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トップ>研究>「震災復興本」を読む:原発問題と復興資金の財源問題を中心に

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浅田 統一郎

浅田 統一郎 【略歴

教養講座

「震災復興本」を読む:原発問題と復興資金の財源問題を中心に

浅田 統一郎/中央大学経済学部教授
専門分野 マクロ経済学、特にマクロ経済動学

 2011年3月11日に三陸沖を震源地として発生した「東日本大震災」は、巨大な津波を伴い、死者・行方不明者の合計25,000人以上、住居を失った避難者約36万人という未曽有の被害をもたらした「1000年に一度」とも形容される大規模な自然災害であるが、それだけではなく、収束に50年以上を要するとみられる世界史上最悪(1986年に発生した旧ソ連のチェルノブイリ原発事故と同じ最高レベル7)の東京電力福島第一原発の事故の深刻な被害の拡大や政府の無策による復興の大幅な遅れを経験するにつれ、この大災害は、途中から人災の様相を呈しつつあるように見受けられる。震災の発生から現在(2011年8月)までに、震災克服に向けての様々な提言を収録した「震災復興本」とでも呼ぶべき出版物が、次々に出版されている。新聞、雑誌やインターネットを媒体にした提言を含めれば、既におびただしい数にのぼる。本稿では、参考文献に挙げた3冊を手掛かりにして、(1)原発問題と(2)震災復興資金の財源問題にテーマを絞って、これらの問題の解決策についての私見を述べることにする。なお、以下に述べる内容は、あくまでも私の個人的見解であり、私以外のいかなる個人や団体の見解をも反映するものではないことをお断りしておく。

 伊藤・奥野他[1]には、50人の著者による47編の提言が収録されている。一編あたりの平均ページ数は、7~8ページ程度である。執筆者のほとんどは経済学者(少数ながら経営学者や社会学者を含む)である。提言のテーマや内容は統一されたものではなく、中には正反対の主張も含まれている。岩田[2]は、経済学者の岩田規久男氏(学習院大学)による使命感に満ちた緊急の書下ろしであり、独自の鋭い観点から首尾一貫した実践的かつ具体的な提言がなされている。田中・上念[3]は、経済学者の田中秀臣氏(上武大学)と経済評論家の上念司氏による対談形式による提言であり、極めて示唆に富む重要な内容が含まれている。

(1)原発問題について

 原発問題については、伊藤・奥野他[1]において関良基氏(拓殖大学、林業経済学)と岡部明子氏(千葉大学、都市政策)が見解を述べ、また、岩田[2]でも提言がなされている。関氏は、「経済産業省、電力会社、原子力関係の学者、重電メーカー等によって構成される閉鎖社会であるいわゆる『原子力ムラ』によって推進された原子力政策が破綻したのであり、本来チェック機能を果たすべき政治もマスコミもこのムラ社会を補完して『無責任共同体』を築いてしまったことが問題である」という趣旨の見解を述べている(伊藤・奥野他[1]334ページ)。岡部氏は、「今後も原発推進を維持するのか、再生可能エネルギーで代替できる範囲にエネルギー需要を抑制し原子力をフェードアウトさせていくのかが問題であるが、再生エネルギーの見通しがまだ立っていない。しかし、原発の新設はもはや不可能であるので、電力ニーズの抑制をはかって、原子力を使わなくても充足可能な『ほどよいニーズ』の範囲内で知恵を絞っていくべきである」という趣旨の主張をしている(伊藤・奥野他[1]346ページ)。岩田氏は、「1979年に発生したアメリカのスリーマイル島原発事故以来原発の安全性に大きな疑問をいだくようになり、原発反対の市民運動に参加したが、日本では原発反対運動は盛り上がらず、原発が推進されてしまった」という自身の体験を披露しながら、「経済産業省から独立して真に中立的なメンバーによって構成される、原子力を監視する第三者機関の設置」を提案している(岩田[2]166~169ページ)。

 私は、これらの主張や提案のいずれにも共感を覚えるが、さらに一歩踏み込んで、以下の具体的な提案を行いたい。「原子力ムラ」が一体となって国民に信じ込ませようとしてきた「原発安全神話」、「原発クリーン神話」、「原発低コスト神話」がいずれも福島第一原発事故によって文字通り「メルトダウン」してしまった以上、もはや原子力の「フェードアウト」以外に選択肢はないと考える。太陽光、風力等の「新エネルギー」による発電の技術革新、低コスト化への動きは著しく、これらの分野がビジネスとしても急速に有望になりつつあるので、長期的にはこれらの比重を上げていくべきであり、またビジネス・チャンスに敏感な内外の企業の参入により、これらの比重は自然に上がっていくと思うが、それが実現するまで原発を維持しなければならないとは思わない。54基あった日本の原発用原子炉のうち、2011年8月現在稼働中なのはもはや11基しかないが、これらの稼働をすべてやめてしまっても、既存のガス火力、石油火力、水力等の発電設備の稼働率を上げるだけで、現在使用されている電力を100パーセントまかなうことができるのである。この事実を裏付ける客観的なデータは、小出裕章氏(京都大学原子炉実験所)の著書をはじめ、様々な場所で公表されており、別に国家機密というわけではない。比較的調整が容易な火力や水力等の発電設備の稼働率は、高すぎると電力が余ってしまうので、稼働率の調整が容易ではない(融通がききにくい)原発を推進するために意図的に低く抑えられてきたのである。そもそも日本の過去の電力消費のピークは2001年であり、(デフレ不況の影響が大きいと思われるが)過去10年間もの間、このピークを越えたことは一度もないのである。原発事故直後に東京電力が実施した「計画停電」は、原発の必要性を世間にアピールするためのプロパガンダだった可能性が高いと私は考えている。(1)原発以外の既存の発電設備の稼働率の引き上げとセットになった原発の全面廃止という短期戦略と(2)太陽光や風力等の「新エネルギー」や地熱による発電の比重の引き上げおよび「スマート・グリッド」(次世代送電網)の構築等の長期戦略を組み合わせるのが、最も現実的かつ実行可能な選択であると思う。

(2)復興資金の財源問題について

 今回の大震災からの復興のために、少なく見積もっても20兆円から30兆円程度の政府による「追加的財政支出」(こども手当の見直し等による既存の予算の単なる組み換えによって捻出するのではない支出の純増)が緊急に必要とされている。これらの支出のうちわけは、がれきの処理、破壊された社会的インフラの再構築、被災者への補償等が含まれる。ところで、追加的財政支出の財源としては、(1)増税、(2)民間引き受けの国債発行(政府の民間からの借金)、(3)日銀引き受けの国債発行(形式的には政府の日銀からの借金であるが、実際には、日銀による追加的なマネーの発行によって財政支出をファイナンスすること、すなわち、マネー・ファイナンス)がある。この事実を数式で表現したものが、「政府の予算制約式」である。伊藤・奥野他[1]では、浅子和美氏(一橋大学、マクロ経済学)が(3)、黒沢義孝氏(日本大学、国際金融論)が(2)(ただし、外国からの借金)、竹田陽介(上智大学、マクロ経済学)・矢嶋康次(ニッセイ基礎研究所、金融論)・打田委千弘(愛知大学、応用計量経済学)の3氏の共同論文が(2)(ただし、国内からの借金)、奥野正寛氏(流通経済大学、ミクロ経済学)が(1)と(2)を提案している。なお、竹田・矢嶋・打田論文と奥野論文は、(3)の選択に強硬に反対している。他方、岩田[2]と田中・上念[3]では、追加的財政支出のすべてを(3)でまかなうことが提案されている。

 私は、浅子・岩田・田中・上念の各氏の提案に賛成である。すなわち、(3)の選択枝を選ぶべきであると考える。以下に、その理由を簡潔に説明しよう。全国の大学の経済学部で教えられている初級レベルのマクロ経済学に登場するIS・LM分析を用いれば数式やグラフを用いて表現することができるが、追加的財政支出が国民所得および雇用を増やす効果が大きい順番に並べれば、(3)>(2)>(1)である。すなわち、同じ20兆円の追加的財政支出でも、(3)の方法を用いれば国民所得や雇用を増やす効果が一番大きいので速やかな復興の実現に貢献できるのに対し、(1)の方法をとった場合には、所得や雇用を増やす効果はほとんどない。(2)の場合には、効果は中間的である。岩田[2]で明快に指摘されているように、ポイントは、(1)と(2)の場合には、政府が民間から一旦吸い上げたマネーを支出して民間に戻すのでフローの公共支出は増えても経済全体に存在するマネーのストックは全く増えないのに対し、(3)の場合には、民間からマネーを吸い上げることなく日銀によって新たに作り出されたマネーを用いて支出がなされる結果、公共支出とマネー・ストックの両方が増えるので、国民所得の増大効果が大きいのである。経済学に土地勘がある読者のためにIS・LM分析の用語を用いれば、(1)と(2)の場合にはIS曲線のみが右方にシフトして(しかも(1)の場合にはそのシフト幅は極めて小さい)LM曲線はシフトしないのに対し、(3)の場合にはIS曲線とLM曲線の両方が右方にシフトするので、所得や雇用に対する影響が大きくなるのである。

 財務省は増税のチャンスを常にうかがい、日銀はマネー・ファイナンスを極度に嫌う体質を持っているので、これらの組織の利害関係者およびその影響下にある人たちは、(a)国債の日銀引き受けは法律で禁止されている、(b)国債の日銀引き受けを行えば国債価格が暴落する、(c)国債の日銀引き受けをすればハイパー・インフレーションになる、(d)国債の日銀引き受けはそもそも「禁じ手」である、などという理由を持ち出して反対するが、岩田[2]や田中・上念[3]が明確に指摘しているように、いずれの主張にも合理的な根拠がない。(d)については意味不明なので、無視することにする。(a)については、現在の法律のもとでも、国会の議決があればマネー・ファイナンスは可能だし、元財務省官僚の高橋洋一氏(嘉悦大学)が指摘しているように、事実、この法律に基づいて毎年一定額の国債の日銀引き受けが行われているのである(財務省と日銀は、この事実を世間に知られることを極端に嫌っているようであるが)。(b)については、国債を日銀が引き受ければ民間に対する国債の供給は増えないので、民間引き受けの場合に比べてむしろ国債価格の低下を防ぐことができる(国債金利の上昇を防ぐことができる)のである(国債価格と国債金利は反比例的に動くことに留意されたい)。この結論も、単純なIS・LM分析の応用問題にすぎない。(c)については、名目国内総生産(名目GDP)が500兆円弱(デフレ不況によって減少中であるが)の日本で20兆円から30兆円程度の追加的公共支出を1回限りマネー・ファイナンスしてもハイパー・インフレーション(正式の定義では、実に年率13,000パーセント以上の物価上昇であるが、「ハイパー・インフレーション」が発生すると主張する論者は、具体的な数値をめったに公言しないので、彼らが実際には年率何パーセントを念頭に置いているのか不明である)を発生させることは、不可能である。おそらくせいぜい年率2~3パーセント程度の物価上昇を引き起こすのみであり、しかも、1回限りのマネー・ファイナンスならば、その効果は単に一時的なものにとどまるであろう。ところが、岩田[2]も指摘しているように、日本経済をデフレ不況から脱出させて成長軌道に乗せるためには、むしろ、2~3パーセント程度のインフレーションを継続的に維持するほうが望ましいのであり、この程度の1回限りのマネー・ファイナンスでは、その程度の効果さえもないであろう。

 岩田[2]は、復興が軌道に乗るまでは、年率4パーセント、その後は年率2~3パーセント程度の「目標インフレ率」を維持することを日銀に義務づける「インフレーション・ターゲティング」によって、今回の大震災よりも20年も前から失速していた日本経済を成長軌道に乗せる政策を提案しているが、私も、岩田氏のこの提案に賛成である。

参考文献
  • [1]伊藤 滋・奥野正寛・大西 隆・花崎正晴 編『東日本大震災復興への提言:持続可能な経済社会の構築』(東京大学出版会、2011年6月)
  • [2]岩田規久男『経済復興:大震災から立ち上がる』(筑摩書房、2011年5月)
  • [3]田中秀臣・上念 司『震災恐慌:経済無策で恐慌が来る!』(宝島社、2011年6月)
浅田 統一郎(あさだ・とういちろう)/中央大学経済学部教授
専門分野 マクロ経済学、特にマクロ経済動学
現職:中央大学経済学部教授。
1954年愛知県生まれ。1977年早稲田大学政治経済学部卒業。1982年一橋大学大学院経済学研究科博士後期課程単位修得満期退学。経済学博士(中央大学)。駒澤大学経済学部助教授、中央大学経済学部助教授を経て、1994年より現職。現在の研究課題は、マクロ経済動学の方法に基づく経済変動およびマクロ経済政策の研究。また、主要著書に、「成長と循環のマクロ動学」(日本経済評論社、1997年、単著)、"Monetary Macrodynamics(Routledge, London, 2010, 共著)などがある。