ぐために、オバマ政権のテコ入れで金融規制改革法が10年7月15日に連邦議会で成立した。この法律には、金融危機の再発を防ぐため、銀行によるリスクの高い取引を制限する「ボルカー・ルール」が盛り込まれている。

 その主な内容は次の通りである。

銀行が自己の利益拡大のために行う自己勘定取引(米国債取引除く)は原則禁止する。
銀行本体によるリスクの高いデリバティブ取引を禁止する。
公的資金での金融機関の救済を止め、円滑に破綻処理する。
FRBに大手金融機関の監督を一元化する。
金融システムの安定化を監視する評議会を設置する。
一定規模以上のヘッジファンドはアメリカ証券取引委員会に登録を義務づける。
金融取引の消費者保護を強化する。

 ただ、この金融規制は、12年7月から本格運用の予定であるが、規制を受ける金融業界や海外金融当局からの反発で、実施のための細かいルール作りが遅れている。

3 経済政策の効果と医療保険改革・財政再建問題

(1) 経済政策の効果

 オバマ政権は、09年2月17日に景気対策として所得減税やインフラ整備等を柱とした総額7,870億ドルに上る米国再生・再投資法を成立させている。10年12月にはそれを上回る総額8,580億ドルの(ブッシュ)減税延長法を成立させている。さらに、11年9月8日に雇用減税や公共事業を柱とした総額4,470億ドルに上る景気・雇用対策を発表している。

 物価と景気の番人としてFRBは、08年12月に1%の政策金利を0~0.25%に引き下げ、事実上のゼロ金利を導入した。09年1月~10年3月にMBS等買い取りを、また09年3月~09年10月に量的緩和策QE1として、10年11月~11年6月に量的緩和策QE2として、中長期国債買取りを行った。11年8月には、超低金利政策を「13年半ばまで続ける可能性が高い」と表明した。9月には長期国債の保有比率を高めるツイスト・オペを開始した。さらに12年1月25日には、景気下支えのために2%インフレ目標を導入した。1月27日にはゼロ金利を14年末まで延長することを表明した。

 こうした財政・金融政策に支えられて、アメリカ経済は、09年6月より次第に回復軌道に乗って堅調に推移し、10年にはGDP実質成長率3.1%であったが、11年には回復のテンポが鈍化し、1.7%に低下した。失業率は、11年10月まで9%台で高止まりし、11月以降ようやく8%台に下がって現在に到っている。

 この間に自動車ビッグスリーは完全に復活した。09年に法的整理して公的資金の注入を受けたGMとクライスラーは、完全に再建を果たした。GMは法的整理で退職者年金・医療費を大幅に削減した。11年のGMの純利益は過去最高になり、クライスラーも黒字転換した。フォードはGMの3倍の利益を上げた。

(2) 医療保険改革法の成立

 オバマ政権悲願の医療保険改革法が10年3月21日に成立した。骨子は次の通りである。

国民に民間保険への加入を義務づける。非加入者には罰金を科す。これによって、4,600万人の無保険者が3,200万人に減少し、医療保険加入率は83%から95%になる。
総費用は今後10年間で4,400億ドルになる。それを歳出抑制・実質増税でカバーする。財政赤字は今後10年間で1,380億ドルの削減となる。
高額の医療保険には消費課税を行い、年収25万ドル超の高所得層は増税する。
公的支援の保険取引市場を創設し、民間保険への規制を強化する。低所得者などの加入を促進し、寡占を防ぎ競争を活性化させる。既往症を理由とする保険加入拒否を禁止する。

 しかし、共和党系26州の知事が「同法が個人の選択の自由を侵害する」等の理由で訴訟を起こし、バージニアやフロリダの連邦高裁で国民への保険加入義務づけについて違憲判決が出たために、オバマ政権は連邦最高裁に上訴した。12年6月にその判決が出る。裁判の争点は、保険加入義務づけが米国憲法に規定する「通商行為」に当たるかどうかである。

(3) 財政再建の課題

 連邦財政赤字は、11年度1兆1,400万ドル、対GDP比8.7%(戦後3番目)と巨額である。債務残高上限期限の8月2日に、難航した与野党協議が決着し、11年予算管理法が成立した。この法律で、2.1兆ドルの債務上限引き上げと、今後10年間で2.1~2.4兆ドルの財政赤字削減が決められた。しかし、それにも関わらず、S&Pが史上初めて国債の格付けを引き下げた。

 同法に定められた「今後10年間最低1.2兆ドルの財政赤字削減策の設定」をめぐって、11年秋に2ヶ月に亘る協議を超党派委員会で行ったが、民主・共和両党が折り合わず合意できなかった。このため同法の規定により、大統領の拒否権が行使されなければ、13-21年期に毎年歳出予算が強制的に削減されることになる。

 最初の任期で財政赤字を半減するという公約を果たせなかったオバマ大統領は、13年度予算教書で、今後10年間で財政赤字を4兆ドル削減するとうたう。その柱は、年収25万ドル超の富裕層への増税と石油会社等への優遇税制の廃止である。

4 おわりに:オバマ再選の行く手

 オバマ政権は、金融安定化、金融規制改革、アメリカ経済の再生、医療保険改革等で相当の実績を上げてきてはいるが、それもまだ完全な勝利と言える状況にはなく、なお揺り戻し発生の可能性も否定できない。財政赤字削減、税制改革(法人税率引下げ、富裕層増税)、格差是正と中間層の拡大、グリーン・ニューディール推進といった面では、目立った成果は上がっていない。状況は楽観を許さず、オバマ政権は再選を目指してどう動くのか注視していきたい。

片桐 正俊(かたぎり・まさとし)/中央大学経済学部教授
専門分野 財政学、アメリカ財政論
大阪府出身。1945年8月15日生まれ。 1969年京都大学文学部哲学科卒業、1972年東京大学経済学部経済学科卒業。
(株)東芝等勤務の後、1980年東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。1992年経済学博士(東京大学)取得。
札幌学院大学助教授、東京経済大学助教授・教授を経て1996年より現職。
日本財政学会常任理事、学会叢書『財政研究』編集委員長等学会理事・委員多数。
1993-94年度、2003年度:アメリカン大学客員研究員。
2004年度:ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス客員研究員。
1984年第10回東京市政調査会藤田賞受賞(アメリカ大都市財政研究に対して)。
アメリカ連邦・州・地方政府間財政関係の研究、アメリカの租税政策の研究、福祉国家財政の国際比較研究、日本の税財政の研究。
単著『アメリカ財政の構造転換─連邦・州・地方財政関係の再編─』東洋経済新報社、2005年
単著『アメリカ連邦・都市行財政関係形成論─ニューディールと大都市財政─』御茶の水書房、1993年
編著『財政学─転換期の日本財政─〔第2版〕』東洋経済新報社、2007年
共編著『分権化財政の新展開』中央大学出版部、2007年
共編著『グローバル化財政の新展開』中央大学出版部、2010年