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庄司 一郎

庄司 一郎 【略歴

教養講座

独自技術でオンリーワンのレーザを実現する

庄司 一郎/中央大学理工学部教授
専門分野 レーザ、非線形光学

はじめに―レーザとは何か―

 レーザ(“レーザー”と書いてももちろん構いません)が誕生したのは1960年で、昨年は50周年記念のイベントが国内外で開催されました。現在、レーザは加工・医療・計測をはじめ幅広い分野で利用されています。特に、半導体レーザは超小型で低消費電力のため、CD、 DVD、 ブルーレイディスクプレーヤーやレーザプリンタ、バーコードリーダー、レーザポインタなど、日常生活の身近なところで使われています。

 レーザから出てくる光は、太陽の光とも電球や蛍光灯の光とも異なる性質を持っています。レーザ以外の光は様々な色(波長)を連続的に含んでおり、あらゆる方向にバラバラに進んでいきます。他方、レーザ光は単一の波長からできており、特定の方向にのみ進んでいきます。このような“質の良い”光(専門用語では“コヒーレント”と言います)は、極めて狭い領域にエネルギーを集中させることができます。したがって、鉄板を切断したり、近視を矯正するために角膜を削ったり、月面までレーザ光線を飛ばして月までの距離を測ったり、光ディスク上に千分の1ミリ以下のサイズで記録された情報を読み取ったりといったことが可能となります。

高性能なレーザの条件

 このように、レーザは便利な道具としてすでにいろいろところで使われています。しかし、筆者に言わせると、レーザの潜在能力はこの程度のものではなく、それをうまく引き出すことによってさらに新しい世界を切り拓けるのではないかと考えています。

 レーザ光は他の光に比べて品質が良いと書きましたが、現在のレーザは、出力を上げると質が劣化してしまいます。したがって、高出力でありながら品質の良いレーザを実現するのがまず不可欠です。それに加え、実用的にはより低消費電力であること、そして、小型で使いやすいこともポイントです。さらに、レーザ光の波長も重要です。物質に光を照射したときの反応は波長によって大きく異なるため、使用する目的に応じ、さまざまな波長のレーザが必要になるためです。

高性能化へのアプローチ

 筆者のグループでは、上記の要求を同時に満たすレーザを実現することを究極の目標として研究を進めています。高性能化のためのポイントとして特に着目しているのは次の2点です。

  • 目的に最も適した材料を選択すること
  • 性能を最大限に引き出すためのレーザ構成を考案・実現すること

 一点目については、現在でも新しいレーザ材料が開発されていますし、現時点では使われていなくても、将来主役に躍り出そうな有望な材料も存在します。そこで、筆者のグループでは以前から種々の材料の光学特性を精密に評価し、レーザを設計する際の基礎データとして利用しています。このデータは世界中の研究者から信頼性の高さを認められ、データについてまとめた論文のひとつは2011年7月27日時点で引用回数が238回に達しています。

 二つ目に挙げた最適なレーザ構成については、考慮すべき点が多々あります。このうち最も重要な要素のひとつは、レーザ材料をどのような構造に加工し、“デバイス”として用いるかにあります。

 最近、筆者のグループは、これまでにない高性能レーザを実現するためのコアとなる可能性のある技術として、「常温接合」を用いたレーザデバイスの開発に力を入れています。以下に、最近開発したデバイスと得られた成果についてご紹介します。

常温接合を用いた新しいレーザデバイス

―常温接合とは―

 レーザデバイスを開発する際に、複数の材料を貼り合わせて一体化させると新たな機能が生まれ高性能化を図ることができます。私達は通常、何かを貼り合わせるときには接着剤を使用しますが、レーザデバイスでは使うことができません。なぜなら、光は接着剤に吸収・散乱されるため、レーザの出力が大きく低下してしまうからです。したがって、接着剤を使わずに材料同士を直接貼り合わせる必要があります。

 これまで用いられてきたのは拡散接合と呼ばれるもので、材料を数百度の高温にして貼り合わせる方法でした。高温だと原子は化学反応が起きやすい状態になり、接触した表面の原子同士が結合するのです。しかしながら、高温にすると品質が劣化する材料があるほか、熱膨張の仕方が異なる材料同士では温度を下げたときに剥がれてしまうことがあるという問題がありました。

 一方、常温接合では、常温・真空中で材料表面にアルゴン原子をぶつけ、表面についている酸素原子を取り除きます。すると、表面に現れた材料原子が化学反応性の高い状態となり、温度を上げなくても原子レベルで結合します。したがって、材料の品質を保ったまま、また、熱膨張の異なる材料同士でも接合できるという優れた特徴があります。

 この技術自体は東大のグループが開発したのですが、貼り合わせた面を光が通過するようなレーザデバイスに適用したのは筆者のグループが初めてで、現在でも世界で唯一です。

―高出力レーザの開発―

図1 Yb:YAGとYAGを接合した複合構造レーザ

 例えば、Yb添加YAG(略称Yb:YAG)というレーザ材料は、大量のエネルギーを蓄積して一気に放出することができるのですが、レーザ動作時の発熱で温度が上がると効率が低下するという問題があります。そこで、Yb:YAGの両側に、発熱を起こさない無添加YAGという材料を貼り合わせることで、Yb:YAGで生じた熱をYAGに逃がす構造を常温接合で作製しました(図1)。この手法の利点は、従来の高温プロセスによる接合法では熱膨張係数が異なる材料同士の接合は困難だったのに対し、常温でのプロセスのため接合する材料の種類を問わないことです。今後、熱伝導性に優れた材料を用いた複合構造を作製することによって高エネルギー動作を実現すれば、コジェネレーションで用いられるガスエンジンをレーザで効率よく点火するといったことも可能になると考えています。

 この成果は2月にイスタンブールで開催された先端固体フォトニクス国際会議(ASSP2011)等で大学院生が発表しました。

―紫外光レーザの開発―

 常温接合はさまざまな波長で動作するレーザを開発する際にも威力を発揮します。レーザ材料の種類には限りがあるため、レーザが直接出すことのできる波長も限られています。そこで現在は、既存のレーザからの光を波長変換デバイスに通すことによって、さまざまな波長のレーザ光に変換する研究が行われています。その際、波長変換の効率を向上するために、材料の向きを周期的に変えた構造を作製する必要があります。これまで、いくつかの方法が提案されてきましたが、どれも適用できる材料が限られているという問題がありました。ところが、常温接合は原理的に任意の材料へ適用することが可能なため、これまで波長変換の潜在的な性能は高くてもデバイス化のための方法が存在しなかったために注目されなかった材料を用いることが可能になります。また、高温プロセスでは品質が劣化してしまう材料にも適用できます。

図2 高効率深紫外光発生波長変換デバイスと発生した紫外レーザ光

 筆者のグループは最近、BBOという材料で、紫外光を波長変換により効率良く発生するデバイスを開発することに成功しました。BBOはもともと紫外光を発生する性能が高い材料ですが、そのまま使うと初めに入射したレーザ光(色は緑です)と、中で緑色が変換されて発生する紫外光とが分離し、紫外光の出力が大幅に低下するという問題がありました。そこで、BBOの向きを周期的に反転することで、離れたビームを元に戻すようにし、さらに両端に厚さが半分のBBOを付加することによって、ビームの分離を半分にする構造を新たに考案しました。そして、常温接合を用いて実際にデバイスを作製し評価を行ったところ、構造化前にくらべて2倍の紫外光を発生することを確認しました(図2)。今後、構造をさらに改良すれば、10倍の出力を得ることも可能であると考えています。紫外光レーザはますます微細化が進んでいる半導体分野や成長著しいバイオ分野で必須とされており、実現すればインパクトが大きいと考えています。

 この成果は7月にハワイで開催された非線形光学国際会議(NLO2011)で、大学院生が世界中から集まった一流の研究者を前に口頭(もちろん英語)で発表しました。注目度は高く、講演終了後に世界最大手のレーザメーカの研究者から長時間にわたって詳細について質問されたほか、国内の研究者からも共同研究の申し出を受けました。また、日経産業新聞にも研究成果が写真入りで掲載されました。

おわりに

 常温接合の特徴は、様々な材料で接合が可能である汎用性にあります。これまでレーザ材料としての潜在的な能力を持ちながら、デバイス化するための手段がなかったものも、常温接合によって実現できる可能性が出てきました。まだまだ解決すべき課題はたくさんありますが、今後も研究を継続しクリアしていきながら、真に役立つレーザをひとつでも多く世の中に送り出したいと考えています。

庄司 一郎(しょうじ・いちろう)/中央大学理工学部教授
専門分野 レーザ、非線形光学
北海道室蘭市出身。1969年生まれ。1992年東京大学工学部物理工学科卒業。1994年東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻修士課程修了。1995年東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻博士課程中退。
博士(工学、東京大学)
東京大学助手、分子科学研究所助手を経て、2004年に中央大学着任。専任講師、准教授を経て、2010年より現職。
独自技術によるレーザ材料の精密評価と高性能小型固体レーザの研究、開発に従事。