トップ>研究>アスファルト舗装の地震対策型段差抑制工法の産学連携共同開発
太田 秀樹 【略歴】
太田 秀樹/中央大学研究開発機構教授
専門分野 土木工学・地盤工学・地盤施工学
中央大学・研究開発機構・地盤施工学研究ユニット(責任者:齋藤邦夫教授)において、前田工繊株式会社及び株式会社NIPPOとの産学連携共同研究で、新たに開発したアスファルト舗装の地震対策型段差抑制工法について紹介させていただきます。
本共同研究では、アスファルト舗装の地震対策型段差抑制工法を開発しました。新規に建設する道路だけでなく、現在供用中の道路に対しても適用可能な、道路の耐震補強技術です。近年わが国の大規模地震で、一般道路や工場敷地内の道路において道路盛土部の舗装に段差ができて、緊急輸送車が走れなくなる事例が頻発していますが、低速走行でもいいから最低限の車両走行機能を確保することは、人命救助や消火活動などの急務な初動対応や、工場機能の緊急復旧など企業の事業継続計画(BCP)において、重要な課題となっています。こういった最低限の車両走行機能を確保する耐震補強技術が、本段差抑制技術です。
従来盛土等で用いられてきたジオグリッドによる補強土工法の技術を、道路舗装に上手く応用できないか、と考えたのが本工法の出発点です。舗装を支える道路の路床部分に粒状材料、面状補強材(ジオグリッド)および拘束部材を用いた複合剛性層を構築するのが本工法です。簡単に言えば、アスファルト舗装の下にある砕石層を、ジオグリッドをうまく使って補強し、地震で盛土が沈下しても急な段差ができないように工夫したものです。粒状材と面状補強材間に生じる摩擦抵抗力と、拘束部材による拘束力の導入により、粒状材のせん断変形抵抗性を向上させるのが、力学的なキーポイントです。
昨年度に本工法の実物大実験を実施しました。実物大の路床・路盤をつくり、2種類のアスファルト舗装、ひとつは普通の舗装、もうひとつは本工法を使った舗装をかけました。大規模地震でよく見られる道路盛土の不同沈下を人工的に発生させて、両者のパーフォーマンスを比べてみたかったのです。大型の油圧ジャッキをつかって、盛土の不同沈下を発生させました。
実験の結果、本工法を使えば概ね600mm程度の不同沈下に対して、低速の車両走行機能をなんとか確保できることが分かりました。アスファルト舗装も盛土とともに沈下するのですが、舗装が割れて段差が発生するのではなく、写真-1のようになめらかなカーブを描いて沈下しました。低速なら車が走れる程度のなめらかさです。それに対して普通の一般的な舗装では、概ね200mm程度の沈下でアスファルト舗装が割れて段差ができてしまい、車両がまったく走れなくなることがわかりました。写真-2で、その差を見ることができます。本工法が大規模な地震災害に備える道路の震災前対策や軟弱地盤上の道路盛土の不同沈下対策として、より安全で安心な道づくりに貢献できれば、と期待しています。
写真-1 本工法によるなめらかな沈下カーブ
写真-2 本工法の実物大実験の結果の一例 (左側ふたつが本工法をつかった舗装・車両走行可能、右側ふたつが従来工法による舗装・段差発生で車両走行不可能)
企業と大学との共同研究を奨励する動きは昔からありました。私が金沢大学に勤務していたころ、「地方の大学は、地方の企業との共同研究を積極的にやりなさい」という指示が文部省から来たらしく、私もなにか考えるようにとの指示をうけました。そこで福井大学の荒井克彦先生と相談して、福井県の前田工繊と福井大学・石川県の真柄建設と金沢大学の4者が共同でジオテキスタイルによる補強土の研究をやることにしました。この共同研究はその後も長く続き、それなりの成果を出すことができましたが、最初にやったのが写真-3の「土で橋がつくれるか?」でした。ご覧のように、結局はうまく行かなかったのですが、この失敗からアレコレいろんなアイデアが生まれてきました。表記の「アスファルト舗装の地震対策型段差抑制工法」も、その成果のひとつです。
写真-3 みごとに失敗した「土で橋がつくれるか?」実験
写真-4 前田征利氏
このとき以来今に至るまで、私がずっとお世話になっているのが、前田工繊社長の前田征利さんです。昭和43年に阪大の基礎工学部を卒業後、47年に前田工繊を設立されて以来、社業の発展に力を注がれて東証上場企業にまで育て上げられた方です。伝統的な福井の織物工場を、近代的なジオシンセティックスメーカーに変身させ、福井経済同友会代表幹事・国立大学法人福井大学理事をつとめられ、多方面にひろくご活躍です。
写真-3の当時、真柄建設にいらして技術研究所副所長として、写真の実験を指導された西本俊晴さんは、その後前田工繊に移られ現在部長としてご活躍中です。
写真-3の現場実験を卒業研究としてやりとげたのが、当時金沢大学4年生だった石垣勉さんです。実験当時、石垣さんはNIPPOに就職が決まっておりました。そのままNIPPOに就職して、現在技術研究所の中核を担っておられます。
写真-5 水島和紀氏
こういった人々と一緒に長い間、前田工繊・NIPPOと共同研究を続けてきましたが、さらに新しい知り合いができました。林田紀久男さんのあとを継いでNIPPO社長になられた、水島和紀さんです。水島さんは昭和43年中央大学理工学部土木工学科卒で、中大OBの産業界の重鎮です。お書きになった文章を、私は拝見したことがありますが、実に軽妙洒脱でとても理科系の方とは思えぬものでした。
上述の前田工繊と福井大学・真柄建設と金沢大学の4者によるジオテキスタイルによる補強土の共同研究が一段落したあと、富山県利賀村に高さ40m、勾配1:1の高盛土をふたつ作りたいという話が、平成10年ごろにもちあがりました。斜面には草ではなく木を植えてほしい、豪雪が積っても大丈夫にしてほしい、という村の要望を満たすのは至難の業でした。とても自信がもてなかった私は、前田工繊の方々に加えて、補強土盛土のエキスパート中のエキスパートだった3人の方に助けを求めました。当時東大にいらした龍岡文夫先生、鉄道総合技術研究所の村田修さん、土木研究所の三木博史さんの3人でした。
お三方から補強土盛土に関するご経験と知識をアレコレ一杯教えていただきながら、私たちは結局写真-6のような高盛土をふたつ完成させました。今もそうですが、当時は東大・鉄道総研のグループが補強土盛土の分野では群を抜いて進んでいました。補強土盛土のなかにプレストレスを導入しなさいという助言を龍岡・村田両氏からいただいたお陰でできた仕事だったと、私は今でも思っております。
写真-6 富山県利賀村のイの谷に完成した高盛土
補強土にプレストレスを導入するというアイデアは、当時世界的にみても最先端技術だった(たとえば:内村太郎・龍岡文夫・館山勝・古関潤一・前田崇・鶴英樹:プレローディド・プレストレスト補強盛土のメカニズム・原理実験・実大模型実験・実施工、第11回ジオシンセティックスシンポジウム発表論文集、国際ジオシンセティックス学会日本支部、72-81、1996)と思います。その最先端技術をお借りして、写真-6の盛土が完成したのでした。
盛土に導入したプレストレスを長期間にわたって維持するには、設計・施工上の高度な技術を必要とします。なんとかプレストレスに大きく頼らない方法がないだろうかと考えて出てきたのが、冒頭のアスファルト舗装の地震対策型段差抑制工法です。
本工法の共同研究を主に担当した方は、金沢大学4年生のときに写真-3の実験をやったNIPPOの石垣勉さんと、前田工繊の竜田尚希さんのお二人です。研究の開始当時、石垣勉さんが東京工業大学の私の研究室で社会人ドクターであり、竜田尚希さんは福井大学の荒井克彦先生の研究室の社会人ドクターでした。お二人は博士の研究テーマとは全く関わりのないこの研究を、博士になるための研究と並行して行っていました。本工法の小さな室内模型作りや大型単純せん断試験による粒状材の力学特性の検討からはじまり、全5回、計12基にわたる大掛かりな実物大実験と試験施工の実施による性能の確認まで、コツコツと継続的に研究を進めてまいりました。お二人はお勤めの会社は異なりますが、年齢も近く、同じ境遇の同志としてなのか、本当によく協力してこの産学連携共同研究に取り組んでくれました。また石垣勉さんの20年近くもかけて、とうとうここまで漕ぎつけたその執念には、まったく驚かされました。石垣勉さんは新潟県出身、竜田尚希さんは福井県出身ですが、北陸人の驚異的な継続力に敬意を表して、本報告を終わらせていただきます。