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関口 定一

関口 定一 【略歴

教養講座

雇用制度はなぜ変わらないのか?

関口 定一/中央大学商学部教授
専門分野 人事労務管理論・労使関係論・労働史

1.「終身雇用」、「年功序列」は崩壊したのか?

 日本の大企業の「正社員」が享受してきた「終身雇用」・「年功序列」という名の制度・慣行は、すでに崩壊し過去のものになったという主張を、あちこちで見かける。それは本当だろうか。

 「終身雇用」はそれが確実に適応される範囲をかなり縮小し、「年功序列」はより成果や仕事上の役割に重きを置く序列に変化しつつある。しかし、「正社員」に関しては、かなり安定した長期の雇用と、少なくともキャリア前半では年齢や勤続が依然として重みを持つ右肩上がりの給与体系が保たれていることは確かである。「正社員」であるが故の長期雇用、昇給、昇進、キャリア展開、そして社会的な地位の獲得が見込めると信じられればこそ、大企業の「正社員」求人の狭き門に学生が殺到するのではないだろうか。こうした長期雇用と企業内のキャリア展開を特長とする大企業の「正社員システム」は、1990年代からの日本経済の長期的な停滞、グローバリゼーションとIT技術革新の急速な進展という経営環境の激変の中で、その範囲を狭め、徐々に変化しつつも、しかし、依然として強靭に存続している。そして、「大学生の就職難」、「派遣切り」、「名ばかり正社員」などといった問題も、実は、「終身雇用」や「年功序列」を柱とする「正社員システム」が崩壊したからではなく、むしろそれらが、縮小・変形しつつも強固に存続していること、しかも「正社員システム」への入り口が新しく学校を卒業した者に優先的に開かれていることとかかわって生じている現象なのである。

2.「正社員システム」と「非正規雇用」――雇用の二極構造の不合理性

 「終身雇用」、「年功序列」を柱とする「正社員システム」の対極に存在するのが、「非正規雇用」というシステムである。雇用の安定性でも、給与水準でも、両者の間には極めて大きな格差が存在する。大企業の正社員と日雇いで働く派遣労働者の間には、それぞれが担う仕事の難しさや重要性の違いのみでは説明できないほどの差がある。これは「バブル経済」がはじける前も後も変わらない。

 「正社員」の雇用や給与は、会社への全霊をつくした献身や長時間労働と引き換えになっており、その不自由さや拘束感を嫌う人々にとって、フリーターや派遣労働のもつ身軽さや柔軟さは、低い労働条件を甘受させるほどの魅力を持つかもしれない。しかし、非正規雇用は、生活を支え家族を養うために働く人にとっては、あまりにも低い残酷ともいえる見返りしかもたらさない。それは「デザート」たりえても「主食」とはなりえないのである。

 かつてのように、主たる働き手は男で、その多くが「正社員」であった時代は終わり、約3人に1人が「非正規雇用」となった今、こうした隔絶した二極構造は合理性や機能性を失っている。もし、雇用の在り方が、その人が「正社員システム」内にあるかどうかで区切られた二重構造ではなく、相対的に強い雇用保障から柔軟な雇用形式まで、あるいは高い給与水準から低い給与水準まで、なだらかに連続的に変化する境目のないグラデーションをなしていたらどうだろうか。事態は大きく異なるだろう。企業にとっては人件費や雇用量の調整がより容易になるであろうし、働く人にとっても働き方の選択の余地が大きく広がるはずである。明らかに合理的で機能的である。では、なぜそうした方向での改革が進まないのだろうか。

3.「厳密な新卒採用」の不合理

 大学生の就職難も、この「正社員システム」の持つ問題点とかかわっている。先行きの雇用と所得に見通しを持つことができ、長期のキャリア展開が見込める雇用を求める者は当然ながら多い。しかし、その機会は多くない。問題は、機会が量的に限定されているだけでなく、かなりの企業においてそのチャンスが生涯1度に限定されていることである。新卒採用情報を見て気づくのは、多くの企業が条件として、「厳密な新卒者」を求めていることである。「厳密な新卒者」の採用とは、4月入社の場合、その直前の3月に学校を卒業する予定のものに限って求人を行うということである。留年した学生は新卒者扱いとなるが、その前年に卒業してしまったものには対象外となる。こうした狭い条件が設定される理由は、様々に言われている。その中には、なるほどと思わせるものもあるが、しかし、卒業後2、3年の者を、「厳密な新卒者」と厳然と区分して、完全に排除するに足るだけの十分に合理的な理由を見出すことは困難である。海外の優秀な人材を確保する必要性が急速に強まる中では、よくわからない「国内事情」による「厳密な新卒者」の採用に限定する慣行は、今後ますます意味を持たなくなってゆくであろう。現に卒業後3年までのものは新卒者として扱おうという働きかけが厚生労働省から行われている。しかし大勢はそう簡単に動きそうもない。

4.雇用や仕事に関する制度の変わりにくさ

 「正社員システム」と「非正規雇用」からなるくっきりと二極化した雇用構造といい、「厳密な新卒」採用といい、いずれもそれらがある時期まで持っていた合理性や機能性を失いつつある。それでは、なぜこうした合理性や機能性を欠いたシステムが強固に持続しているのであろうか。

 実は、雇用制度におけるこうした現象は、日本だけに見られるわけではない。私の研究対象であるアメリカでも、時代とともに企業組織や仕事の態様は大きく変化したにもかかわらず、産業化の初期に形成された制度や慣行が、その合理性を失いつつも強固に存在している。例えば、ホワイトカラーとブルーカラーの厳格な区分がそれである。技術革新などによって、両者が遂行する仕事の性質は多くの面で区分しにくくなってきており、われわれの目から見れば、ホワイトカラーには「サラリー(salary=年俸や月給など)」を、ブルーカラーには「賃金(wage=時間給や出来高給)」を支払うという長い間続く慣行的区分は今やほとんど合理性や機能性を有していないと思われるが、これを廃絶する動きは少ない。また、厳密な「職務」の区分と「職務縄張り(demarcation)」の慣行も強固である。同じ職場で隣り合って働く人びとが、「職務」が異なれば容易に他人の仕事を助けない。接客カウンターにどれほど行列ができようが、そして接客担当以外の職務の人々がどれほどヒマであろうが、決められた人以外は顧客に対応しようとしない。それが、合理的でも機能的でもないとわかっていても、一向に改まらない。こうした、雇用や仕事に関する慣行の変わりにくい性質はどこからくるのであろうか。

5.雇用や仕事に関する制度や慣行はなぜ変わりにくいのか

 まず雇用や仕事の制度と制度の間の関係がある。たとえば、ある国でほとんどの企業が新卒採用で人材を確保し、確保した人材を長期に雇用しているとすれば、新卒以外から優秀な人材を確保することが難しいため、ますます多くの企業が新卒採用を重視するようになり、その方針を変える動機を持たないことになる。各企業の雇用制度がお互いを補強していることになる、ということが考えられる。

 また、日本のように社会的セーフティネットが弱い国では、「正社員」の雇用保障と年齢に応じた給与所得の上昇が社員とその家族の「社会保障」機能を兼ねているため、よほどしっかりした新規の生活保障制度ができない限り、「終身雇用」や「年功序列」の基本を崩すことに対して極めて強い抵抗が生ずることになる。雇用制度と社会保障制度がお互いの変化を制約し合っているのである。

 人間の心理として、文化的な環境に応じて一度深く制度化されてしまった慣行を変化させることに対する強い抵抗が生じる、という説明もある。たとえば、日本の雇用制度の中では、入社年次が大きな意味を持っている。「入社年次別管理」という言葉があるが、大きな企業の、特に企業内キャリア展開の初期から中期にかけて、昇給、昇格、配置などにかんして、何年次入社かというファクターは重要な意味を持っている。欧米社会では希薄な「先輩」、「後輩」といった学校時代から継続する序列意識も、入社年次に重きを置く管理の仕組みと整合的であり、さらに「先輩」=「後輩」関係を強化する。「年功序列」や「新規学卒定期一括採用」という制度は、こうした序列意識ときわめて相性がよく、お互いを補完しあう。こうした場合、制度はとても変化しにくいものになる。

 さらに、雇用や仕事はさまざまなアクターの利害関係の網の目に組み込まれて存在しているという事情がある。雇用や仕事における変化は、雇われ働く従業員だけではなく、従業員の家族、経営者や管理者をはじめとする雇用や仕事にかんする人々の利害にかかわる変化を生む。特に労使関係を構成する従業員(労働者)と経営者(使用者)の双方にとって雇用と仕事の在り方が変わることの影響は決定的に大きい。そして、実は、アメリカ社会のように経営者と労働者の利害がドライに衝突していると思えるような社会においてさえ、労使がある大きな共通の利害関係の枠組みの中で、相互に相手の繰り出す政策に対応しながら各々の利益を確保しようとしてきたのではないか、そして、激しく対立する労使双方を包み込むより大きな枠組み(「産業世界」や「職業世界」)の存在が大幅な変化を制約してのではないか、という仮説が成り立つ。この仮説を比較史的な考察を通じて検証することが私の研究課題の一つである。

6.雇用制度や慣行は変わらないのか

 最後に、変化しにくいとはいえ、雇用や仕事にかんする制度や慣行は不変なわけではない。

 例えば、日本の大企業の雇用制度は、第二次世界大戦の前と後では大きく異なるものとなった。戦争・敗戦・戦後改革というマクロ・レベルの外部からの強い衝撃が、雇用制度を大きく変化させたのである。

 また、雇用に隣接する諸制度や環境が持続的に変化する中で、雇用制度と変化した環境の間の摩擦が高まり、この摩擦を認知した経営者などが、同一方向に持続的に改革圧力をかけ続けることが変化を生む、という考え方もある。

 さらに、グローバル化の中で、日本の雇用制度とは異なる編成原理に基づく外国の制度との制度間競争の中で、競争優位の制度が選択され、雇用制度の変化を可能にするということも考えられる。

 これらについても、その実際のメカニズムをより明確にするための取り組みが必要とされている。

関口 定一(せきぐち・ていいち)/中央大学商学部教授
専門分野 人事労務管理論・労使関係論・労働史
【略歴】
1951年、群馬県館林市に生まれる。和光大学経済学部卒業、中央大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得満期退学。1996年より現職。中央大学情報研究教育センター所長(1999年-2003年)、中央大学大学院商学研究科委員長(2005年-2009年)。
【研究テーマ】
日本とアメリカの労使関係を中心にして、現在、以下のような研究プロジェクトに取り組んでいる。
(1)労務管理の生成と消滅に関する総合的研究:「職業世界」との相互関係を中心に
(2)現代アメリカ労使関係の基盤形成過程に関する実証的研究
(3)ホワイトカラー形成の比較史的研究