大杉 謙一 【略歴】
大杉 謙一/中央大学法科大学院教授
専門分野 商法、会社法、金融商品取引法
2011年の9月から11月にかけて、大王製紙とオリンパスで企業トップの不祥事が相次いで発覚した。報道によると、与党・民主党では、これを機に社外(独立)取締役の義務付けなど規制を強化すべきだとの意見が勢いを増している。他方、これらの企業は例外であり、今回の不祥事は制度の問題ではなく経営者・監査役等の倫理観の問題であるとする論者も少なくない。
しかし、どちらも極論であり、もっと広い視野での検討が必要である。もとより法律は万能ではなく、法改正で不祥事を根絶することは不可能であるが、原因を個人の倫理観の欠如だけに求めるのは問題の矮小化である。今の日本企業で非常時、たとえば経営トップが不祥事を行っているかもしれないという情報が存在するとき、周囲の関係者に高潔な行動を期待できるか。すでに山口利昭弁護士がブログで指摘されているように(「ビジネス法務の部屋」2011年12月5日の記事、12月12日の記事を参照)、情実と倫理が相反する場面において、情実を抑制して倫理で物事を判断できる人は決して多数派ではない。非常時でも関係者が倫理的に行動できるようになっているか、まず既存の制度の点検を行うべきである。そして、必要があるならば法改正も視野に入れるべきである。
そこで、以下では2つの不祥事を概観し、現在の法律の内容をおさらいした上で、制度や法のあり方を論じてみたい。
特別調査委員会の報告書(同社のウェブサイトで公開されている)によると、大王製紙では、創業家の3代目である元会長が、7つの子会社の常勤役員に対して「明日までに○○億円を口座に振り込むように」などと一方的に指示して、平成22年5月から23年9月までの間に計26回にわたり、子会社から元会長へ合計で100億円を超える額の貸付けを行わせていた。貸付金は元会長の遊興費に充てられていた。これは、私利私欲による単純な犯罪であり、組織性はほとんどない。
法律上は、取締役や監査役、監査法人が不正を疑わせるような情報に接したときには、それを相互に伝達しなければならない(会社法357条、382条、397条、金商法193条の3)。監査役・監査法人は、監査に必要な情報提供を役員・従業員に対して求めることができる(会社法381条、396条)。日本監査役協会が制定した監査役監査基準では、監査役が会社の内部統制部門と定期的に協議の場を設けたり、監査法人と連携することが、強く推奨されている(34条、44条等)。
しかし調査報告書によると、大王製紙においては、監査役や監査法人、経理部・事業部門の間では、定期的な打ち合わせ等の連携が不十分であった。そのため、一部の取締役や監査法人は比較的早い時期に貸付けの事実を認識していたが、他の役員にこれを知らせることはしなかった。つまり、法律の趣旨がきちんと守られていなかったのである。
オリンパスの第三者委員会の調査報告書(同社のウェブサイトで公開されている)も、興味深い事実を示している。
これによると、オリンパスは、1980年代後半のバブル経済期に金融商品への投資(財テク)を行い、バブルの崩壊により損失が生じたことから、90年代にはその挽回を狙ってハイリスク・ハイリターンの投資を行い、さらに損失が膨らんだ。90年代末には会計基準の変更により金融資産の時価評価の動きが本格化したことから、同社の経理担当者が(当時の)社長の承認を受けて、外部者の協力の下に投資ファンドに含み損のある金融商品を保有させる方法(飛ばし)で損失を隠した。2003年から10年にかけて、やはり経理担当者が(当時の)社長の承認を受けて、外部者の協力の下に故意に多額のM&Aを行ったり、助言会社に多額の手数料を支払う仕組みを作り、その過大な分をファンドに還流することで含み損を消すとともに、会計上はのれんの償却や減損処理を通じて費用を計上して帳尻を合わせていた。
損失を隠す行為、損失をこっそりと処理する行為は、いずれも虚偽の財務諸表の作成(粉飾決算)に該当し、金融商品取引法に違反する。これらの違法行為は、大王製紙の場合と異なり、関与した役員らの私腹を肥やすためではなく、「多額の損失を外部に知られるわけにはいかない」という心情から行われたのであろう。もちろん、だから同情すべきとはいえず、粉飾決算は経営者が経営責任を免れる行為、すなわち「保身」であり、強く非難されるべきことに変わりはない。
では、周囲の関係者はこれらの違法行為をもっと早く発見することができただろうか。「飛ばし」については、監査法人がオリンパスが口座を開設していた外国銀行への照会(預金への担保権設定の有無の確認)をもっと徹底して行っていれば発見できた可能性があるが、それをしなかった監査法人に非があったとは断言できない。粉飾が巧妙だったともいえる。これに対して、M&Aを使った損失の処理は、調査報告書によると、手数料の額が高すぎるのではないかと不審に思った監査法人がこの点を監査役に連絡しているが、監査役会は外部の専門家に依頼して金額が妥当である旨の報告書を作成してもらったため、監査法人は問題をこれ以上掘り下げることができなかったという。また、2009年に監査法人が交代するときに新旧の監査法人の間で行われた引継ぎの内容は、きわめて空疎であったようである。ここで監査役や監査法人が取った行動は、断定はできないが、不十分であったとの疑いがある。
大王製紙とオリンパスに共通するのは、現場に不正を知る従業員が存在し(オリンパス事件の発覚は従業員によるマスコミへの告発がきっかけとなった)、また監査法人も不正を疑わせる情報をつかんでいたことである。しかし、その情報が取締役や監査役の間で広く共有され、検討されることはなかった。
では、どうやってこの問題に対処すればよいのだろうか。現在、法制審議会・会社法制部会(法務大臣の諮問機関)で会社法の改正が検討され、たとえば上場会社に社外取締役の選任を義務付けることなどが議論されている(会社法制の見直しに関する中間試案を参照)。しかし、仮に大王製紙やオリンパスに社外取締役がいたとしても、それだけで問題の早期発見につながったとは考えにくい(実は、オリンパスには3人の社外取締役がいたのに、粉飾決算は長期間にわたり露見しなかった)。
2つの事例を見て痛感するのは、不正を疑わせる事情が発覚したとき毅然として行動すべきなのは社外監査役であるということと、実際には社外監査役に情報が知らされることは少なく、関係者の連携が機能しにくいことである。監査役や監査法人が経営者と1対1で対峙するのでは、「モノを言う」ことは難しい。「モノを言う」ためには、関係者が連携して、多対1で経営者に対峙することが必要である。たとえば、不正を知る従業員が安心してその事実を通報できるように、外部に通報窓口を設け、その情報が社外監査役に(も)伝わる仕組みを作ることが重要である(前掲の山口弁護士のブログ2011年12月5日の記事を参照)。これは第一次的には各企業の努力によるべきものであるが、社外監査役を中心とした連携を確実にするためには、社外監査役の権威を高め、経営トップの権力を薄めることが効果的である。
そこで、次のような改革を提案したい。第1に、現在の社外監査役が、監査役としての法律上の権限(事実の調査権限=会社法381条、違法行為の差止め権=385条)などを維持しつつ、同時に取締役としての権威・発言権を持てるようにするための法改正である。法制審議会で議論されている「監査・監督委員会」は、このような試みとして高く評価することができる。
第2に、経営トップへの権力集中を避けるため、人事と報酬、特に役員人事については委員会で決定することとすべきである(オリンパスでは、粉飾に関与した経理部門の人材が社内で出世し、社長や常勤監査役を輩出していた。おそらく、それぞれの時期の経営トップの意向によるものであっただろう)。もっとも、現在の委員会設置会社のように法律で指名委員会や報酬委員会をぎちぎちに縛る必要はない。委員会のメンバー構成や意思決定の方法については各社の工夫に任せても良い。そう考えるならば、会社法ではなく上場規則で、人事(経営トップと取締役・執行役員の人選)の決定を委員会で行うことを義務付けるべきである。
上場会社への義務付けを考えるときには、法律によるべきか、上場規則によるべきかは大切なポイントである。コーポレート・ガバナンスについては、法律で規制することに様々な問題があり、上場規則による規制になじむ事柄が少なくない。
もっとも、すべてのルール・メーキングを証券取引所という民間事業者に任せることは難しいので、「上場会社においては、社外取締役が業務執行者を監督する」という基本思想の部分は法律(会社法)で定めることが適切であろう。その上で、証券取引所が上場規則の改正を行う際には、行政庁(たとえば金融庁や経済産業省)がこれをバックアップすることも一案であろう。