Chuo Online

  • トップ
  • オピニオン
  • 研究
  • 教育
  • 人‐かお
  • RSS
  • ENGLISH

トップ>研究>刑事施設における官民協働

研究一覧

只木 誠

只木 誠 【略歴

教養講座

刑事施設における官民協働

只木 誠/中央大学法学部・法科大学院教授
専門分野 刑事法

はじめに

 おおよそ「7万5千人×400円=3千万円」。これは、現在、日本において1日に費やされるといわれている刑事施設収容者(受刑者。未決拘禁者を含む)のための副食費の総額である。「おかず代」として、単純に計算しても、月でいえば9億円、年間では100億円を上回る数字となる。もちろんのことながら、これは刑事施設を運営するのに必要な諸費用の一部分であり、そのほか、施設の建設費、維持管理・修理費、光熱費、これを大きくしのいでさらに職員の人件費等、多くの費目に相応の金額が計上される。国の予算編成において公共事業に多くの税金が投じられることがまま問題として取り上げられるが、実は、刑事施設の運営にも、決して少なくない予算が恒常的に充てられているのであり、刑事司法を考えるに際して、このようなコストの計算は、不可避なことがらである。

刑事施設運営へのPFI事業の参入-PFI刑務所の誕生

 多くの方がすでにご存じのところであろうが、わが国では、2007(平成19)年以降、「社会復帰センター」と呼ばれる新たな形の刑事施設、すなわち刑務所が、山口県美祢市(美祢社会復帰促進センター)、栃木県さくら市(喜連川社会復帰促進センター)、兵庫県加古川市(播磨社会復帰促進センター)、島根県浜田市(島根あさひ社会復帰促進センター)の全国4ヵ所に設置され、運営を開始している。これらは、いわゆるPFI事業推進政策の展開によって導入された官民協働の刑事施設である。

 PFI事業は、公共事業を公共サービスの提供と捉えるコンセプトのもと、効率性の向上やコスト削減等をトータルに実現すべく、施設計画・設計から運営において広く民間の資金や技術・方法、そして人力を活用して行おうという新たな形態の公共事業である。1999(平成11)年のいわゆるPFI法の制定以降、これまで、文化・教育施設や福祉関連施設等において実施されてきたものであるが、折からの、既存の刑事施設における過剰収容や職員の高負担の解消の問題、行刑改革の推進等を背景として、行刑の分野もこれを聖域とすることなくの方針のもと、新方式が取り入れられるに至った。PFI刑事施設においては、事業主体は民間であっても、あくまでも最終執行責任は行政側に存し、刑事施設の本質たる刑の執行にかかる公権力については、その性質上、これを「官」において保持しなければならないとの基本のもと、外周警備、清掃、窓口受付け、自動車運転など、法の定めによらず民間委託が可能な業務が民間に委託されることとなった。その手始めである上記4施設の運営はこれまでのところおおむね順調であるといわれ、職員の負担の軽減、再犯防止策のへの貢献、就労指導、地域との共生、そして、名古屋刑務所事件を機に発足した行刑改革会議が求めた刑事施設運営の透明性確保といった点では一定の評価を得ているといえるであろう。

 さらには、民間事業者の創意と工夫を適切に反映させることにより、より良質、低廉な公共サービスの実現を目指すとする公共サービス改革法改正を受けて、これまではPFI施設においてのみ行われていた業務の特例的な民間委託についての構造改革特区の限定が取り払われ、制度的には全国の刑事施設において業務を民間に委託することが可能となった。

 すなわち、上記の業務に加えて、所持品等の検査、収容監視、職業訓練の実施、領置物の補完など、権力的色彩を有するが、処分業務準備や処分の執行として行われる事実行為のうち、その要件、手続き、監督方法が明確であれば民間への委託が可能とされる業務についても、民間委託の対象となることが明文化されるに至ったのである。これを受けて、2010(平成22)年には既存の静岡刑務所等においても一部業務の民間委託、運営への民間参入が始まっており、同様の動きは、今後他の刑事施設においても予定されている。

PFI刑務所事業の今後に向けて

 このような一連の流れに鑑みれば、刑事施設へのPFIの導入、刑事施設における官民協働というコンセプトは、今後、定着、拡充の方向で進んでいくものと思われる。

 しかしながら、このような刑事施設運営の新たな展開については、その効用が語られるとともに、課題もまた指摘されている。そのひとつには、これまで、刑事施設では、「官」の管理のもとで厳正な刑罰の執行が担保されてきたのであり、矯正処遇を「公共サービス」と捉えるPFIの発想は本来的に従来の考え方と相容れるものであるのか、一部であるにせよ矯正処遇の「市場化」というありかたは容認されうるのか、という問題である。これについては、当初から疑念が呈されてきたところであるが、議論はおかれたままである。これに関わっては、新手法の導入が矯正処遇の質に変化をもたらすことの懸念もあげられる。また、刑事施設の増設が過剰収容の根本的な解消につながるかは必ずしも即断できないところであり、そして、民間の参入をいうのであれば、まずは非営利の民間団体・組織等を活用することが選択肢の内にあってしかるべきであったとする指摘もある。一方では、刑事施設職員・刑務官の職責意識の変容を懸念する声も聞かれるところである。

 とはいえ、このような問題を抱えつつも、すでに動き出した刑事施設運営における新たな潮流にあっては、意識的な連携・連帯関係の構築においてこそ官民協働の実効性は期待できよう。また、そこにこそ、上の問題に対する答えも見いだされていくものと思われる。官民協働の刑事施設運営はまだまだ始まったばかりである。われわれは、新たな試みの今後の展開を確かな眼をもって見守っていかなければならないであろう。

刑事施設の過剰収容対策

 ところで、わが国の刑事施設における被収容者数は、未決被収容者、初入受刑者等の増加にともなって、1990年代後半からその傾向にあり、先に述べたように、過剰収容の解消の問題は刑事施設運営へのPFI事業導入の大きな要因のひとつであったとされている。この、未決被収容者、初入受刑者等の増加の背景には、バブル期の終焉がもたらした経済の低迷・停滞の本格化と失業率の上昇など、社会的な不安の増大があったものと考えられるが、このことに限らず、今日、世界的にも平穏な社会生活を脅かしかねないと思われるさまざまな事象、事案への懸念がメディア等を通じて取り沙汰され、これらの現実化への不安は人々を取り巻いて社会を席巻しつつあるとさえいえるようである。そのようななかで、人々が直接に肌で感じるのはいわゆる体感治安の変化、悪化であろう。そして、この体感治安の悪化を食い止めるべく、そのすべが求められた先のひとつが刑事立法という施策であったと思われ、このことは、近年刑事立法が多数行われ、いわば「活性化」しているともいうべき状況にも明らかに見て取れるのである。これと随伴して、事象的には、体感治安の悪化を背景とするように、法定刑、宣告刑が重くなり、仮釈放率、とりわけ刑の執行率が低い段階での仮釈放率の恒常的な低下という傾向も現れてきたように見受けられるところである。今後もこのような傾向が続いていくならば、「犯罪者の増加とそこから惹き起こされる過剰収容、過剰収容に手当が行き届かないこと起因する矯正処遇の質の変化・低下、矯正処遇の変化を誘因とする再犯増加による社会不安の増幅」という負の連鎖とでもいうべき状況が今後も進行していくことが懸念されるであろう。

 このように考えてくると、過剰収容、犯罪の増加という問題については、刑事施設の新設をもって対処のひとつとすることのみならず、そのような物理的対策を行うことと並行して、刑事施設への収容者を増加させるところは何であるのか、その要因を冷静に考察し、併せて、再犯予防に対処していくこともまた同様に意味のあることであると思われる。犯罪を予防する根本的なてだてについて、過剰収容に対応することに向けられるのと同じ、またはそれ以上の知恵と工夫が傾注されること、言い換えれば、過剰収容の状況とその背景にある原因の両者に相乗的に働きかけることにおいてこそ、犯罪者を「増やさない」、「入れない」効果は期待できるのではなかろうか。そして、さらにいうならば、それに加えて、「出す」ための工夫が刑事処遇の場でもさらに求められるということでもあろう。

おわりに

 少々乱暴な言い方となるかもしれないが、「犯罪」は、「法」が存在するからこそ、「法」が存在することによって、合わせ鏡の作用の様に認識されるものである。今日という時代を平穏な社会生活を危うくする危険に満ちたものであると捉えるいわゆる「危険・不安社会論」においては、上に述べたごとく刑事立法がますます盛んになることが考えられるが、法をつくり規制や取締りを厳しくすることは、とりもなおさず網の目を狭めることであり、犯罪者より多く創出することにつながっていくことが考えられる。われわれはそのメカニズムを自覚的に認識しておく必要があるのではなかろうか。同時にまた、刑事施設の収容状況が過剰あるいは過剰に近い状態におかれれば、その様な中では再犯予防のための質の高い矯正処遇を期待することもまた困難なこととなることを再認識すべきであろう。

 刑事施設運営は、今、官民協働という新しいレールの上を走っていこうとしている。そのスタイルは今後一層推進されていくことであろう。新しい時代の刑事施設運営は、官と民とのパートナーシップなしには、事実上、もはや成り立ち得ないともいいうる。PFI刑事施設は、いみじくも「社会復帰センター」との名前をいただくように、収容者の「社会復帰」を「促進」するための施設たる役割を充分に果たしていくことが強く求められている。それこそが再犯防止の最良の策であり、過剰収容対策の有効な手段であるのである。刑務所人口の増加はコストの増加につながり、安価な処遇は再犯防止には役立たず、かえって高コストとなることの認識を市民レベルにおいても共有すべきときであろう(なお、拙稿「刑事施設における官民協働」罪と罰48巻2号(平成23年3月)5頁以下参照)。

只木 誠(ただき・まこと)/中央大学法学部・法科大学院教授
専門分野 刑事法
1956年生まれ。福島県会津出身。中央大学法学部卒業後、中央大学大学院法学研究科博士前期課程修了、後期課程満期退学。法学博士(中央大学)。獨協大学法学部専任講師、同助教授、同教授を経て、2002年より中央大学法学部教授。2004年より同法務研究科教授(併任)。2008年11月より日本比較法研究所所長。学外では、法務省矯正局「矯正に関する政策研究会」委員、法務省入札監視委員会委員・総合評価委員、文部科学省中央教育審議会専門委員、新司法試験考査委員、日本学術会議連携会員、日本刑法学会理事を務める。
研究分野は刑事法。刑法解釈論を中心として、生命倫理、刑事政策等の問題を研究する。
主な著書に、『罪数論の研究[補訂版]』(成文堂、2009年)、『刑事法学における現代的課題』(中央大学出版部、2009年)、など。