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研究一覧

佐藤 博彦

佐藤 博彦 【略歴

教養講座

磁性と超伝導

―未知の秩序を求めて

佐藤 博彦/中央大学理工学部教授 博士(理学)
専門分野 物性物理学 固体化学

はじめに

 私は、新しい物質の結晶を人工的に作る研究を行っている。未知の物質を探索する事は、未踏の宇宙を旅するのと同じくらいワクワクする事だと本気で思っている。圧力鍋を大げさにしたような水熱合成装置を使って、これまでに10個くらいの新しい物質を見つけてきた。(図1)結晶の中では、原子や分子が規則正しく整列している。もしその中に入り込むことができたなら、気の遠くなるほど単純な光景を目にすることになるだろう。東西に1億部屋、南北にも1億部屋が広がっている1億階建てのマンションに迷い込んだ状況を想像してほしい。しかも、そこには全く同じ間取りの中に全く同じ家族構成の住人が暮らしている。こんな単純な物に、なぜ、物理学者は惹きつけられるだろうか?

図1

図1:(a)水熱合成装置。(b)結晶構造を解析するX線回折装置。(c)磁気的性質を調べるSQUID磁束計。(d)発見した物質の構造の一例。

磁石の中の秩序

 それは、結晶を舞台として、「秩序」という美しい自然の姿が顔を出すからである。身近な磁石を例にとってみよう。磁石にはいろんな性質があるが、ある温度以上に加熱すると突然ただの石に変わってしまう事(図2)はあまり知られていないかもしれない。実は、その原因を突き詰めていくと、秩序というキーワードに行きつくのである。磁石をつくっている原子は、それぞれスピンという小さな磁石を持っている。しかし、もしもそれぞれのスピンの向きがバラバラ(図3)なら、お互いに打ち消しあうので、全体は磁石にならない。磁石になるためには、すべてのスピンが整然と同じ向きを向いている必要がある(図4)。つまり、磁石になるという事は、スピンが秩序を持つ事と言い換えてもよい。

図2

図2:磁石の強さと温度の関係。磁石の性質はある温度以上で突然消えてしまう。

図3

図3:スピンの無秩序状態。全体としては磁石にならない。

図4

図4:磁石の中のスピンの秩序状態。

相転移

 図2を見て不思議に思うのは、高い温度では全く存在しなかった秩序が、ある温度以下で突然発生する事である。急に一斉に同じ向きを向くので、まるでスピン全体が意思を持っているかのようにも見えるのだが、決してそうではない。実はこの現象は、非常に単純な原理だけで完全に説明できてしまう。その原理とは「スピンは隣と同じ向きを向きたがる」、これだけである。温度とは、スピンの「気まぐれさ」の程度と考えてよい。温度が高い時、スピンは頻繁にふらふらと向きを変える。そのような状況では周りのスピンがでたらめな向きを向いているので、自分もどっちを向いていいのかわからない。その結果、全体としてスピンの向きがバラバラな状態を保つ。温度を徐々に下げていくと、なんとなく同じ向きを向いているスピンの集団が現れ始める、そして、ある温度以下で周りに逆らう事が非常に困難になり、全体のスピンが一斉に同じ向きを向く。このような秩序の急激な変化を、相転移という。水の温度を下げていくと、0℃以下で突然氷に変わるのも相転移の一種である。

「集団の力」がつくる秩序

 たいていの現象は、条件がわずかに変わると、それがもたらす結果もわずかに変わるだけであろう。しかし、相転移の場合は、ほんのわずかな温度の違いが、秩序の有無という劇的な違いに結びつくのである。この現象には、集団の力が関わっている。話は少し脱線するが、人間も集団になると、突然とんでもない方向に突っ走る事がある。「温度が高い」社会では、一人一人が多様性を持ち、自分の判断で柔軟に振る舞う事が許される。そのような多様性や柔軟性が失われていくのが「冷える」ことに相当する。ここにさらに、「周りの人と同じ考えを持たなくてはいけない」という心理が加わるとどうだろうか。ある「温度」を境に、急に周囲のしがらみに逆らえなくなり、全体が一色に染まってしまう。「空気を読んで」周りに合わせる事をよしとする国民性は、少しの情勢の変化で一気に暴走する危険をはらんでいる事を、磁石は教えてくれる。

反強磁性体

図5

図5:反強磁性秩序状態。

 話を磁石に戻そう。発電機やモーター、ハードディスクなどを例に挙げるまでもなく、磁石なしでは私たちの生活は成り立たないし、すぐれた特性を持つ磁石の開発はこれからも必要だろう。しかし、ふつうの磁石に現れる文句なしの秩序は、物理の研究対象としてはこれ以上面白みがない。むしろ、そのようなわかりやすい秩序の発生を極力抑えたときに、どんな秩序が発生するかということに物理学の関心は移っている。その意味では、磁石(強磁性体)とは違い、スピンが隣と正反対を向きたがる反強磁性体という物質の方が魅力的である。反強磁性体は、温度が高い時にはスピンはバラバラで無秩序(図3)だが、ある温度以下で急にスピンは互い違いの向きに整列する。(図5)反強磁性体も立派な秩序を持っているが、全体としては磁石にならないので、応用という面からはほとんど注目されていない。

フラストレーション

図6

図6:フラストレーションを持つ反強磁性体。隣同士のスピンがすべて反対を向くようにスピンを並べることは不可能である。例えば図の矢印のように2個のスピンを置いたあと、「?」の場所にどちら向きのスピンを置いたらよいのか迷ってしまう。

 ここでちょっといたずらをして、三角形からなる結晶構造(図6)を持つ反強磁性体を作ってみよう。この場合、隣同士のスピンがすべて正反対の向きを向くような並び方は絶対に不可能で、スピンは簡単な秩序を作りたくても作ることができない。この状況をフラストレーションがあるという。一方、温度を十分に下げると、どのような物質にも何らかの秩序が現れなければならない事を、熱力学の法則は予言する。実際に実験をしてみると、フラストレーション系では実にさまざまな秩序が現れる。例えば、隣り合うスピンがお互いに120度違う向きを向いたスピン配列、結晶がゆがむ事によって三角関係を解消した縞模様のようなスピン配列、スピンの向きがバラバラのまま動けなくなるスピンのガラス状態、2つのスピンがペアを作って打ち消しあうが、ペアの相手先がころころ変わるスピン液体状態など、これまでに知られているだけでも挙げればきりがない。そして、未知の秩序が今後も発見されていくと私は信じている。でもその秩序とは何なのか? それが予想できないからこそ研究する価値があると思うのは開き直りすぎだろうか。

超流動

 磁性体から離れるが、予想できない領域への挑戦がとんでもない秩序を発見した例をぜひ紹介したい。物質は冷やすにつれて、気体から液体、液体から固体へと姿を変える。固体では原子が規則正しく並んでいるため、最も秩序が高い状態といえるだろう。ところが、ヘリウムだけは液体のままで、なかなか凍ることがない。何が起こるのかわからないままにひたすら冷やし続けていくと、温度が-271℃以下になったとき、液体のまま、突然「超流動」という性質が現れる事を発見した人たちがいた。超流動状態の液体の性質は全く私たちの常識に反している。例えば水の入ったコップにラップをして逆さにし、ラップに針で穴を開けたとする。穴が小さければ水はこぼれない。コップにガーゼをかぶせて逆さにしてもやはり水はこぼれない。これは水には粘性(粘り気)があるために、小さな穴を通り抜けることができないからである。一方、超流動液体には粘性が全くないため、同じ事をすると簡単にこぼれてしまう。それだけではない。超流動液体をコップに注いで置いておくと、液体はコップの壁を勝手にはい上がり、全部外に漏れてしまう。この不思議な超流動液体を詳しく調べていくと、普通の液体より秩序が高い状態であることがわかる。つまり、ヘリウムは原子が規則正しく並ぶ固体状態の代わりに、なぜか超流動という全く別の秩序を選んでいたのである。超流動の秩序はちょっと理解しづらいかもしれない。なぜならそこには「量子性」という自然の奥深い姿がかかわっているからである。

量子性

 物体を放り投げると放物線を描くというような身近な現象は、ニュートンが作り上げた「古典力学」でほぼ説明できるし、私たちの常識と一致する。しかし、古典力学は完全には正しくなく、正確には物質は量子力学という法則に従っている。しかし、量子力学の性質(量子性)は、原子などの大きさミクロの世界だけで顕著に表れるので、通常私たちがそれを実感する事はない。量子力学は「自然は曖昧である」というルールに支配されている。それを私たちの世界に適用すると変な事になる。例えば、あなたが事件に巻き込まれて、アリバイを証明しなければならないとしよう。疑い深い取調官に対しては、あなたをいつどこで見かけたという第三者の目撃情報が必要だろう。しかし、目撃者がいようがいまいが、あなたは常にどこかに存在している。そんなあたりまえの事を疑う取調官はさすがにいないだろう。ところが、量子力学によると、観測(目撃)されていないかぎり、あなたがどこかに確実に存在しているとは保証できないのである。こんな不思議なことが、原子や電子などのミクロな物体では平気で起きる。

粒子か波動か

図7

図7:波動と粒子の二重性。原子は基本的には粒子と考えられるが、波動性も持っている。黄色い球は粒子としての原子、赤い線は波動としての原子である。

 具体的な量子性の現れの一つに、波動と粒子の二重性がある。高校までは、光は波動で、電子は粒子というように習ってきたかも知れない。しかし、調べれば調べるほど、光が粒のように振る舞ったり、電子が波の性質を現したりする奇妙な事実が次々と発見されてきた。原子は基本的には粒子と考えてよいが、波のような性質も帯びている。(図7)無理やり例えるなら、原子から手が伸びていて、手を上下に振りながら動いている様子をイメージしてもらいたい。手の動きの方に注目すると、まるで波のように見えるだろう。波の状態を表す重要な考え方に「位相」というものがある。位相はある瞬間の波の状態を角度で表現する方法である。例えば、手がちょうど真ん中の高さにあり、これから振り上げるようとする瞬間は位相が0度、手がいちばん高く上がった時を90度、再び真ん中の高さに下がってきた瞬間を180度、最も下がった時を270度というように手の動きを角度に対応づけるのである。そうすると、手を上下動させている状態は、位相の角度がぐるぐる回っている状態として理解できる。

コヒーレント状態

 このような原子がたくさん集まった物体を考えよう。もしも、それぞれの原子がバラバラのタイミングで手を振ったとすると、全体として波の性質は打ち消されてしまう。これは位相が無秩序の状態と言い換えてもよく、位相角を矢印の向きとして表現すると、図3と同じ図になる。私たちの身の回りにある物体はこのようになっているため、全体として波動性は消えてしまい、量子性が表に出ることはない。一方、もし波の位相角が図4のように揃った状態があったらどうだろう。それぞれの原子の「手」の動きが完全にシンクロして、一つの巨大な波のように見えるに違いない。サッカースタジアムでサポーターがウェーブを作って応援する様子を想像すればわかる。たとえ原子の位置が整然と並んでいなくても、波の位相がそろった状態は、秩序がそろった美しい状態といえる。このような量子力学的な秩序が生じた状態をコヒーレント状態という。実は、超流動は、ヘリウム原子の集まりがコヒーレント状態になった状態なのである。そこには、私たちが実感することができる大きさに、量子力学の不思議な性質が出現する。余談であるが、レーザー光線も光の粒子がコヒーレント状態になった状態で、普通の光はそれぞれの光の位相がバラバラな状態である。

超伝導

 超流動と似ている現象に、超伝導がある。超伝導は、結晶の中を走り回る電子がコヒーレント状態になったものと考えてよい。超流動液体には粘性がないという事に対応して、超伝導体では電気抵抗が完全にゼロになる。たとえば超伝導体でドーナツ状のリングを作り、そこに電流を流すと、なんと永久に流れ続ける。この性質を送電線に生かせば、まったくエネルギーを失うことなく電気を遠くに運ぶことができる。それ以外にも、強い磁場を発生させたり、まったく新しい原理のもとに超高速で演算するコンピュータの基礎技術になったりと、超伝導の技術が実用化されれば私たちの常識を間違いなく大きく変えるだろう。ただし、超伝導も量子力学的な秩序が発生した状態なので、温度が高くなると秩序が壊されてしまう。そのため、超伝導は今のところ低温でしか起こらない。しかし、超流動がヘリウムという限られた物質でしか起こらないのに対し、超伝導はいろいろな物質で起こる。しかも、当初は-270℃以下でしか起こらないと思われていたのに、これまでの研究で-140℃でも超伝導になる物質も人工的に合成されている。室温でも超伝導になる物質、これも私たちが追い求めている夢の物質である。先ほど説明したフラストレーション反強磁性体は、当初は超伝導とは全く関係のないものと思われていた。しかし、実は深い関係がある事を予測する理論も現れている。

おわりに

 さまざまな原理をもとに工夫を積み重ねていく応用研究は、品種改良を重ねて作物を作る農業に似ている。それに比べて私が行っている基礎研究は、未開のジャングルに飛び込んで新しい果実を探すような、効率の悪いものかも知れない。しかし、どんな農業も、最初は大自然が生み出した野生種の採取から始まることを忘れてはならない。もっとも、今の私にできる事は、結果がどう転ぶか全く予想できない未開拓の物質の世界を渡り歩きながら、自然が気まぐれに見せてくれる新しい秩序を追い求めることだけであるが。すぐに役に立つもの以外は価値がないという風潮がますます強まる中で、こんな楽しい探検をさせてもらえる大学には本当に感謝している。それにしてもなぜ人は秩序に惹かれるのだろう。通勤電車の中、駅名を告げる電光掲示板をぼーっと眺めながら思いをめぐらす。ひょっとして、私の体も含め、この世界に存在すると信じているほとんどの物の本質は「秩序」なのではないだろうか。点滅するランプの集合体が作る秩序にすぎないはずの文字を目で追いながら、そんな考えにとりつかれる。

佐藤 博彦(さとう・ひろひこ)/中央大学理工学部教授 博士(理学)
専門分野 物性物理学 固体化学
1965年宮崎県生まれ。1988年京都大学理学部卒業。1993年京都大学大学院理学研究科化学専攻博士後期課程修了。岡崎共同研究機構分子科学研究所IMSフェロー、東京工業大学理学部助手、中央大学理工学部助教授、准教授を経て2008年より現職。