Chuo Online

  • トップ
  • オピニオン
  • 研究
  • 教育
  • 人‐かお
  • RSS
  • ENGLISH

トップ>研究>炭素14年代測定による新・考古学

研究一覧

小林 謙一

小林 謙一 【略歴

教養講座

炭素14年代測定による新・考古学

小林 謙一/中央大学文学部准教授
専門分野 考古学

縄紋時代の年代測定

 近年、AMS(加速器質量分析計/かそくきしつりょうぶんせきけい)を用いた14C年代(炭素14年代)による高精度編年の手法が、ハード・ソフト両面から技術的に著しい進展を遂げ、考古学に新たな局面をもたらしている。私は、主に日本列島における縄紋時代の土器付着物や住居などでともに出土した炭化材などを2,000点以上測定することにより、縄紋・弥生時代の土器編年を実年代で推定し、年代的体系化を図った(図1)。縄紋時代の土器は、多くの型式編年研究によって、世界的にも類をみないほどの精緻な相対順序が判明しているが、炭素14年代測定の結果は、そうした土器型式編年と矛盾しない。日本の細かい土器編年が相当な正確さを持って並べられていることを証明している。それとともに、関東と東北の関係など、地域間の横の関係についてはこれまでの土器研究でも異説のある部分などがあり、年代値によって検討していくべき余地もあることがわかった。

 単に測定技術が進歩したということだけではなく、年輪年代との比較により、より正確な年代を推定できるようになったことや、型式的検討の確かな土器の付着物を測定するなど多くの試料を考古学的意味と関連づけながら測定することで、これまでわからなかった考古学的課題にも迫っていくことが可能である。

 土器の変化や土器が出土する遺跡の消長などを調べるには、炭素14年代研究は新しい手がかりを与えてくれる。土器型式の変化するスピードは、おおよそ1世代くらいと推定していたが、縄紋土器の細別型式毎の測定結果では、型式変化に20~80年の差があることも推定されるに至っており、時期・地域によって、土器の変化のスピードに差があることが明らかになった。

土器の始まりの年代

 年代測定研究の成果の一つに縄紋時代の始まりの年代がある。近年の炭素14年代測定によって日本列島における土器の成立が15,500年前よりも古くさかのぼることが確実になった(図2)。青森県大平山元Ⅰ遺跡の無文土器の付着物を年代測定した結果、15,800年前の可能性が示された。確実な測定例としては世界最古の土器出現例の一つであると評価できる。東京都御殿山遺跡の隆線文土器古段階の試料は15,000年前にはさかのぼり、その後列島全体に文様がついた隆線文土器が普及する。

 土器が出現した15,000年前の年代は氷河期に遡る。そのため、動植物相の変化によって新たな生活様式が発生し縄紋時代となったという従来の説明はご破算となった。氷河期に土器を発明した日本の縄紋時代の始まりは、世界的に見ても特異な人類史の変化を示している。縄紋時代のはじまりの年代は、大きな問題を提起しているのである。

弥生水田・箸墓古墳の年代

 新しい時代の研究についても触れておきたい。マスコミをもにぎわせた論争として弥生時代の開始年代が遡った問題がある。国立歴史民俗博物館を中心とした研究グループによって2003年5月に発表された、「弥生時代500年遡行説」は、弥生時代早期(北九州にはじめて水田が作られた時期)の土器付着物の炭素14年代測定によって導かれたものであり、現在も考古学界に大きな議論を呼んでいる。私を含め研究グループは、北九州地方の最古の水田遺構に併行する時期の土器や、その以前の縄紋晩期土器、後に続く弥生前期・中期の土器付着物・共伴試料多数を測定してきた。2009年には奈良県桜井市の箸墓古墳の年代について、桜井市内の弥生憤丘墓の出土資料とともに測定し、箸墓古墳の築造直後の年代が3世紀中頃とみるのがもっとも合理的との結果を示した。その際は、日本産樹木の年輪試料を用いた較正曲線を元に計算し、より確度の高い年代推定を行うことができた(図3)。

 弥生時代や古墳時代のはじまりの年代をめぐっては、考古学的に大きな議論を呼んでいる。いずれにせよ、炭素14年代による測定研究が、考古学研究にとって不可避なものとなったことは間違いないといえるだろう。

縄紋のムラの年代幅

 現在、もっとも力を入れているのは縄紋時代の集落の実像を、年代測定を重ねることで明らかにする研究である。東日本の縄紋中期を代表するといわれる環状集落だが、100~300軒の住居が残されているものの、一時期に何軒の住居で構成されていたのか、集落が間断なく連続していたのか度々中断していたのかなど、研究者によって意見が大きく異なり、同一の集落遺跡をもって一時期100軒という意見と一時期2軒という意見まで存在する場合があるほどである。住居の耐久年数や住居の作り替えの間隔が不明なためであり、竪穴の構築から埋没までの各試料や、作り替えられている住居の試料を多数年代測定することで明らかにしたいというのが、研究目的である。そのためには、発掘調査の段階から、確実に住居の各段階に伴う試料を検出して測定していく必要がある。

 学術振興財団科研費や中央大学特定研究費を用いて、2008年より神奈川県相模原市大日野原遺跡の重複する縄紋中期竪穴住居群の発掘調査を行い、発掘調査中から詳細な出土状況の記録とともに年代測定用試料を採取している。住居群(その構築・改築・廃棄などの局面ごとに年代を測定)の出土試料の年代測定により、実時間での集落の動態を復元する研究を行う。現在研究を進めている段階であるが、2007年度に調査した福島県井出上ノ原遺跡の複式炉住居では、1軒の住居で50試料以上の年代を測定した結果、300年の長期にわたる埋没が判明した。一方、以前に調査した東京都大橋遺跡では9軒の重複住居の測定から平均13年程度での住居の作り替えが推定された。こうした測定の蓄積により、多様な縄紋集落の実像へ迫ることができるだろう。

 以上のように年代測定研究を進めることは、単に年代を求めるだけではなく、考古学に新しい視点を導入することにつながっている。中央大学の考古学は、まさに新しい考古学の最前線に位置している。

小林 謙一(こばやし・けんいち)/中央大学文学部准教授
専門分野 考古学
1960年神奈川県生まれ。慶応義塾大学民族学考古学専攻。総合研究大学院大学博士課程。博士(文学)(総合研究大学院大学2003年)慶應義塾大学藤沢校地内遺跡調査室、東京都目黒区大橋遺跡調査会、金沢大学埋蔵文化財調査センター、 国立歴史民俗博物館助教などを経て、現在、中央大学文学部准教授(日本史学専攻)。

小林謙一ホームページ新規ウインドウ