山田 正 【略歴】
山田 正/中央大学理工学部教授
専門分野 土木工学 防災工学 水工水理学 流体力学 水文学 気象学
人は太古の昔から自然を知ろうとする努力を営々と行ってきました。このような努力は自然環境の破壊がクローズアップされるにつれ必然的に増大し、自然現象の正しい理解とそれに基づく的確な対策が要求されるようになってきました。昨今の環境破壊は地球規模で進行しており、大気、土壌、水域全てに多大な損害を与えてきました。酸性雨、オゾン層の破壊、地球温暖化はもとより地域的には河川・湖沼・海洋汚染などの解決すべき問題が山積みとなっています。
環境問題を考えるには破壊の原因を見定めることが必要であり、そのためには自然を知る地道な努力が要求されます。ところが、自然を測ることは非常に困難です。1つの実測データの中には多くの要素が混在しています。それらを評価し自然のメカニズムを一つ一つ解き明かすには多大な労力と莫大な時間を要します。自然を探求するには種々の方法があります。その中で自然に接して、自然を直接観察することが自然現象を解明するうえで最も確実で早い方法であります。思考実験や数値解析あるいはモデル実験だけでは自然現象の正しい認識は得られません。そこで我々は全国20ヶ所以上に観測サイトを設け水循環、水文現象に関する幅広い観測を行い、独自に一次データを取得しています。以下に我々が独自に行う湖沼、河川、気象観測、研究内容について紹介します。
近年、都心部において時間雨量50mmを越える豪雨が増加しています。2008年8月5日に東京都豊島区を中心として短時間に局所的な集中豪雨や2010年7月5日に発生した板橋豪雨などが人々の生活に大きな被害を与えました。私の研究室ではこうしたゲリラ豪雨をレーダを用いて観測し、その発生メカニズムの解明や被害軽減策について研究しています。
国土交通省では、私が委員を務める「次世代気象災害監視レーダネットワーク(X-NET)の構築と利用に関する検討委員会」を設立し、三大都市圏等にX-バンドMPレーダの整備を進めています。2010年7月5日より試験運転が開始されました。X-バンドMPレーダは既存のレーダに比べ、高頻度且つ高精度な観測(図1:2010年7月5日 板橋豪雨)が可能になりました。
図1:2010年7月5日 板橋豪雨
降雨強度100mm/h以上の雨が1時間以上続いた
写真:中央大学気象観測用 ドップラーレーダ概観
近年多発するこのような集中豪雨の発生メカニズム解明のため、中央大学河川・水文研究室では日本に数台しかないXバンドドップラーレーダ(写真)を用い、中央大学後楽園キャンパスで1995年から降雨の観測を行っています。ドップラーレーダは降雨強度と雨域内の風の動きを捉えることができる気象レーダです。このドップラーレーダの過去15年分のデータを基に解析した結果、降雨をいくつかの種類に分類することができることが分かりました。近年多発している局所的な範囲に集中豪雨をもたらすゲリラ豪雨は20km~200kmのスケールの降雨現象である前線組織型降雨、複数セル移動型降雨、単一セル型降雨のいずれかのパターンで発生します。
気象レーダによる降雨観測の精度向上には雨滴の粒径分布を適正に評価する必要があることがわかりました。そこで我々の研究室では光学式雨滴粒径観測機(レーザ雨滴計)を開発しました。これを用いレーダ雨量計の精度を向上させるとともに、降雨の雨滴の粒径分布の特性について研究しています。
この研究の目的は、集中豪雨に影響を及ぼすと考えられる大気境界層内の水蒸気輸送過程と雲の発生に起因するエアロゾル(雲の核となる大気中の微粒子)数濃度の空間分布の解明です。そこで関東平野の局地循環である海陸風と降雨との関係に着目し、集中豪雨の多発する夏期において野外観測を行い係留バルーンによる大気の鉛直構造の観測や航空機による上空の各気象因子の観測を行っています。
私の研究室では、近年地球環境で問題視されている異常気象、温暖化現象、酸性雨の生成機構などの気象予測手法開発を目的として、鉱山内の排気用立坑を利用し実スケールでの雲物理実験を行っています。従来の気象観測手法(小規模な室内実験、航空機観測、ゾンデ観測)では明らかにされなかった雲生成過程や降雨の形成機構の成長過程を世界で初めて把握するとともに、雲物理実験の実験結果を元にエアロゾル(雲の核となる大気中の微粒子)の効果を考慮した精度が高く実用的な局所的降雨のモデルの構築を行っています。
都市域における水災害は局所的な集中豪雨に伴う内水氾濫による被害が多くを占めています。実際に東京都では氾濫被害額の9割以上を内水氾濫が占めています。都市域では市街地の拡大による不浸透域の増加および道路側溝や下水道の整備等の流域の排水能力の不足により氾濫が起こりやすくなっています。そこで、ある都市部を対象に、雨水をくみ上げるポンプ場の新設、下水管渠の径の増加、雨水貯留施設の建設、雨水浸透ますの設置を行った際の内水氾濫をシミュレーションしそれぞれの費用対効果を比べると貯留施設を設けることが有効だということがわかっています。しかし、貯留施設の建設には多大な費用がかかる上、都心には建設する用地を探すのが難しいという問題点があります。そこで、既存のビルの屋上に雨水を貯留するという方法が考えられます。例えば、屋上緑化がこれに当てはまります。また、新たに多孔質の軽石を屋上に敷設する方法を企業と共同で研究しており、シミュレーションの結果十分な効果が得られることがわかりました。
山地流域に雨が降ると山地斜面に浸透し流出するものと斜面を流れ河道に流出するものがあります。山地に雨が降ると降った雨は土壌へと浸透し、土壌中に保水され地下水として土層中をゆっくり流れます。雨が降らないのに、河川に水が流れているのは、前に降った雨が土層中に地下水として河道へ水を供給しているからです。また、雨が降ると土壌中の地下水の増加に伴って山地斜面の表層部には水の流れが生じてその水が河道へと達し、洪水が発生します。雨が降るときと降らないときの山地流域での平常時と洪水時の現象を把握することは河川計画を行う上で重要です。本研究は、山地流域における降雨流出の物理過程を踏まえた新しい流出解析手法の開発を行い、独自に設置した観測サイトで得られる実証的一次データとの比較を行うことで、従来ブラックボックス化されてきた山地河川の流出機構の詳細を明らかにしてきました。そして、その解析結果と大規模河道網に関する一次元不定流数値解析を組み合わせることで、広大な流域に対して物理的観点に立脚した流出解析を行っています。
八ッ場ダムの建設の是非を巡って議論が交わされています。私の研究室では従来から流出モデル(降った雨が川に流れ出る量の解析手法)の構築に取り組んでおり、それを用いて八ッ場ダムの治水効果の解析も行っています。私は八ッ場ダムに限らず河川計画の在り方については抜本的な改革が必要であると提唱しています。例えば、河川計画を策定する際に決める計画降雨(確率的に何年に1回降る規模以上の降雨、例えば利根川・荒川なら200年に1回の雨)には、地球温暖化の影響により起こりうる降雨強度の増加は考慮されていません。また、最近の私の研究で年最大降雨には10年程の周期性があることが徐々に分かってきました。これらの特性が解明されてくれば、周期的に降雨強度の強くなる時に降りうる雨の量に合わせて河川計画を策定していく必要があるといえます。また、既存のダムを有効に活用して治水容量を増加させる方法として、事前放流手法を提案しています。これは、気象予報を活用して雨が降る前からダムの放流を開始してより多くの水を上流のダムで保つ方法であり、シミュレーションにより実用可能性の高さを立証しています。また、河川は地形の影響により蛇行や、局所的な川幅の狭まり、川底の上がった箇所が存在するため、流下能力が低下し大雨時に水が溢れやすい箇所があります。これらの特性を知るため、水面形の解析や水理実験に取り組んでいます。
現在、都市部に位置する河川では、河川計画の目的である利水・河川環境の面において水質の改善及び維持が重要となっています。私の研究室では、この河川計画をたてる上で必要となる都市河川感潮域(潮の満ち引きの影響を受け、塩水が遡上してくる領域)における水質分布・変動特性、及びそれに影響を及ぼす要因の解明を目的として、荒川下流域を研究対象に現地観測を行い水質の分布・変動を実際に測定するとともに数値計算による現象の再現を行っています。
このように私の研究室では水循環システムの物理的解明を目標に様々な水問題を題材に研究に取り組んでいる。これらは全て環境問題に直結した問題であり、今後もこれらの研究の更なる発展と次々に生まれる新たな課題に挑戦し続けていく次第です。